21 別れ
「ここを離れる事になる」
国からの知らせは、一刻も早く戻って来て欲しいと書かれていた。
「ウエストリア伯が、北の転移門に渡れるよう手配してくれている。西から、北に飛ぶ事が出来れば、今日中に国に戻る事が出来るだろう。」
「今からですか?」
「そうだ」
「ザィード」
ここを一旦離れれば、暖かくなるまでエルメニアには来る事が出来ない。
冬の間、国境は閉ざされるし、閉ざされた国境を越えるのは、歓迎される事ではない。
ウエストリアに戻って来るとなると、もっと先になる以上、番にしたい女性がいるサイラスは、ここから離れたく無いはずだった。
「早く行け。但し、タルパスの街には来いよ。お前の力は必要だし、ここに一人残す訳にもいかない」
サイラスが嬉しそうに窓から飛び出す。
「強引な事はするなよ」
初めて会った時から、時間を作っては彼女の所に通っていたが、二人の関係がどこまで進んでいるのか聞いた事は無い、まだここにいる予定だったので、今まで時間を気にした事は無かった。
「すまん、少し時間を貰う」
イグルスに告げてリディアの部屋に向かうと、遅い時間に部屋を訪ねた事に驚いて、リディアが尋ねる。
「ザィード様、どうされたのですか?」
「国に戻る事になりました、お別れのご挨拶に」
「これからですか?」
「はい、ウエストリア伯が転移門の使用を手配して下さっていますので、手配が出来次第」
父から至急の連絡があったと聞いた時から、何か起きたのだろうと思っていたが、転移門を使って戻る必要があるなら、急ぎ彼の力が必要なのだろう。
今、ガルス国に帰るなら、彼等は暖かくなるまで国に留まる事になる。
「気を付けて下さいね。国に帰るまでも、帰ってからも」
「ありがとうございます」
そう言って名残惜しそうに髪にふれ、髪の先に唇をおとす。
「私の事を覚えていて下さい。そして考えてみて下さい、私の番になる事を」
びっくりして顔を上げる。
確かに大切にされている意識はあったが、それが特別な感情だったとは思っていなかった。
特にセレスティナに対するサイラス様を見ていると、彼が自分にそんな感情を持っているとは考えにくい。
「いつも思っていましたよ、このまま自分の番にしてしまいたいと」
そして、そのまま困ったように続ける。
「そう、今でも」
そんな風に気持ちを伝えられた事が無いので、顔が赤くなるのが分かるが、何と答えて良いか分からないでいるとそっと引き寄せられる。
「困ったな、このまま連れて帰りたくなる。だか、そろそろ護衛の我慢も限界のようだ」
ジャルドが開けたままの扉の向こうにいるのが見える。
うつむいている彼女の髪に、トレポレで手に入れた髪飾りをつける。
「私の事を考えてみてください。リディア嬢、私はあなたの番になりたい。こうして私の側にいて欲しいのです」
そのまま片膝をつき、そっと指に唇を寄せたかと思うと、立ち上がって離れて行く。
窓から見ていると二頭の狼が東に向かって去っていくのが見える。
後ろにジャルドが近づいて来たので、一応聞いてみる。
「知っていたのよね?」
「だからウエストリアに来る事を許されたんすよ」
「お父様は、そんなに排他的だったかしら?」
「でなければお嬢を案内役にしないっす」
「そうなのかしら?」
ジャルドがそうだと言うように何度も頷く。
「けれど、カシム様との話は、お父様からなのよ?」
「主の考えている事なんて、俺には分かんないっすよ」
「そうね、意味のない事をするとも思えないけど、、、それが理解出来るかは確かに別の話だわ」
「どうするんすか」
「どう言うこと?」
「あぁ、お嬢は知らないっすか、獣人にとって片膝をつく行為は服従するって意味がある。つまり膝ついて頭を下げるって事はお嬢に生涯従うって事っすよ」
「番になりたいって、申し込まれたのでしょう?」
「それもあるだろうけど、多分、それ以上っすね。」
「それ大丈夫なのかしら?」
「さぁ〜」
ジャルドはこれ以上話すつもりが無い様子なので、もう一度窓の外を見る。
ザィード様と一緒に走って行ったのは、イグルス様のようだった。
サイラス様はセレスティナの所に行ったのかしら?
彼に贈られた髪飾りをそっと手に取る。
フレの花が細工された髪飾りは、細やかな細工の美しいものだった。
トレポレの街で自分のために手に入れてくれていたのかと思うと嬉しくなるし、なんとなく暖かくも感じる。
セレスティナに会いたいと思う。
頭の中は真っ白だし、なんだか熱でもあるのかと思うくらい顔が熱いのに、その張本人は、遠く離れた所に行ってしまって、しばらくは会うことも出来なくなっている。




