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真実の愛を見つけた王子のその後の生活  作者: Chitto=Chatto
ゼブラシア山脈の魔獣
80/80

先祖返り

 遺憾だが俺の見た目は典型的なウエイルだ。

 眼の色こそコンフォートビターの王家の色をもらったが、夜の闇のような黒い髪と白い肌、月の化身と称えられる顔立ち、鍛えても筋肉がつきにくい細身の体は初代から引き継がれているもので、歴代の当主の半分以上が同じような容姿をしている。

 そんなわけで俺を見た飛竜の長が古い友を思い出しても不思議ではない。先祖返りと呼ぶくらいだから顔とかそっくりだったりして。まあ、そもそも子孫なんだからどこかしら似たっておかしくないよなあ。


 だけど、俺は飛竜の長達が知る友ではない。


 先祖を深く思ってくれているらしき長には申し訳ないが、俺にとってウエイルの名は理不尽な暴力と同意語だ。心身共に受けた傷は根深く残っており、未だに身を固めるほどのトラウマになっている。2年前にグリム兄さんたち以外の親族とは決別したが、血縁が切れたわけじゃない。母の腹から産まれた以上、俺は一生ウエイルで、そのことが苦しいと思っている。

 要はすごく嫌いなんだな。


 とはいえ、それはあくまでも俺だけのこと。

 飛竜の長は古き王の血を歓迎し、再会を喜んでくれている。

 その上で古き王の子の力を借りたいと言う。何か知らないがそれがあれば大きな助けになるようだ。

 先祖返りしたその力に目を奪われたってことは、俺自身も知らないうちにそれを使ってるってことか。困ったな。正直なところ、まったく心当たりがない。


 さて、どうしたらいいものやら……。


 などと悩んでたそのとき。


「やれやれ。飛竜の長が年を経ているのは知っていたが、耄碌しているとは思わなんだよ」


 膝の上に乗っている紫黒が鼻先にするりと入って体を伸ばした。


「ベルを先祖返りと言ったな。友を懐かしむ気持ちはわかるが、記憶の中の存在をベルに押し付けるな。見た目が似ているのかもしれぬが、ベルはヌシの知る雄ではない。親と子はたとえ血のつながりがあろうと別物。同じ生き物だが同じ存在ではない。そのくらいのこともわからぬか?」


 シャッ、と大きく息を吐きながら俺の頭に乗っている長の額に頭突きする。物理的な痛みは皆無だろうに、飛竜の長は一歩後ろに退いて目を大きく見開いた。


「それに、ベルは古き王の存在を知らぬと言った。当然、ヌシのいう古きウエイルの力とやらも知らぬだろうな。ならまずは年長者が歩み寄り、若輩にもわかるよう説明するべきだ。そしてなぜ力を借りたいのかを理解させたのち、助力を請うのが筋であろうよ」

『ぐぬぬ……』

「おまけに我欲のみで、ベルの意志など無関係に、魂だけを掴むという危険な行為を犯してまで連れてきたくせに、想定外だが仕方がないとは何事か。思ったような反応を返さぬからと落胆するとは。なんとも傲慢なことよ」


 小さな蛇が大きな飛竜を愚弄するような言葉に周囲がざわつく。中には飛びかかろうと身を縮めたものもいたが、紫黒がそちらに視線を送ると急に近くの物陰に引っ込んだ。俺にはわからなかったけれどなにかしたんだろう。さすがはナナトの蛇の長。いろいろと強い。


「ヌシもヌシだぞ、ベル」


 感心していたら、べちり、と紫黒の胴が頬に当たった。器用にくねらせて曲がったところが鼻を直撃して地味に痛い。


「なにを阿呆みたいに悩んでおる。怖いのならばワシを頼れ。何のためについてきたと思っておるのだ」

「……、飛竜の長は怖くないよ」

「何を言っておる。ベルが怖いのは己の中のウエイルであろう?」


 図星を突かれてぐうの音も出ない。反論できずに唸っていたら口の上に巻きつかれた。


「それが厭わしいと思い悩んでいるのは知っておるが、ワシにとってはベルもベルグリフも古き王の子もすべてヌシだ。呼び名などどうでもいい」


 そのままキュッと絞められる。苦しいと言ったら愛の鞭だと叱られた。うう、苦しいけどありがたい。紫黒は本心から俺の存在を認めてくれてるんだな。名前にこだわってる自分が情けないと反省。


