11 森(1)
「今日は、森に行きましょうね」
イリノアの街から帰ってから、そこに戻りたくて仕方のなかったサイラスまで、森と聞けば心惹かれる様子を見せる。
ウエストリアは、王都と違い自然が多く残っていて居心地が良かった。
おまけにどこに行っても自分たちを恐れる人がいない。
髪や瞳の色が違うので初めは驚かれるが、獣人である事に嫌悪感を持つ人が本当にいないのだ。
領主の娘が側にいる我々を、全く疑わない。
それどころか好意的に迎えてくれる。
ここに来る時、ある程度の拒絶は覚悟していたが、それが全く必要なかった。
「お嬢の戻りは、来週っすか?」
「そうね、何日かおじ様の所に行くわ」
森の近くまで側にいたジャルドがリディアと話している。
「殿下たちも?」
「そうね、休むところはあると思うから」
王都にいる時も、ウエストリアに帰って来てからも付かず離れず側にいた護衛が、どうやら森には来ないらしい。
こちらが不思議そうな顔をしていたのか、それに答えるように「俺、必要ないんで」と教えてくれる。つまり森にいる間は、彼女に危険は無いと言う事なのだろう。
目の前に樹々が広がっているが、それ程深くも無い森に見える。
確かに迷う事も無さそうだが、、、と思って森に入ると全く違う事が分かる。
不思議な感覚だった。
自国の森とは違う、整然としている様に見えるが、奥に入るにつれて、どこまで行っても景色が変わらないためか、何処を歩いているか分からなくなりそうだった。
本来なら自分の匂いが残るので、道を見失う事などないはずなのにそれも怪しく、ザイード達が怪訝な顔をしているとリディアが尋ねる。
「ザイード様は、魔力をお持ちなので、違和感がありますか?」
「不思議な感じがします。歓迎されているような、そうで無いような」
「アルフレッドも昔、そう言っていました。ザイード様も同じなのですね」
「このまま森に入っても良いのですか?」
「止めておきますか?」
「私は興味があります。しかし、私達は獣人です、森人に嫌な思いはさせたくはない」
「それは大丈夫です。森人達が受け入れたく無ければ、森に入る事さえ出来ません。
こうして先に進めるのは、彼らが許しているからです」
しばらくそのまま歩き続け、「姉さまから離れないで」と一番最後を歩いていた弟に言われた瞬間、景色が変わった。
「ダメだよ」
えっと思った時には隣に人が立っていた。
「おじ様」
「やぁ、僕のお姫さま」
リディアの嬉しそうな声が聞こえると、ザイードの隣にいた人物が隣を離れ、彼女を抱きしめているのが見える。
気を抜いたつもりは無かったのに、一瞬の隙に自分の隣に立つ事を許していた。
ザイードも驚いたが、それ以上にサイラスとイグルスの二人が驚いていた。
この男が敵であったなら、主人を危険な目に合わせた事になる。
おまけに敵意が無いとも言えない言葉を残されてもいる。
「エリス様の事は気にされなくて大丈夫ですよ、彼にとってリディア様は特別なので」
二人が警戒していると、近くに来た別の森人が教えてくれる。
「アルフレッド様もそうなのですが、リディア様は幼い頃森で暮らしていましたから、自分の娘のように思っておられるのです」
森人に案内され、そのまま進むと森のあちらこちらから声がかかる。
「リディア様」、「お嬢さま」、「姫さま」と呼び方は様々だが、彼らがリディアを歓迎している事は分かる。
リディアも声がかかる度、呼びかけに答え、その都度ザイード達の事を話している。
すると不思議な事に今まで違和感のあった森が、自分たちまで歓迎しているように感じて来る。
ちょっとした広場に落ち着くと、森人も集まって来る。
彼女の友人と認められているのか、街の事を聞かれたり獣人について尋ねられたり、彼らはほとんど森を出る事が無いそうなので、森以外の話を聞く事を望んでいるようだった。
「彼も森の人なのか?」
側にいた森人にエリスと呼ばれた人の事を聞いてみる。
「エリス様?」
「そう呼ばれていた」
「エリス様は、長になる方だよ」
「長?」
「うん、サラ様の夫になった人だからね」
森人は、黒髪に緑色の瞳をしていた。
リディアの様に濃い緑色ではなく、淡く澄んだ緑色の瞳。
その中で、茶色の髪と瞳は異物のように見えた。
「森人は、自分たち以外の人が森に入るのを嫌うと聞いたのだが」
「う〜ん、でもエリス様は、平気だったから」
