07 メルニアの街
「ここは?」
「メルニアです、イリノアの街とは全く違うでしょう?」
「はい、イリノアは特別だとは聞いていましたが、これほど違うとは思いませんでした」
「ウエストリアの主要な街は、メルニアと同じ造りになっています、街の形を知るには解りやすいと思いますよ」
街は広場を中心に東西南北に整備された道が続き、その道に沿って重厚な建物が並んでいる。
だがイリノアの街や王都で見られるような、人の暮らしに必要な物を扱う商店などはなく、街を彩る街路樹も見当たらない。
それらの建物から出てきたのか、歩いている人にも出会うが、今までと違い、リディアに声を掛けることはなく、両足を揃え軽く頭を下げて通り過ぎて行く。
「彼らは?」
「緑色のタイを付けていたから、薬師堂で働いている方かしら?」
「タイ?」
「はい、王都の入門証と同じような物です。
ここでは、街に入ることが出来ても。許可された場所にしか立ち入ることが出来ません。
働いている者は、許可証の代わりにタイを身に付けて、目印にしています」
「ウエストリアに到着した日に、トレポレの街は通りましたが、この街は全く印象が違いますね」
「トレポレは商業の街、メルニアは政治の街と言ってよいのかしら。この街で、ザイード様達を案内できる場所は少なくて申し訳ないのですが、図書館もありますよ、行ってみますか?」
「ええ、是非」
リディアに案内され、右に延びる道を歩く。
この街は、イリノアと違って整然としているが、人々に会うことも少なく、通りにも緑がほとんど無いので、冷たく硬質的な感じがする。
王都の王立図書館は、静かでもあったが光のよく入る構造で暖かくもあり、サイラス達もお気に入りの場所だったが、ここの建物には、そう言った暖かさが感じられない。
入ってくる者を拒絶するようにも感じられ、『是非』と望んだ事が間違いであった様にさえ思えてくる。
それらしき建物の入口で、リディアがウエストリア伯の許可証を見せ、やっと中に入ってみて驚いた。
外から感じた重々しさはなく、柔らかい光に包まれる。
言葉を無くし、驚いているとクスクスと楽しそうに笑う声が聞こえて来る。
「外から見た印象と違うでしょう?」
「はい、中庭があるのですか?」
「ええ、メルニアの建物は基本同じような造りになっていて、外から見ると重々しくて堅苦しく感じるけれど、中に入ってみると明るく開放的になっています」
彼女が驚いている自分達を見て、楽しそうにしているのは、こちらが感じていた印象に気が付いているからに違いない。
「リディア嬢も人が悪い」
「ごめんなさい、私も初めて来たときは同じ事をされたのよ。これはこの街に初めて来た人が必ずやられる“いたずら”なの、怒らないで下さいね」
「もちろん怒ってなどいませんが」
「一応理由もあるんですよ。この辺りは、ネラ山脈からの風が強くて、こうした中庭の方が過ごしやすいんです。その冷たい風がポロの実を凍らせてくれるのですけれど、人には歓迎されません。」
「ウエストリアの貴腐ワインですね」
「ええ、おまけにそのポロの実を狙って、まれに明るいころから魔物が下りてきます。その為にもこうした造りの建物の方が、良いのだそうです」
「この街は新しいですね」
「ふふっ、そうですね、この街は、父の代になって整備されています」
確かにそれらの意味もあって造られたのだろうが、中に入ってみると、外観から感じたように重厚な印象まで与える必要はない。
ウエストリア伯の意図的な意思を感じて苦笑いすると、彼女も同じように思っているのか困った人でしょう? とまた楽しそうに笑う。
そのまま中を案内されると、部屋は明るく暖かいが、書庫の本には直接光が当たらない様に設計されていて、王都ほどではなくても専門的な書物も多く、充実しているように見える。
「図書館はイリノアの街にあるのかと思っていました」
「はい、ここが建てられる前はイリノアの街にあったのですが、研究者達は、同じ街に図書館があると、『いつでも返却できる』が『いつまでも返却されない』と同義語になってしまうようなんです。
それで結局、こちらに移転しています。ここでは、転記を専門にしている人達もいますので、必要な部分の転記を依頼できますから、それならとイリノアの研究者の方たちも納得しています」
「ここにあるのは、専門的な物が多いのですか?」
「ええ、子ども達が読むような物は、トレポレの学び舎に置いてあります。
本当は一般的な本をもう少し増やす事が出来ると良いのですけれど、、、転記の方々は、どうしても専門的な蔵書の仕事に手を取られてしまって、なかなか一般的な本まで手が回りません。」
「リディア嬢が、王都で借りていたような物ですか?」
「まぁ、聞こえていたのですか?」
「大丈夫ですよ、声がすると思っていただけです」
「本当に?」
「はい」
「ふふっ、私も屋敷のみんなも、娯楽的な本は好きですよ。
沢山の人に使って貰うのが図書館なら、本当は色んな人が気軽に使える必要があるのですけど、ここは少し違っていますよね。」
メルニアには、アルフレッド殿やよく彼女の側にいるロニという女性が同行していたが、街に着いた時点で女性は、どこかに行ってしまい、アルフレッド殿は、図書館に入る直前で、斜向かいの建物に行くと別れていた。
いつもの護衛はどこかにいるのだろうが、こちらが距離を間違わない限り現れないのも分かっている。
サイラスとイグルスもさっさとお気に入りの場所を見つけて寛いでいるので、中をゆっくり歩きながら二人で話す。
「誰もが気軽に使える場所にしたいのですか?」
「そうなったら素敵だと思いませんか?」
「それは確かに。それが貴方の望みですか?」
「どうかしら、もっと先でいいの、本を読むには文字を覚える必要があるし、読む時間だって必要になるでしょう? だから、いつかそんな風になったら良いなって思っているだけ」
「いつか?」
「そう、いつか、誰かが」
「貴方が、では無く?」
「ええ、人が一人で出来ることなんてほんの少しだわ、でも思いは伝わるから。私が出来なくても、誰かが同じように思ってくれればいつかそんな日が来るでしょう?」
ザイード様が困ったような顔をするので、あわてて付け加える。
「自分が何もしないと思っているのではないのよ、無理して急がなくても大丈夫って思っているだけなのよ」
「分かっています、ただ貴方がいなくなった後のことを話されるので」
「ザイード様達は私たちより長い時間を生きているので、不思議に感じるのかもしれませんね。
それに私もそんな先の事をいつも考えている訳ではないんですよ、時々、自分が何も出来なくてちょっと落ち込んだりするでしょう? そんな時、きっと何か意味があるはずって思っているだけなんです、今は何の意味がなくてもいつかはって」
「人は永遠に生きたいと望む人もいると聞きますが、貴方は必要ないと?」
「ええ、そうですね。限りがあるから大切にするものだと思うから、私には必要のない物だと思っています」
まっすぐにこちらを見て、はっきりと答える。
いずれ彼女はいなくなる。
百五十年以上近く生きる獣人と、数十年の寿命しかない人族とでは、生きている時間が違う。
欲しくて仕方がない人だが、手に入れたとしてもいつか必ず失う時が来る。
自分はそれに耐えられるだろうか?