「ごめん。ありがとう」

「わかればよい」


 黒い体を軽く叩くと、紫黒はゆっくりと体をほどいて膝の上に降りてきた。


「まあ、先祖返りと聞いていろいろと合点がいった。初めて会ったとき、なぜ蛇の言葉がわかるのか不思議だったが、そういうことだったのだな」


 収まりの良いところに身を収めると、納得したように何度も頷いている。その姿を見た飛竜の長までが何かすとんと落ちたような顔をし、鼻から息を吐いた。


『あれだけ神獣や高位精霊たちに目をかけられているのに、自覚がないとはなあ』

「そういうヤツなのだ」


 二人の目が痛いが心当たりはない。当事者らしいのに仲間外れにされてない?

 などと膨れていたら、紫黒が呆れたようにシャッと息を吐いた。


「ベル、以前も言ったしリックも同意していたが、人は普通、ワシらの言葉を聞くどころか話もできない」


 いきなり何を言うのかと思ったら。思わず吹き出してしまったけど俺は悪くない。


「嘘だあ。紫黒が知らないだけじゃない? 俺も詳しくはないけど、相棒と話してるテイマーは多いし、たまに妖精と会話してる子もいるよ」


 リックの知り合いで第5騎士団のテイマー騎士であるベイリーは自分の影に入れてる影馬とツーカーの仲だし、ライルだってちっちゃいの時は実家の馬と話をしてたって言ってた。ナナトでドアラに蛇と話ができることをおかしいとか思わなかったのかと聞かれたけど、テイマーの冒険者はそれなりにいるし、知り合いには風の精霊と交流がある魔術師だっているから、そんなに珍しいことじゃないと思うんだよなあ。


 そう言うと、紫黒は飛竜の長と視線を合わせ、大きくため息を吐いた。


「んなわけがあるか、バカもの。確かに獣や精霊の中には人を気に入って契約を結ぶものがおるが、契約があるから意思疎通が可能なのだ。たしかにベルの言う通り、幼き個体には異常に感受性が強いモノもおるが、長ずるにつれて失われるものだ。ライルとて今は馬と話せぬだろう?」


 言われてみれば学院で再会したライルは馬の話をしなくなってた。当時は大好きだった馬が老衰で亡くなり、新しい馬を迎えたからだと思ってたけど違ったのか。


「あ、でも、サワイ村との話し合いの時、みんな普通に話をしていたよ」

『そういう術を使っているからな』


 飛竜の長が会話に加わる。


『人との話し合いの際は会話ができぬと意思疎通ができぬだろう? 故に私が互いの言葉が通じるように術をかけておるのだよ』


 なんとそんな気配りを!

 改めて尊敬のまなざしを向けると、飛竜の長はえっへんと胸を反らした。そのくらいはワシも月白もできると呟きながらくねくねしてる紫黒。本当に月白さんが好きだよなあ。

 軽く鼻先を突くと、紫黒ははっと身を正し、小さく咳払いした。


「つまり、飛竜の長の友であるウエイルの先祖は、ヌシのように人以外のモノと自由に会話ができた。だからヌシを先祖返りだと言っておるのだよ」

「え? そうなのか?」

『さすがだな。蛇の長は知っていたと見える』


 満足げに頷く飛竜の長に、紫黒は否と首を振った。


「今までのベルの行動と飛竜の長の言葉から推測したにすぎぬ。そもそもワシは人に興味などないからな。面倒をかけられぬならばそれでよい」

『ほほう、なのになぜこんなところでまでベルを護っている? 私はベルは呼んだがそなたは呼んでいない。その魂、飛竜どもに引き裂かれても仕方なかろうに。恩人と言えどそこまでする義理はあるのか?』


 目を弓の形にして問う。

 確かにその通り、俺はともかく紫黒は招かれざる客だ。体はキーさんが守ってくれてるだろうけど、ここに来てる魂はそうじゃない。なのに俺のために危険を承知でついて来てくれたんだ。神獣であり、たぶん長と同等かそれ以上の力を持つキーさんが近くにいるんだから任せればいいのに、紫黒はそうしなかった。申し訳なさと嬉しさで胸がいっぱいになる。

 だからごめんと頭を下げたら、紫黒は鼻先を尻尾ではたいた。


「ヌシは阿呆だな」

『む?』

「たしかにベルは我がナナトの蛇だけでなくナナト全ての恩人だが、今はそれ以上に可愛い息子であり、厄介で手がかかるが至上の友だ。守るのは当然だし、そうでなければ愛する伴侶に嫌われる。飛竜はそうではないのか?」


 紫黒……。

 すごくいいこと言ってくれたんだけど、褒められた気がしない。

 俺ってそんなに厄介で手がかかるのか? 自分のことは自分でしてるし、たしかにやりすぎて寝込んだけれどそれは仕方ない事情があったからで、普段はそんなに……。

 アレ?

