12 森(2)
サイラスとイグルスが森に消えてから、リディアがエリス殿と二人で話しをしているのが聞こえてくる。
「おじ様、家に行ってもよろしいですか?」
「今からかい?」
「ええ」
「いいよ、では一緒に行こうか?」と歩き出す。
家と言うのが何処なのか分からないので、一緒に付いて歩く。
リディアの横にぴったりと寄り添って歩くと、それが当たり前のことのように首を撫ぜられる。
反対側にいる彼は気に入らない様だが、リディアが無意識でする事に何か言うのも難しいらしい。
しばらく歩くと、森の中に小さな家がある。
「まぁ、懐かしい、何年ぶりかしら」
「四年位じゃない? でも、本当に懐かしいな」
「ザイード様、小さい頃、アルフレッドも私もここに住んでいたんですよ」
そう言って、家の中に入る。
リディアは慣れたように家に入ると、中二階にある部屋の方に行く。
そこは女の子の部屋だった。
使い心地のよさそうな寝台や机。
「ここは私の部屋なの。12歳になる頃まで、ほとんどを森で暮らしていたから」とリディアが笑って、「隣がアルの部屋よ」と教えてくれる。
本当に懐かしい。
まだアルフレッドが屋敷にいない頃から、エリス様とサラ様を親代わりに森人と一緒に一年の殆どをここで過ごした。
「まだまだ、ここに居てくれて良かったのだけどね」
「それは、エリスの所為でしょう?
私がいくら止めても、リディア様に剣や弓の使い方、おまけに野営の仕方まで教えるのですから、奥様が心配されるのは当然です」
「僕も昔、師匠から教わったんだけどなぁ」
「貴方とリディア様では、立場が違います」
「それを言われると私も耳が痛いわね、おじ様と一緒に喜んで森の中を走り回っていたのだから」
男の子のような服を着て、森人といる様子を見て、母が屋敷に戻すよう父に話したと聞いている。
何時までもそのままで居られるとは思っていなかったけれど、十年近く森で過ごした時間は、自由な時間だった。
エリス様は、確かに甘い父親だったけど、色々なことを教えてくれた。それは今でも私を助けてくれるし、時には守ってもくれるが、貴族の娘としては役立つ物では無いので、母が心配する気持ちも分かる。
今の生活に不満はないけれど、やっぱりあの頃を懐かしいと感じる気持ちは無くならない。
ザイード様が家の中をウロウロしては、こちらを向いて首をかしげる。
「父と母が王都に行ってしまった後はこの家で、父達が戻ってくれば、私達も屋敷に戻る。12歳になるまでそんな風に暮らしていたんです。
でも、私達があんまりお行儀良くないので、母が王都に行かなくなって、私達も屋敷に戻る事になったんですよ」
「久しぶりに此処に泊まるかい? リディアはまだ部屋の寝台が使えそうだな」
「アルは、無理かしらね。この一年で本当に大きくなってしまって」
「大丈夫だよ、別に、、、姉さまが泊まるなら、僕だって久しぶりに泊まりたいし」
家の中は綺麗に保たれていて、不思議な楽器が置いてある。
なんだ? と言うように、鼻で指すと「これは“ニコ”よ」と教えてくれる。
彼女が使っていた弓も残っていたので、それも指すと引いてみせる。横に構えるその弓は、通常より小ぶりで森の中で使うのに使いやすそうだった。
「リディア様、その様な事を殿方の前でするものではありませんよ」
サラと呼ばれた森人の女性が、リディアをとがめても、彼女はそれ程気にする様子を見せない。
狼の自分を気にしていないのか、一人の男として意識されていないのか。
この姿でいるのはとても心地いい。
何時もなら彼女とは、一定の距離を取る必要があるがそれが無くなる。
どんなに近づいても許されるし、側に行くと必ず彼女の方が自分にふれてくる。
「隣にもう少し大きな家がありますので、ザイード様達は、そちらでお休みになって下さいね」
分かったと言うように耳を動かす。
「ふふっ、明日は湖の方に行きましょうね。とても美しいですよ、今度は川で釣りもしたいですし楽しみです」
獣を怖がらないばかりか、話しかけることに戸惑いや抵抗を感じさせず、こちらの意図を汲みとる。
そんな風に、しばらく家で話を続ける。
「サイラス様とイグルス様が戻って来たみたいだよ」
アルフレッド殿に教えられ、戻って来た二頭と共に眠る。
それから数日、人の姿に戻る事なく森で過ごした。
ガルスに居ても、こんなに獣の姿でいる事はない。
城では人目がある場所で姿を変える事はないし、山に入っても余程の理由がなければ狼にならない。
人とは心話が通じないので、意思の疎通が出来ないと思っていたのに、全く気にもならないのか、元々山での生活が長かったサイラスは、すっかり森の生活に馴染んでしまったのか、暗くなっても一向に戻って来ない。




