05 舞踏会(4)
「伯父上」
国王の嬉しそうな声が聞こえる。
ロアンの父であるアウスレーゼ公爵が最愛の妻を伴って、カシムの婚約披露の場にやって来ていた。
グリオ・アウスレーゼ公爵は、魔力を持っていなかった為、王位継承権を持たなかったが、人徳者として知られおり、妻のフレリアは、タリム王が皇太子の時に命を落としたセリス・フォン・ウエストリアの妻だった人だ。
「ロアン、フレリアと踊って来てくれるかな?」
「もちろんです、父上。しかし今日は、その大役を友人に任せたいのですが、よろしいですか?」
ロアンが余計な事を言えば、アウスレーゼ公爵もそれに答える。
「では、アレス殿にお願いしよう」
「喜んで」
公爵から名前を呼ばれては仕方がないので答えるが、何時もなら公爵夫人と踊れるのは小躍りする程嬉しい事なのに、今は他の女性が気になって気乗りがしない。
それでも夫人の手を取り円の中心に進んでいると、小さな声で言われる。
「目的を達成するには、外堀を埋める事も必要ですよ」
「えっ?」
聞き返すが、フレリア様はもう相手にしてくれない。
ダンスの途中で、どう言う意味なのか聞いてみても、「腕が落ちましたね」とか「姿勢に気をつけて」などと言われるだけで、欲しい答えは貰えない。
この人には敵わない。
16歳でセリス殿の妻になり、その夫と共に王都の貴族達の中心に存在し続けた女性。
夫が亡くなった後、社交界から退き、誰の庇護を受ける事なく一人で生きる事を選んだ人。
ロアンの母は後楯が無かったため、彼女を影から守り、彼女が亡くなったため、ロアンの為にアウスレーゼ公爵夫人となった。
黒髪と水色の瞳、強い魔力を持ち、今でも憧れと尊敬を持って、人々に知られている女性だった。
自分にとっても昔から理想と言えるただ一人の人。
ダンスを終え、公爵の所に戻るのかと思えば、少し離れた所でウエストリア伯が待っていた。
伯が公爵夫人に挨拶し、その流れで自分を紹介してくれる。もしやと思っていると、弟と共に会いたい人がやって来る。
公爵夫人が、「リディア、こちらに」と彼女を呼び、「顔見知りのようね」と自分と引き合わせる。
どうやら本人以外は知っていたのか、公爵夫人だけでなくウエストリア伯も驚いた様子が見えない。
何か嫌な気分だが、彼女の方は、面白そうな顔をして、「なぜ、お分かりになったの?」と聞いている。
「さぁ、私は伯と違ってどういう知り合いか知らないのだけど」
「いや、僕も詳しい事は知らないなぁ」
ウエストリア伯もとぼけているが、ここで対して役に立たなかった一件を話たくも無いと思っていると、今度も彼女の方が答える。
「まぁ、お父様がそうおっしゃるなら、私もここでお話しない事にするわ。少しくらいお父様が知らない事があっても良いと思うから」
公爵夫人もその答えで満足したのか、「それもそうね」とリディアを援護すれば、
女性二人には敵わないと思ったのか、近づいて来る男から逃げるためか、ウエストリア伯は、「これは分が悪い」とサッサと離れて行く。
目の端には、ドルイド伯爵が娘を連れて近づいて来るのが見える。
彼から逃げるなら公爵夫人をエスコートしてこの場を離れるに越したことは無いが、彼女と離れたくも無い。
そう思っていると、公爵夫人から彼女の弟に話かける。
「アルフレッド様、公爵の所にお願い出来ますか?」
「喜んで」
急に声をかけられて驚いた弟の方も、礼儀正しく夫人をエスコートする。
彼女の弟が公爵夫人をエスコートするなら、自分が彼女を誘っても問題ない。
「では、我々も」
彼女に腕を差し出し、共に歩く数分がチャンスだった。
何時ものように適当な話をし、部屋に連れ込むような事は出来ないのだから、少なくともウエストリアの屋敷を訪れる理由が必要になる。
なのに言葉が出て来ない、そっと置かれた手の感触や、隣から彼女の柔らかい香りがして全く頭が回らない。
すると隣から楽しそうな声がする。
「ふふっ」
「何かありましたか?」
「ごめんなさい。アルフレッド、立派だと思いません?」
嬉しそうに公爵夫人をエスコートする弟の自慢を始める。
「はい、確かに」
「今日は、彼の社交界デビューだから、ちょっと心配していたの。でも良かったわ、何事も無くて」
今日の舞踏会は、弟のデビューの為でなく、自分の婚約披露の場だと思うのだが、彼女にとっては弟の方が大切なのだろう。
その程度にしか想われていないカシム王子も可哀想だが、こうして隣にいる自分も全く彼女に関心を持たれていない。
「フレの糸の事を教えて頂けませんか?」
「フレ、ですか?」
「ふらふらしている間に、少し商売の真似事をしています。軽く透き通る糸は、ミリオネア辺りで人気がありますので、お話を聞く事が出来ますか?」
「お仕事の話ならば、父の方が良いと思いますが、父と話をなさいますか?」
「いえ、まだ伯と話が出来るほどではありませんから、出来れば先に情報が頂きたい」
「そう言う事でしたら、お役に立てるか判りませんけれど」
「ありがとうございます」
とりあえず道だけは繋がった。
これでウエストリアの屋敷を訪ねる事が出来る。糸の事も嘘では無い、現在エルメニアで扱っているフレで刺繍された布は美しいがミリオネアで身につけるには暑すぎる。
それにミリオネアでは、今の様な花や鳥などの模様ではなく、もう少し幾何学模様のような物の方が好まれる。
とりあえず約束を取り付け、アレスと名を呼んでくれるよう話をし安心していると、今度は彼女に極上の笑顔を返される。
「では、アレス様。屋敷の方にいらっしゃる日をお知らせ下さいね、私も少しお願いしたい事がありますから」
まずい、ここから走って逃げ出す必要がある。
このままでは、いつの間にか彼女に捕らわれて、身動き出来なくなってしまう気がする。
頭では判っているのに、心と体は従わない。
「必ず」
彼女と約束し、茶色の髪をした婚約者とダンスを踊り、戻って来た王子の元に彼女を連れて行く。