 思わず唸ったら、再度ぺちりと尻尾の一撃が来る。そんなに痛くないんだけど、なんだろう、精神的な部分がとっても痛い。


「厄介だからな」


 心を読まれた!?


「ヌシは顔に出やすいのだよ」

「だから心を読まないでよ……」


 ちぇ、と呟いたら、飛竜の長と紫黒に笑われてしまった。先ほどまで敵意に満ちていた飛竜たちの目もなんだか生暖かい気がする。

 だけどその温かさは古い傷を抉った。


「要は俺がウエイルの末子だから、みんな親切にしてくれてるのか」


 古いウエイルの力は俺を生かし、近いウエイルは俺を虐げたってことか。祖父は何もないところに話しかけている俺を気味が悪いと打ち据えたし、親族も馬鹿にしていたから、祖先が見えないものと話すことなど忘れられてたのかもしれない。

 今まで無意識に受けていた恩恵は大嫌いなウエイルの血によるものだけど、そのおかげで今の俺がある。ドライアド様も泣き女も紫黒もキーさんも、話をしなければこんなふうにはなってなかった。ウエイルの祖先が持っていた力がなかったら、今みたいな関係は築けなかったろう。

 嫌いだ嫌だと言い、自ら捨てたと思ってたものに助けられている。

 そういえば、冒険者ギルドでも王弟だからって優遇されてたっけ。

 俺がこうして立っているのはウエイルの先祖とか王弟とかのおかげで、自分自身ではないんだと改めて突き付けられたような気がする。

 なんというか、うん、ツライ。落ち込むなあ。


 そう思ったとき、突然紫黒に頭突きされた。ぽすん、と軽い音がしたくらいで痛みはほとんどなかったけれど、心に刺さる鋭さに驚く。

 目をぱちぱちさせてたら、今度は尻尾でスパーンといい音を立ててはたかれた。


「い、痛い……」

「見損なうな、バカ者が!」


 紫黒の目が真っ赤に輝いている。体も少しずつ大きく重たくなって膝を圧迫し始めた。重たいし痛いしで振り落としたくなったけど、紫黒の剣幕にどうしていいのかわからない。


「ヌシが何者だろうが同じだと先ほどから何度も言っておるだろうが。話ができずとも、ヌシとはこうなっておったとワシは思っておる。ヌシはどこまでワシを見くびる気だ?」

「そんなこと思ってないよぅ」

「いや、ヌシはまったくわかっとらん! 今は時がないからこれで勘弁してやるが、後でじっくりと説教してやる。覚悟しておけ!」

「……、紫黒の気持ちはわかるんだけど、自信がないんだよ。ごめん」


 護りたいと思ってくれてる気持ちはありがたいんだけど、こればっかりはどうしようもない。情けなさに背を丸めていたら、頭上から飛竜の長の声がした。


『自信がない、か。初めて会ったときのリオンもそんなことを言っておった』

「リオン?」

『ああ。ウエイルの王、ベルガリオンだ。私が生きてきて、術なしで話が通じたのはベルガリオンだけだった。愉快で気持ちの良い男だったよ。私が術なしで会話ができた人間はリオンと孫のベルフォードだけだ。故にそなたが初めてこの谷に来た折り、妖精たちに絡まれているのを見て驚いたのだ。そしてその色と魂の中に友の姿を見て歓喜したのだよ』


 ベルフォードは確か高祖父の15番目の弟だったな。あの頃は子だくさんで憶えるのが大変なんだった。

 って、あれ?

 ウエイルの初代、ベルガリオン?


