17 工房で
約束の日、フレの工房に向かう。
工房では、以前と同じ女性がすぐに来て、奥の部屋に通される。
何事も無かった様に緑色の瞳に出迎えられれば、彼女の周りにいた不審者がなんなのかなど聞く事も出来ない。
「無理なお願いをしましたか?」
余計なことを考えていたので、彼女の方が心配そうな顔をする。
「いや、ここに呼ばれた理由を考えていました。何か見せて頂けるのですか?」
「気に入って頂けると良いのですけど」と、嬉しそうに一枚の布を見せられる。
美しく織り上げられた布には、図柄が織り込まれていて、先日見たものより遥かに見事だった。
「素敵でしょう?」
「これは?」
「彼女にお願いして織り上げて貰いました。もう少し試行錯誤が必要ですけど、素敵だと思いませんか?」
「はい、確かに素晴らしい」
「良かった。やっぱり一番良い物をと、アニタに織って貰って良かったわ」
アニタと呼ばれた女性が困った様に話す。
「図柄は、お嬢様がお考えになった物ではありませんか、私は頼まれた物を織っただけですから」
「それは、本に載っていた物を使わせて貰っただけよ。やっぱり出来上がりは大切よね、アニタに頼んで良かったわ」
「織り込んだ図柄も良いですね、刺繍を組み合わせるなど、色々な形が出来そうだ」
「それも面白いかも」
それからは布の軽さをどの程度残すか、どんな図柄や刺繍が好きかなど、知らない国の話を聞く。
彼は話上手で、それらを聞いているのは楽しかった。
特にこの国では考えられない精霊の話は心惹かれるものがある。
「魔力が無くても精霊達は、私達の願いを叶えてくれるのですか?」
「そうですね、歌を唄ったり、楽器を奏でたり、ちょっとしたお菓子などを渡したり。
精霊達が気に入ってくれれば、魔道具を使うより多くの力を貸してくれるので、大きな船には、楽器を演奏する者が必ず乗っていますよ」
「アレス様の船にも?」
「そうですね、僕は風の精霊達と、どうも相性が悪いらしく、船の上では役立たずで、リュートの奏者がいます」
「相性があるのですか?」
「僕の魔力を風の精霊は気に入らないらしい。他の精霊達とはそうでも無いのですが、船を動かすには風の精霊の力は必須なので」
「なんだか楽しそう」
「そうですね、何をするにも精霊の気持ち次第。
気まぐれな彼等と付き合いながら生活するのに慣れてしまえばとても楽しいですよ」
しばらくそんな話をした後、
「そうだ、ノーストリアに少し戻っていたので、リディア嬢に差し上げたい物があります」
白い透明な塊が入った小瓶を渡す。
「これは何ですか?」
「ノーストリアのゼム地方で、果実酒を作る時に使っているものです。食べても平気ですよ?」
そう言うと、彼女が手のひらに取り出して、一つ口に入れる。
同席している弟などは嫌な顔をするが、彼女はどうやら好奇心の方が強いらしい。
「甘い」
「砂糖から作られた物で、氷砂糖と呼ばれています」
「なぜ果実酒を作る時に使っているのですか?」
「砂糖を使うより果実酒が甘くならないし、溶けるのに時間がかかるから、かな?」
「マテの粉でも同じ物が作れると思います?」
やはり自分の意図に気がつく。
「製法を教える事は出来ませんが、おそらく。」
しばらく考えているようだったが、
「ありがとうございます。良い物を見せて頂きました。私はとても助かりますけれど、アレス様は良かったのですか? 果実酒は、ノーストリアにとって大切なものでしょう?」
「大丈夫ですよ。お気にならさず」
ノーストリアの交易は、果実酒からもっと度数の高い飲み物に移っている。
ゼム地方で細々と作られているが、家庭で飲むための物で、外に向けて作っている訳ではない。
彼女も安心したように頷き、
「それなら、良かったです。ウエストリアに戻って、マテの粉を使えないか少し考えてみます。
今後、アレス様と連絡を取る事が出来ますか?」
人を移動させる様な転移門は、魔道具も大きいので魔力も沢山必要になる。
その為、エルメニアにも数える程しか無いが、手紙や本などを送る転移箱は、大きな街や屋敷に行けば必ずある。
リディアに連絡するには、ウエストリアの屋敷に送って貰えれば良いが、アレス様の送り先が判らない。
「サウストリアのロートアに送って下さい。ミリオネアに直接送る事は出来ませんが、そこに送って貰えれば自分の所に届くようになっています」
「わかりました」
「アレス・ノアと」
「えっ?」
「その名前で送って下さい。ノーストリアの名前より、その名前に馴染みがある」
「ノア様ですね、覚えておきます」
「リディア様は、領地に戻られるのですか? 一度、ウエストリアに伺ってみたいですね」
「まぁ、是非いらして下さい。アレス様も歓迎しますわ。
夏のウエストリアもそれは素晴らしいんですよ、森にはフレの花が咲いて、その後の摘み取りや種割りはちょっと大変かも知れませんけれど、、、」
「姉さま、お客様にフレの種割りまで手伝わすつもりなの?」
「それもそうね」
「いや、是非手伝ってみたいですね。これからフレの糸を扱うなら、色々知っておきたい」
「あら、その言葉、忘れないで下さいね」
羊毛の生成は、ノーストリアで手伝った覚えがある。仕事も基本、力仕事が多いので体力には自信があるが、妙に楽しそうな彼女を見ていると弟の言葉に従っていた方が良かったのかも知れない。
だが、それがどんなに大変でも、何故か楽しみに思えてくるのだから、恋とは本当に厄介なものだ。
そんな話をして彼女と別れる。
彼女が王都を離れるなら、最も危険な相手とも離れる事になるので、ここを出発しようとしている自分にとっても有り難い。
自分がウエストリアに行くまで、少なくとも四、五ヶ月は必要になる。
それまで彼女が領地に居てくれれば、自分にもまだチャンスはある。




