10 ガリウス
「やぁ、いたね」
メルニアの街から帰った翌日、いつものように食事場にいると会ったことのない人に声をかけられる。
相手の様子から、自分が誰なのか知って話しかけているのは分かるが覚えが無い。
「そんなに警戒しなくても大丈夫さ、俺はガリウスって言うんだ。ここに旨い飯を食べに来ている商人だと思ってくれればいい」
「失礼しました。しかし、商人の方がなぜ私に?」
「ガルスに興味があるからかな」
「国に、ですか?」
「ああ」
「なぜですか?」
「そんなに可笑しな話でもないだろう? なかなか入る事の出来ない場所に行ってみたいと考えるのは、俺たちの性のようなものさ」
「ガルスに来てみたいということですか?」
「そう、だからこうして直接交渉が出来るチャンスを無駄にしたくない」
「残念ながら、商人の方が求める物が国にあるとは思えませんが」
「それは見てから決めるさ」
禁止している訳ではないが、ガルスは他国の者の入国を歓迎していない。
それは、変化をのぞまない父の考えでもあった。
また、魔鉱石の交易は、エルメニア国との専売が決まっていて、それを占有させる事を条件に、エルメニアから多くの物資を得ているガルスにとって、商人達とも交易を行っているのではないかと、邪推されるのを防ぐためでもあった。
ザイードの不安は、国を支えている魔鉱石が、いつまでガルスにあるのか分からない事だった。
今、問題がないとしても、今後も魔鉱石が枯渇しない保障はどこにもない。
彼がガルスに興味を持っているなら、それを許す必要も考えるべきなのだろうかと思った時、後ろから楽しそうな声が聞こえる。
「ザイード様、ガリウス様の言葉に安易に従ってはいけませんよ、この方は根っからの商売人なのですから」
「ひどいなぁ、リディア」
「嘘は言っていないでしょう?」
「僕がここにいる間、彼がイリノアやメルニアに行っていたのは君の思惑かな?」
「私にそんなことが出来ないのは分かっているでしょう?」
「やっぱり、あいつか。本当に過保護だな」
「ガリウス様のことをよく知っているからでしょうね」
「うん?」
「すぐ行動に移るでしょう? 現にちょっと目を離した隙に、目的を果たそうとするなんて」
「仕方ないさ、これが性分なんだ」
「ダメですよ、父と話は終わっているのでしょう?」
「分からないなぁ、別に悪い話ではないだろう?」
「まぁ、そんな事ばかり言っていると、マルタの料理が食べられなくなってしまいますよ」
「それは困る」
ガリウス殿が、両手を上げて、わかった、わかったと話を終わらせる。
「ふふっ、でもお発ちになっていなくて良かったですわ」
そう言った後、リディアが頭を下げてお礼を言っている。
「ありがとうございます、ガリウス様。ニテリラの種を手に入れて下さったのでしょう?」
「リディアが望むものなら何でも手に入れてみせるよ」
「今はこれで十分ですけれど、、、とても嬉しかったですわ」
「礼を言う必要はないよ、代わりにこいつはフレの糸を山ほど僕から奪っていったのだからな」
まだいたのかとウエストリア伯までやって来て、食事場が賑やかになっていく。
彼らとの間に、自分に関して何か約束事があるようだが、ここで聞いても教えて貰えるとも思えない。
「糸をですか?」
「理由は話しただろう」
「聞いていても納得したとは言ってないからな」
「煩い奴だなぁ、しつこいのは嫌われるぞ」
「イリノアにフレが無かったのは、そのせいなのですね?」
「うん? リディアが必要なら言ってくれればいいよ、いくらでも僕がプレゼントしよう」
「まぁ、では父から奪ったフレの糸を見せて下さい」
おそらく最高級の物なのだろう、荷の中から出てきた糸は、透き通るように美しかった。
「わぁ、きれいだ」
サイラス様まで側に寄ってきて、テーブルに並べられた物を見ている。
イリノアでもフレの糸は見たが、色の多彩さがまるで違っている。
「ザイード様、気に入ったものがありましたか? 以前、紐を作るとお約束していたと思うので、好きなものを選んで下さい」
「いや、嬉しいが、これは気軽にお願いできるものではないだろう」
「まぁ、大丈夫ですわ。ガリウス様も色々思っている事があるようですもの、快く譲って下さいますわ。ねぇ、ガリウスさま」
「分かった、分かった。
好きに持って行ってくれ、その代わり忘れないでいて欲しいな、今とは言わないからさ」
「ね、気にする必要はありませんよ。
今日の事を覚えていればいいのです、何か借りを作っている訳ではないので、気にしないで」
と小さな声で話しかけたかと思えば、
「大体、本当ならイリノアの街で気に入った物を選んで貰うつもりだったのです。色も種類も少なかったのは、ガリウス様が仕入れていたためなのでしょう?」
「ああ、悪かったな」
「僕も、僕も欲しい、いい?」
「ええ、もちろん。気に入った物がありましたか?」
「うん」
サイラス様が、濃淡の赤い糸を何種類か選び、イグルス様は、深い緑と金色の糸を、ザイード様は同じような深い緑と銀色の糸を選ぶ。
「組紐にするのかい?」
「そのつもりですが、ロニ、他にどんな色を入れたらいいかしら?」
「よろしければ、イグルス様には鮮やかな赤を、ザイード様の方には、濃い菫色を入れてみてはいかがですか?」と教えてくれる。
言葉に従って糸を選び、ガリウス殿とは別れることになった。
イグルス様は、イリノアの街でも自分で紐を組んでいたのでそのまま彼に、ザイード様の糸は、自分が受け取って紐を作ることになる。
そのまま居間で紐を組上げているリディアの手元を見ながら話を続ける。
「ウエストリア伯は、ガリウス殿をガルスに入れない方が良いとお考えですか?」
「ガリウス様は、商人だから」
「彼を信用してはいけないという事でしょうか?」
「商人としては、信用しても大丈夫だと思いますよ」
「商人として?」
「彼は悪人ではありませんが、善人でもありません」
「では何だと?」
「彼は商人です。物を売って利益を得る人、、、かしら。ふふっ、彼は何だって売ってしまいますよ、売れると思えばガルスでさえも」
「それは、、、嫌だな」
「そういう意味では、彼は優秀な人ですから」
「私では彼と渡り合えないと思われているのも情けない話だな」
「父が交渉事を優位にすすめているとすれば、父がそれらを好きだからですわ。
ザイード様が苦手だと思えば、得意な人に任せればいいのです。
只、ザイード様の周りに、まだ彼らのような人達と対等に渡り合える方がいるとは思えません。父は、急ぐ必要は無いと考えているのだと思いますよ」
「エルメニアのためでは無く?」
「ふふっ、それももちろん。只、父ならどちらにとっても有益な方がいいと考えると思います。
そうね、娘としては、そうであって欲しいと思っている。という方が正しいかしら」
「そうですね、確かに伯はそういう人だ」
自分が初めてエルメニアに来てから一年半が経とうとしている。
初めのうちは貴族社会で生きるための物事を学び、どうにかなった頃に彼女に出会った。
知らなければならない事も、学ばなくてはならない事も沢山あると言うのに、気が付くと目の前の人の事を考えている。
これでは、商人に国さえ売られてしまうと思われても仕方がない。




