18 カシム
いったい、どこに行っているんだ。
外出中と言われ、応接室に通されてからも目的の人は現れる気配さえしない。
一向に顔を見せない婚約者の家に来て数刻、カシムの機嫌は最高に悪くなっていた。
王宮なら使用人がオロオロする所だが、ここでは全く対応が変わらない。
先程から返ってくるのは、「申し訳ありません」と「お嬢様は外出しております」の言葉だけで、この男は、どこに行っているのかもいつ帰って来るのかも、教えてくれる気はないらしい。
イライラして雷電を起こしそうになるが、彼女に知られてまた子どもの様に耳を引っ張られたくは無い。
それに僕が抑えて当たり前だと言った彼女の言葉を覚えている。
「大丈夫」あの時の言葉を思い出す。
不思議だった。
たった一言、発せられた言葉がこれほど意味を持つとは思わなかった。
あれ以来、雷電を暴発させる事は無い。
今までは衝動的に起こっていた事も、一旦覚えてしまえば、割と簡単に抑える事が出来た。
彼女は何度か王宮に来たようだったが、自分が学院に居たので結局、アウスレーゼ公爵邸に行ってしまい会えてもいない。
仮にも婚約者となったのだから、自分との時間をもっと作るべきだと思うが、どうやら最近王都で噂のお茶は、彼女の持ち込んだ物らしく、それらに時間が取られている様に感じる。
西方辺境伯は、貴族ではなく商人。と影口を叩かれる様な人で、彼女にその素質が引き継がれている可能性は多いにある。
彼女の行動を縛るつもりは無いが、もう少し自分の所に来なければ、彼女の言う、『友人』にもなれない。
そんな事を考えていると、パタパタと足音が近づいて来る。
「まぁ、カシム様、お待たせして申し訳ありません。ウエストリアの屋敷に来て下さるとは思っていませんでしたわ」と、彼女が部屋に飛び込んで来る。
急いで来た為か、息が上がり、緑色の瞳が輝いて見える。
その様子を見て、あれ程イライラしていた自分の機嫌が良くなっている様に感じるのは何故だろう。
「お嬢様」
「あら、いけない」
部屋にずっと控えていた男に咎められ、彼女が自分に正式な礼をする。
「ようこそ、おいで下さいました」
「良い、公式なものでは無いのだから気にするな」
「ありがとうございます。では、屋敷の庭園をご案内しますわ、もうお茶は必要無いでしょう?」
と自分の目の前に置かれているカップを見ながら笑っている。
確かにお茶も必要ないが、このままではここに来た目的も忘れそうになる。
「それより、お前に渡す物がある」と言って護衛の一人が持っていた物を彼女に渡す。
中にはドレスをあつらえる為の最高級の布地で、彼女の瞳と同じ色のそれにはフレの糸でニテリラの花が刺繍してある。
「まぁ、ニテニラの花ですね」
「花を気に入っていたからな、それなら良いだろう」
「はい、嬉しいです」
「気に入ったか?」
「もちろん、カシム様がニテリラの花の事を覚えて下さったのでしょう? 白い花と金糸がとても綺麗です」
「なら、今度の舞踏会に着て来いよ」
「舞踏会ですか?」
「来月、王宮である。母上が主催の会だが、、、仕立てるのは間に合うだろう?」イヤな予感がする。
「申し訳ありません、カシム様。私達は、ウエストリアの方に戻る様に言われています」
「戻る?」
春の社交界が始まって、まだ二か月。
丁度半分が過ぎた頃で、領地に戻るとは思っていなかった。
「辺境伯からは何も聞いていないぞ」
「私と弟だけですから、父と母はこちらに残ります」
「弟も戻るのか」
「夏は、フレの取り入れの季節なのです」
「フレ? 刺繍糸の事か。お前も何かするのか?」
「私も弟も、ですわ。人手はいくらあっても困りませんから」
フレは種から糸を取るが、種が弾ける直前に摘む必要がある。
弾けてしまえば良い糸が取れないので、花が枯れた後、何度も足を運んで種が膨らんだ所を摘む。
摘まれた種の殻は硬いので、蒸して殻を取り、糸を紡いで、その後染める。
それを夏の間に行うので、忙しいしとにかく暑い。
特に殻を取るのは大変で、蒸して種が熱い間に殻を剥くので、皮の手袋を付けての種割りは、体力も忍耐力も必要になる。
「どんな事をするんだ」
「私が出来るのは、種の摘み取りと糸を紡ぐ事だけですわ。それでも、茶葉を摘んだり、夏の実を集めたり、猫の手も借りたい時期ですから」
「王宮に来るより楽しそうだな」
「ウエストリアは、私にとって馴染みのある場所ですから、王宮と比べる事は出来ません。でも王宮の庭園は美しいですし、王都の街も面白いと思っていますよ」
「それでも帰るんだろう」
「まぁ、少しは残念に思って下さいますか?」
「別に、、、婚約者はみな平等に扱えと言われている。それも他の二人にも渡しているから持って来ただけだ」
「ありがとうございます、それでも嬉しかったです。次、王都に来るまでに仕立てておきますね」
次は一体いつになるんだ。
彼女は、一旦領地に戻れば数ヶ月戻って来ない。
王都に来なければ、他の男が近づく心配も無いが自分とも会えない。
舞踏会で彼女の側にいた二人を思い出す。
ガルスの獣人がエルメニアの女性を番に選ぶとは思えないが、ノーストリアの男が彼女を気に入っていたのは間違いない。
おまけに彼は、仕事の繋がりを持っている様で、自分より彼女の近くにいる気さえする。
自分の正式な婚約者なのだから、王宮に留まるよう命じる事も出来るが、そんな事をすればあっという間に彼女は離れていくに違いない。
彼女が婚約を解消すると言えば、ウエストリア伯はそれを止めるような事はしないだろう。
自分の利点が逆に足枷になっているのは変な話だが、実際そうなっていて、どうする事も出来ない。




