06 舞踏会(5)
「何の話をしていたんだ」
「どなたの事ですか?」
「名前は忘れたが、確かセリーヌ后妃の弟だろう」
「アレス様の事ですか?」
「そうだ」
確かにそんな名前だった。
彼女は初めて会ったであろう男と、えらく楽しそうに話していた。
「フレの糸について教えて欲しいと」
「フレ? ウエストリアの刺繍糸か」
「はい」
「なぜ彼が刺繍糸の事を知りたがる」
「私も詳しくは存じませんがませんが、聞きたい事があると言っておられました」
「お前にか」
「父に話すほどの事では無いと」
「お前が相手をするのか」
「そうですね、出来ればそうしたいと思っています」
リディアが当たり前のように答える。
忙しいと王宮にはほとんど顔を見せない彼女が、自分の知らない所で知らない人と会っている。
それが何故か腹立たしい。
意地悪をするつもりは無いのに、ついつい口調が冷たくなる。
「えらく忙しいのだな」
「カシム様もお暇では無いでしょう?」
確かに時間が余っている訳では無いし、人と会う時間も限られる。だからこそ側に居なくては、話す事も出来ない。
「王宮に来ればいい、なんなら弟に相手を紹介する事も出来るぞ、決めて置かないと困った相手に捕まってしまう事になる」
彼女の弟がドルイド伯の娘と話している方を目線で知らせる。
「まぁ」
公爵夫人と離れた弟は、どうやらもう一人のフレリアに捕まっている。
「彼女が良いなら、すぐ婚約出来るぞ」
「アルフレッドはダメです」
「何故だ、決まった相手でも居るのか?」
「決まっている訳ではありませんが、、、いずれ決まります」
一人の少女の顔が目に浮かぶ、エリスおじ様でも無理だったのだから、申し訳ないがアルフレッドが、妹の様に可愛がっている少女から逃げられるとは思えない。
「なんだ、似合いに見えるけどな」
又、弟の方に視線を向けると、やっと自分の方を向いた彼女が言う。
「カシム様、余計な事をなさらないで下さいね」
「余計な事とはなんだ」
「弟の事です。もしドルイド伯爵との話が出てきたりしたら、私が彼女と入れ替わりますよ」
自分の方を見ない相手を又困らせていると、彼女がとんでもない事を言い出す。
「そんな事、出来るわけ無いだろう」
「あら、確かめてみますか?」
「わかった、わかった。絶対そんな事はしない、怖い事を言うな」
恐ろしい事を平気で口にする。
冗談のように口にしても、全く冗談だと思っていない所が本当に恐ろしい。
誰もが羨む立場のはずなのに、相変わらず彼女は、何時でも手放す気でいるのだ。
カシム様との話は冗談で終わっても、ドルイド伯爵の娘に捕まっている弟の事は気になる。
伯爵は居ないようだが、公爵夫人や父が助け船を出すとも思えない。
もちろん、ダンスを踊っている自分にもどうしようも無い。
困った事、と思っていると、弟に話しかけるザィード様と、獣人に驚いて離れていく娘の姿が見える。
どうやら彼が弟を助けてくれたみたいなので安心していると、同じ方を見ていたダンスの相手が、訳の分からない事を言う。
「知り合いが多いな」
「そうでしょうか?」
知り合いと言われればそうだが、ザィード様もアレス様の事も良く知っている訳では無い。
昨年、ザィード様と知り合い、何度か話をしたが、親しい訳では無いし、アレス様の方は、数日前、偶然助けて貰った事があるだけ。
その事もあるのだから、頼まれれば答えるくらいの事はするし、出来ればアレス様には頼みたい事もある。
王都で出来た知り合いが、獣人の方とロクデナシなどと呼ばれる人と言うのも面白いが、王子の婚約者などになったのだから仕方ない。
王宮に来ればセリーヌ后妃やロクサーヌ様が居るし、そう気軽に他の貴族と付き合う事も難しい。
王室と繋がりが欲しいと考えている人達と、いずれその立場を離れる自分が、よい友人になれるとは思えない。
そう言った面倒を考えると、ついついウエストリア邸で、領地の事に時間を費やす。
その方が楽しいし、ここには王立図書館と言う素晴らしい物があるのだから時間が余る事はない。
ダンスを終え、始終不機嫌な王子と別れて弟の所に向かう。
嬉しそうに弟は迎えてくれるし、ノエルやカーラも笑っていて、やっと肩の力が抜けた気がする。
出来れば彼らと同じように友人関係を築きたいが、自分といると必ず不機嫌になる王子とはどうも相性が悪いらしい。




