07 ウエストリア邸で
数日後、ウエストリア邸に伺いたいと知らせを送る。
何とか我慢して数日待ち、その間に出来る限りフレについて調べ、流石に獣人街の宿屋からウエストリア邸に行く訳にも行かないので、ノーストリアの屋敷に戻る。
兄には変な顔をされるが、やり過ぎないよう身だしなみを整え、ウエストリアの屋敷に馬車で向かう。
昔、ロアンの屋敷に通っていた頃を思い出す。
ロアンと遊ぶ以上に、公爵夫人に会える事を楽しみに、ドキドキしながら馬車に揺られていた。
エルメニアの中でも、サウストリア地方だとずっと男女の付き合いに開放的だ。
ミリオネアの方に行けば、それ以上に。
彼女達は自立していて大らかで、楽しむ事にも積極的だったので、自分も気軽な付き合いを楽しんだ。
その自分が、たかが16歳の娘に会う為こうしているのを、楽しいと感じているのだから不思議なものだ。
先日まで、あれ程縛られるのを嫌っていたのに、今ではそれも仕方が無いと思い始めている。
屋敷に着くと、執事に出迎えられ、中庭のテラスの様なところに案内される。
「アレス様」
会いたかった人が迎えてくれる。
先日とは違い、淡い金髪をふんわりと後ろに束ね、瞳と同じ緑色のドレスが良く似合っている。
テーブルの上には、色とりどりのフレの糸とそれらで作られた飾り帯や組紐が置いてあり、フレで刺繍を施した布地を見せて貰う。
「これは見事だ」
おそらくフレの中でも最高級品であろうそれは、糸も作品も透き通るように美しい。
糸は軽く、柔らかい。
刺繍を施された布地も美しく、王都の貴族達がこぞって手に入れたいと考える気持ちも判るが、自分が欲しいと考えている物ではない。
「フレの糸で、布を折る事が出来ると聞いた事があるのですが」
「ええ、もちろん。布を織ることは出来ますわ、只、今では殆ど作られてはいませんけれど」
「難しい事なのですか?」
「フレの糸は、美しいですが強い物ではありません。その糸で織られた織物も」
「なる程」
「父がフレを刺繍糸に使う事にしたのはそれが理由ですから」
確かにエルメニアではそうだろうが、薄く透き通るこの糸で作られた布は、ミリオネアなどでは喜ばれる気がする。
向こうで過ごした夜を思い出しそうになり、咳払いしてから、フレの布を織って欲しいと頼む。
布地の出来栄えによっては、扱う商品の一つにする事が出来ると考えていると、そんな自分を見て彼女は楽しそうに笑っている。
淡い金髪は、光りにあたってキラキラと輝いているし、深い緑色の瞳は、いつもクルクルとよく動く。
自分の意思をしっかり持ち、自由を楽しめる人。
彼女ならこの国で暮らしても、自分と共に色々な所を旅するような暮らしでも、その環境を楽しむだろう。
王宮の堅苦しい生活より、ずっと自由な生活を自分なら与える事が出来る。
その方が彼女にとっても幸せなのではないかとさえ思えて来て、ここに使用人が居なければ、手を出してしまいたくなっている事に気がつく。
自分のとんでもない感情を持て余していると、
「姉さま」と言う声が聞こえ、「お仕事の話は、終わった?」
そう言って、彼女の弟がお茶の用意を運んで来る。
ふと気がつくと彼女の手首がほんのり赤くなっているし、少し離れた所にはあの護衛の姿も見える。
十代の子どもにでもなった気分だった。感情に引きずられて、魔力の制御まで怪しくなっている。
彼女の方は気がつく事もなく、運んで来た弟に礼を言い、一緒に座るように話している。
「ごめんなさい、お茶も出さず」
そう言って、目の前に置かれたティーカップからは、ほんのりと甘い香りがする。
マテの白茶だった。
つい最近、王都で飲まれる様になったウエストリア産のお茶。
それは、甘い香りはするが、味わいはすっきりとして美味しかった。
「美味しいですね、噂は聞いていましたが、始めて飲みました」
「ありがとうございます。実は、アウスレーゼ公爵夫人のおかげなの」
確かに公爵夫人のお茶会から貴族の間に広がる物は多い、それでも夫人の目に適わない物は、お茶会に出される事も無い。
「実は、アレス様に本当に飲んで頂きたいのはこちらなの」
そう言って、もう一つのポットから注いだティーカップが置かれる。
こちらは、紅茶だった。
同じように甘い香りのするお茶だが、これは飲んでも甘かった。
「これは?」
「マテの葉で作った紅茶です」
美味しくない訳ではないが、おそらくエルメニアでは好まれない。
エルメニアでは甘い飲み物を余り飲まない。
甘い物を食べないのではなく、甘い飲み物は、子ども用と言う感覚があるが、子どもが飲むには、紅茶の苦味が残っていた。
「これをエルメニアで扱うのは難しいでしょうね」
「ええ、私もそう思っています」
「なぜ私に?」
「フレの布は、ミリオネアを考えておられるのでは無いかと思ったので」
「確かにそうですが、よく判りますね」
「私の考えではありません。父の友人が以前、そんな話をしていた事を覚えていただけですから」
「その時は何故?」
「父がまだ早いと。糸のイメージを先に確立しなくてはと言っていました」
なる程、フレの刺繍糸がエルメニアで使われる様になったのは、彼がウエストリア伯になってからで、今では高級な物と言うイメージが定着している。
確かにミリオネアでは、食事の時にでも甘い飲み物を飲む。
初めは出された酒まで甘くて、困った事を覚えている。
だが逆に暖かい飲み物はあまり好まないので、沢山の氷を使って冷たい紅茶を作ってみせる。
「まぁ、綺麗」
エルメニアでは冷たい飲み物も余り飲まない。
サウストリア地方では飲まれる所もあるが、今の王都で、わざわざ冷たい物を飲む必要はない。
目の前に置いた紅茶を冷たいとびっくりした顔をして、飲む様子も可愛らしくて見ていたいが、そんな事を言ってもいられないので、もう少し話を進める。
どうすれば商品として扱えるか、好みに合うかなど思いつくことを話す。
何度も冷たい紅茶を飲みながら考えていると、じっと緑色の瞳がこちらを見て笑っている。
「ありがとうございます。 アレス様にお願いして本当に良かったです」
花がこぼれるように笑うので、思わず彼女の手を取り、指先に唇を落として答える。
「お役に立てて、光栄です」
びっくりした顔はするが、嫌がる様子も無い事が嬉しい。
多少周りから圧力が感じられても、触れた手を放す気になれない。
「姉さま」
「そうね、余り長い時間を頂く訳にもいかないわね」
我慢しきれなかった弟が声をかけ、今日の訪問は終わりを告げる。
彼女から、王都にあるフレの工房にいつでも自由に入れる事、そこに来れば、自分にも伝わる事、また、フレの布を作るのに、数日欲しいと言われ、自分も工房を訪ねる事を約束して別れる。
戻る馬車の中で、自分の心は決まっていた。
その為には、自分がやるべき事も分かっている。
分かっているのだから後は行動するだけだ、それがどれだけ面倒な事でも、彼女を手に入れる為なら煩わしいとも思えない。
他の二人に比べ、自分は出遅れているのだから、まず同じスタートラインに立たなくては話にもならない。




