20 収穫祭
中央には、大きな焚火が用意され、周りには沢山の食べ物が準備され、人々が街の広場に集まってくる
サイラスはマリと一緒にセレスティナ様にトルテの作り方を教え、イグルスは町の住民と共に、焚火の準備に余念がない。
「これは楽しそうだ」
「ふふっ、楽しんで下さいね。ザイード様が手伝って下さったので、今年の収穫はとっても助かりました。明日からは、イオニアでもお祭りが開かれます。
祭が始まって、夜はこうして焚火に火が付き人々が集まりますわ、焚火に火がつかなくなると、ウエストリアに冬がやってくるのです」
自慢げに、嬉しそうに彼女が話す。
彼女がどれだけこの地を愛し、この地に住む人々を大切に思っているかが解る。
この地に来て、それを知ることができたのは、彼女をより愛おしいと思うと同時に辛い事だった。
自分はいずれガルスに戻らなくてはならない。
そしてその時、出来れば彼女を共に連れて行きたいと思っている。
ガルスは深い森と山の国だ、自分にとっては故郷であり、なによりも代えがたい所だが、それは彼女にとってもこの土地がそうであるのと同じことだ。
あの森を彼女はどう思うだろう。
彼女はこの地を離れ、自分のそばにいる事を選んでくれるだろうか?
祭りの準備が進められるうち、妙な動きをする人間が何人か存在する。
この時期は、旅芸人や流しの商人たちも領内にやってくると聞いているし、実際、この国では手に入れる事が出来ないような物を扱っている商人たちもいる。
が、それらとも違う、観察するような、確認するような、そして隠れるような動きをする。
サイラスやイグルスも気が付いているようで、警戒しているのが判る。
気かつかないふりをしてそのまま放置していると、かれらの目的が彼女である事が判るが、どうやら彼女の護衛も知っている様で、このまま放っておけと合図してくる。
彼女に危害が及ぶものを放置する気はないが、確かに今はタイミングが悪すぎる。
この場所には、街の人が沢山あつまり子供たちが遊んでいる。
自分がそばにいれば手を出させるつもりもないので、周囲の商人たちの店を一緒に見て回っては見かけぬ商品の話を聞く。
リディアは商人たちとも馴染みなのか、彼らとも気安く旅の話を聞いている。
そのまま歩いていると、サイラスがトルテをセレスティナ嬢に食べさせようとしているのが目に入る。
彼女が恥ずかしがり、自分で食べようとするのを許さずサイラスが自分で与えようとする。
困った奴だと思っていると。
リディアが、「殿下、以前獣人の方にとって、食事は求婚の意味があると言われていましたが、」と言いかけるので。
「サイラスに止めさせます」と言って、彼の許に行き。
セレスティナ嬢にも「これはサイラスがあなたに結婚して欲しいと申しんいるのと同じ意味がある」
と告げると、相手も驚いて逃げ出してしまう。
「ひどいよ、ザイード」
「何がだ」
「別に申し込んでいただけなのに、これ以上はしないよ」
「そうは見えなかったがな、離しておけなくなるだろう」
「まぁ、多少は」
「先に話をしてから申し込め、申し込んだら自分がどうなるかも話しておけよ」
「わかった」
サイラスが困ったように頭を掻きながら答える。
「で、チョロチョロしているのは放っておくのですか?」と先程の妙な人たちを気にする。
「大丈夫なようだな、あちらの人間が動いている、お前は自分の方を気にしていればいい」
「連れて帰ってもいい?」
「まず、相手の了承を貰ってからだ」
また嬉しそうに聞くので答えるが、おそらくそうなるのでは無いかとも思う。
セレスティナ嬢は、ローエングルグ男爵家の令嬢だが、男爵は我々獣人に対して偏見も待つこともなく、また娘の意に反する事を行うような人物には思えなかった。
彼女が王都に行くことが無かったのはそのせいであり、彼女も暗くなると彼女の元を訪れているサイラスに多少の好意を持っているように見える。
このまま彼女がサイラスを受け入れてくれるなら、彼の望みもかなう事になるだろう。
リディアの傍に戻ると彼女の緑色の瞳が興味深そうに輝く。
仕方がないので、トルテについて話す。
「食事の中で、トルテは獣人にとって特別なのです」
「どんなふうに特別なのですか?」
「自分が作った物を食べて貰える事は、自分を受け入れてくれたのと同じ意味を待ちます」
