15 雨上がり(2)
しばらく川に沿って下って行くと、子どもの鳴き声が聞こえてくる。
幼い兄妹が流れの早い川の岸で泣いていて、今にも川の中に落ちそうになっている。
急いで側に行き、川岸から離そうとすると、川の中にも少し年長の男の子が、岩に引っかかった木に摑まっているのが見える。
「なんてこと」
普段なら問題なく歩ける川岸だけど、こうして雨が降った後は、水かさが増える。
どうしたら、、、と思った時、力尽きたのか男の子の手が離れ、川に中に消えて行くのが見える。
「いや」
声が漏れた瞬間、銀色の大きな獣が川の中に飛び込んで行き、少年と同じ様に川の中に消えてしまうのを見て、今度は息が止まりそうになる。
自然の流れは魔力でどうにか成るものではない。
いくら彼が強くても、流されてしまってはどうにもならない。
川岸に座り込み、泣いている子ども達を抱きしめ、どのくらい時間が経ったのか、、、
「お嬢」
とジャルドに声を掛けられ、顔を上げると、下流の方から男の子を抱いてザイード様が歩いてくる。
「ザイード様! 大丈夫ですか?」
「ええ、少し水を飲んでしまっていますが、意識を失っていたのが返って良かった」
「ザイード様は?」
「大丈夫です」
「本当に? どこも怪我などしていませんか?」
「大丈夫ですよ、少し下った所に流れが緩くなった所があって、上手く岸に上がることが出来ました」
「良かった」
自分でも少し無理をしたかと思うが、それでもお釣りがくる。
彼女は目に一杯涙を溜めて側にいるし、安心させるように頬に触れると、その手に自分の手を添えてくる。
水に浸かっていた子どもも意識が戻ったので、服を脱がせるとリディアが自分のフードで包む。
前日まで雨だったため、ジャルドが集めてくれた薪に何とか火をつけ、焚火を作るが、暖を取るには程遠い。
「ジャルド、アルフレッド達を探して来てくれない? この辺りにいるのでしょう?」
アルフレッドと兵士達は、危険な場所を調べ、杭を打ち、領民が近づかないようにするため川の周囲を回っているはずだった。
「まだだいぶ下流っすね。屋敷の方が近いっすから、ちょっと行ってきます」
「おねがい」
ジャルドが行ってしまった後、なんとか子ども達の体温を上げようと、周囲から薪になるものを探す。
川に落ちた子はもちろんだが、残りの二人も濡れてカタカタと震えていて、このままでは体が冷え切ってしまうだろう。
「リディア、姿を変えても大丈夫だろうか?」
「ザイード様は大丈夫なのですか? 姿を変えるのは、魔力を使うのではないのですか?」
「それは気にする程ではないが、子ども達を怖がらせたくないからな」
「それは平気ですが、、、」
そう言うので、彼女の横で狼の姿に変わる。
リディアがまた心配そうな顔をするが、頬を舐めてやるとやっと安心した顔をする。
いきなり現れた獣にびっくりして声を無くしていた子ども達も、彼女が微笑んでいるので、すぐに寒さの方が勝って、側に寄って来るので温めると、彼女の冷たくなっていた手や真っ青な唇に色が戻ってやっとこちらも安心する。
しばらくして屋敷から馬車が着き、人の姿に戻ろうとすると、今度は幼い子ども達が離れないので、狼の姿で馬車に乗り屋敷に戻る。
それからは、ウエストリアの屋敷で、狼の姿でいる事が多くなった。
サイラスは、狼のまま居間で寛いでいるので、使用人達がそこに食事まで用意してくれる様になり、益々人に戻る様子が見えない。
ガルスにいてもこんな事はない。
獣の姿を人は恐れるし、それ以上に、獣になると言葉が通じないためか、しばらくすると人の方が警戒心を無くし境界を越えそうになる。
獣人にとって優先順位は決まっている。
従う者、従える者、そして大切な者。
守るべき相手は決まっていて、変わることは無い。
先日、自分が姿を変えたのも、リディアを守るためであって、子ども達はその延長上に存在したに過ぎないのと同じように。
だがそれを忘れ、必要以上に距離が近くなる人がいるので、言葉が通じる姿をするようになる。
が、この屋敷ではそれが無い。
自分が狼の姿になるのは、リディアが側にいる時でそれ以外は無い。
狼でいる時も彼女以外の人には、触れさせるつもりは無いし、願いを聞くつもりも無い。
それを屋敷の使用人達も分かっていて、その様に動く。
サイラスやイグルスにも同様で、彼等が寛げるように動いていても、それ以上の干渉はしない。
それ故、ついつい獣の姿でいることが多くなる。
最近は、人の姿でいても彼女の左手が反応する事がない、それでも狼の姿でいる方が側にいる事が出来る。
夕食の後、暖炉の前で彼女と過ごす時間が何よりも代え難くなっている。