良く分からないが、彼らが受け入れているなら、自分が気にしても仕方ないので大切な事だけ聞いてみる。
「エリス殿は、私を嫌っているように見えるのだが」
「それは貴方がリディア様を番にしたいと思っているからだよ」
初めから自分の隣にいた森人に聞いてみると、当たり前の事のように答える。
「分かるのか?」
「分からないと思っているの?」
聞き返されるので答えると、
「公にしたつもりではないからな」
「なら、考えを改めた方がいいね」
今度は笑われる。
それなら彼の言う事は、確かに間違っていないのだから、リディアを娘と思っている人物に嫌われても仕方がない。
「君は、良いのか?」
「番に出来ると思っているの?」
再度聞いてみると、今度はニッコリ笑いながらまた聞き返される。
なる程、どうやら彼の方がずっと辛辣だ。
おまけにこれは、此処にいる全ての森人がそう思っている事らしい。
暫くするとサイラスが、またソワソワしだす。
ウエストリアに着いた頃からそうなのだが、王都とは違い自然が多くの残るウエストリアは居心地が良かった。
ガルスに戻ればそうである様に本来の姿に戻り、自由に大地を走り回りたくなるのだ。
森に入るといっそうその気持ちが強くなる。
自国の森とは異なるが、違うからこそ惹かれる物もある。
最初は異物の様に思われていたが、今はほとんどそれも感じる事もない。
彼女と共にここを訪れた自分達を、森や森人は受け入れてくれている様だった。
サイラスはザイードの護衛を惰る訳にいかないので、どうにか本来の姿に戻ることを抑えているように見える。
かろうじてそうなっていないのは、一人だけ未だ自分たちを歓迎していない人物がいるからだ。
多少の敵意は気になるが、彼が自分に危害を与えるとは思えなかった。
自分達と違い感情が理性を上回る事はないだろう。
カイと名のった森人と話す。
「我々が本来の姿に戻る事は許されるだろうか?」
「狼に戻られるのですか?」
「ここは気持ちがいい、本来の姿に戻りたくなる」
「へぇ、そうなんだ。平気だよ、殿下たちが居心地良いと感じているならそれが森の意思だから」
許しを得たサイラスの姿が狼に変わる。
真っ黒な狼がいきなり現れても森人たちはほとんど驚かず、それよりも興味深そうにじっと見ている。
リディアの様子をそっと伺う。
本来の姿を見せるのは、始めてだった。
自分より大きな獣に怯えてはいないだろうか?
が、彼女は初めて見る狼に心を奪われている様に見える。
「まぁ、きれい」と近づき、「サイラス様ですか? さわっても宜しいですか?」
サイラスの毛並に触れようとしているので、彼女を自分の方に引き寄せると、引き寄せられて驚いたリディアが残念そうに尋ねる。
「ふれてはいけませんでしたか? こんなに狼の姿が美しいとは思っていませんでした。ふれてはいけませんか?」
リディアがサイラスに触れるのは嫌だったので、自分が本来の姿に戻ると、彼女は目の前に現れた銀色の狼に恐れることなく近づいて来る。
獣人は、本来の姿に戻ると人の姿でいる時より感情のままに動く。
リディアに触れられるともっと側に行きたくなり、近づき彼女にすり寄る。
彼女の左手首が紅くなるが、獣の姿になっていればそれが自分に影響を与える事もない。
その様子を見ていたサイラスは、狼の姿で森の中に消えると、イグルスも後を追うように行ってしまう。
何人かの森人も見えなくなったので、彼らに付いて行ったのかもしれない。
ザイードはリディアの側を離れたくないので、彼女を守るように膝の上に頭を乗せてうずくまる。
そうしているとリディアがザイードの頭や首をずっと撫で続けてくれるので、人の姿でいるよりずっと気持ちがいい。
「人の姿に戻ってくれないかな?」
エリス殿に言われるし、
「そろそろ離れた方が、、、」だの「人の姿に戻った方が、、、」と弟にも言われるが、
その度に彼女の方を向くと、「もう少しこのままで」とリディアが答える。
リディアがそう言えば、気にする事もない。
彼女の膝に頭をのせ、顔を舐めたり、頭を押し付けたりすると、その度に嬉しそうにリディアが笑いザイードにふれる。
人の中には自分たちの姿を恐れる者がいる。
獣の姿に戻ると大きな姿を怖いと感じるし、なにより魔道具を使った攻撃が自分たちに全く効かなくなるからだ。
だか、彼女から恐れは感じない。
感じるのは、穏やかな優しい気持ちだけ、それが何よりも自分を幸せにする。