「それだけで、ですか?」
「我々は匂いに敏感なので、嫌いな物、苦手な物、危険な物が入っていればすぐに気がつきます。自分が作った物を手ずから食べて貰える事は、とても大切なことなので」
「では、先程サイラス様のトルテをセレスティナが食べていたら、セレスティナはサイラス様の番になるのですか?」
「いいえ、番になる事を考えても良いと返事をした事になりますが、そうなると我々は少し箍が外れるので」
「箍が外れる?」
「そうですね、婚約しているのと同じような関係になると思って頂けると、、、、」
「確かに食事で、婚約している事になるとは思いませんでした」
とびっくりしているが、少し意味が違う。
「それに、我々は番を奪われたくないので、相手に自分の“あと”を残したがるので」とあいまいに答える。
意味が解らずしばらく不思議そうにこちらを見ていたが、こちらが言いにくそうにしていると、意味を悟ったのか真っ赤になって背を向ける。
淡い金髪の間から、朱に染まった首筋が見える。
それがどんなに自分の感情を揺さぶっているか、リディアは全く気が付いていない。
しばらくすると、ジャルドが、祭りの中心から離れて街門の方に行くように示す。
最近は無かったのに、、、と溜息がもれる。
父のゾルド教嫌いは筋金入りだ。
先王イズル王の治世、その第一后妃がゾルド教の力を使って、自分の息子を皇太子にするため、タリム王子に毒を盛ろうとした事件があった。
その時、タリム皇太子の代わりに毒を飲んだのが、父の兄であり、フレリア様の夫であった人だ。
強い魔力を持ち、本来であれば毒で亡くなるとは考えられない人であったが、ゾルド教の教祖が作った妙な毒は、結局、彼の命を奪うことになった。
その時から、父は表でも裏でも、ゾルド教を排除することに躊躇がない。
その彼らが、父の考えを変えるため、自分に興味を持つのは必然の様なもので、幼い自分にどうにかして近づこうとし、それが難しいとなると強引な手段を取る事さえあった。
自分たちが森で育てられたのは、ゾルド教の使途が決して森に入ることが出来なかったからでもあった。
煩わしいと思っても、こうして自分に手を出して来る事のであれば、こちらからチャンスを与えた方が良い、危険はあっても、ジャルドの事は良く解っていたし、その方が他人を巻き込む事も無い。
アルフレッドに殿下の事を頼んだ後、近くにいたザイード様にも少し離れる事を告げる。
街の人々とも離れ、街門に行くように歩いていると、左手の方からいきなり人が飛び出して来る。
思ったより近く、驚いた瞬間、襲って来た人が横に飛ばされ、前に立った人が蹴り飛ばされる。
何が起こったのか考える前に、自分は誰かの腕の中にいた。
少し離れた所でジャルドが残りの人の意識を奪うのが見えたので、自分を守ってくれた人は誰なのかと見上げると、見慣れた銀髪が目に入り、菫色の瞳が見下ろしている。
「ザイード様、どうして?」
「すみません、彼を信用していない訳では無いのですが、、、」と申し訳なさそうに答える。
「いいえ、ありがとうございます。私の方こそごめんなさい、せっかく楽しんでいらしたのに」と誤るが、「これは我々にとっては当たり前の事なので」と告げられる。
こうして危険から人を守ることが?
確かに今までも年配の人や子ども達を守るような仕草は見受けられた、あの子ども達と同じ様に扱われているのだろうか?
自分がまだ彼の腕の中にいる事も思い出し、「あの」と少し離れようとするが、びくともしない。
なんだか気恥ずかしく、顔が熱くドキドキし始めると、彼の方がすっと離れるが、視線は自分に向けられている。
自分は彼にとって特別な相手になっているのだろうか?
ザイード様がウエストリアに来てからは、そんな風に感じる時もあれば、全く気のせいのように思う時もある。
私は一体どちらであって欲しいのだろう、こうして彼が離れて行く事がさみしいと感じるのはなんなのだろう。
考えのまとまらないまま、街の中央広場に戻ると、
「リディア様、ニコを弾いて下さい」と焚火の方に連れて行かれる。
今は収穫祭なのだから、考えるのは後にしよう。
自分でもよく判らない事を考えてみても仕方ない。
ザイード様達がもうしばらくウエストリアにいる事は聞いている。
まだ、そんなに急ぐ必要はないのだから。