「俺が知る家系図では、ウエイルの始祖はベルガリアード=ウエイルでしたが」

『それは弟のほうだな』


 弟? 兄がいるなんて家系図にはなかったような……。

 首を傾けて思い出す努力をしていると、飛竜の長は少し困った顔をしてから俺と紫黒と深緑色の飛竜を順に見た。


『リオンとリアドは双子の兄弟でな。人は双子は不吉だと言っておったから、王となった者以外の名は消したのだろう』


 そういえばそんな時期があったと歴史書に出てた。だけどこの地を統合したコンフォートビターの三代目の王家に双子が生まれたとき、共に聖者だと神託があったため、その後は吉祥として受け入れられるようになったんだったな。

 そう言うと、飛竜の長は人の世も変わったのだなと寂しそうに笑った。


『リアドとリオンは仲の良い双子だったのだが、人よりも魔獣と共にいるリオンは恐れられていた。対してリアドは私らと話せはしないが人を治める器のある男だった。だから自然とリオンは存在を消されたのだろう。それにリオンは生涯独り身を貫いたから子もおらなんだしな』


 なるほど。ウエイルの血は飛竜の長のいう古き王ではなく、弟が残したものなのか。人の歴史では弟のほうが王だけど、飛竜たちは話ができるベルガリオンのほうを王と呼んでいるようだ。名前も似てるし、ちゃんと覚えてないと混ざりそうだなあ。

 それにしても生涯独り身だったのか。弟の争いを防ぐためだろうけど、ひょっとしたら俺と同じように自分の血を残したくなかったのかもしれないな。そういう部分はちょっと似てるかも。

 飛竜の長の話にほっこりとしつつ、少し前までこの国を食い潰そうとしていたウエイルの一族を想う。うん、落差が大きすぎて眩暈がするな。でもまあ初代ベルガリオンの名を消した一族だと思えば変わらないのか。むしろ年を重ねるにつれてどんどん悪くなっていったのかも。


「やっぱり、嫌いだな」


 思わず呟くと、つむじに飛竜の長の顎が落ちてきた。


『そう言うな。リオンはとても良い男だぞ』


 それは、長の言葉の端々でわかる。だからといってその血を誇れと言われても、心身ともに残るトラウマが拒むんだ。そこは仕方ないと思ってくれるといいんだけど、無理かなあ。

 返答に窮していたら、やれやれと呟いた飛竜の長が大きな目を細くして俺の額に大きな額を押し当てた。


『わかった。私の記憶を少し見せてやろう』


 言葉が終わらぬうちに、すさまじい量の情報が頭の中に流れ込んできた。

 飛竜の長がベルガリオンと初めて会話した時の驚き、共に駆ける空の喜び、魔獣を討伐した時の高揚感、弟ベルガリアードとの交流、そして一族との決別。最後は死による決別まで。

 激流のような音が映像とともに流れていき、そのせいでじかに雷魔法を食らったような衝撃が来る。

 余りの苦しさに頭が焼き切れてしまうんじゃと思ったけど、意外なくらいそれらはすぐ馴染んだ。もともと知っていたんじゃないかと思うくらいあっさりと受け入れる自分に驚く。ミラが以前、転生した記憶が一気に蘇ったけどすぐ馴染んでびっくりしたって言ってたけど、こんな感じだったのかもしれない。


 途中、ふわり、と目の前が白くなり、影絵を映す壁のようになった。

 入ってきた映像と同じくらいの速さで流される景色は、俺が産まれてから今に至るまで。うん、自分でいうのもなんだけどなかなかヒドイ。それに飛竜の長から送られてきたものよりずっと少なくて笑える。まあそこはまだ20年しか生きてないからいいのか。

 そのせいか、なんだか頭がふわふわしてきた……。情報が混じりすぎてどこまでが自分だかわからなくなりそう。

 あれ、俺、ベル……、なんだっけ?


「こんの大バカ者!!」


 耳元で紫黒の声がしたと思ったら、すごい勢いで引っ張られた。


「魂のベルにそんな術を使うな! 砕け散ったらどうするつもりだ!! 長のくせにそんなこともわからぬか、バカ者が!!」


 気づけば尾でぺちぺちと頬をはたかれてる。地味に痛い。ぺちぺちいうたび目の前に小さな星が散ってる。

 というか、紫黒、198歳の蛇といえ、1000年以上生きてる飛竜相手にバカとか言っちゃって大丈夫か?


「……、問題はそこではない、ベル」


 口に出てたか。ごめん。

 その間も尻尾のぺちぺちは続く。痛いけど音がするたびに頭がはっきりとしてきた。俺は、ベルグリフ=ヴィル=コンフォートビター。コンフォートビター王国第二王子。よし、大丈夫だ。


 どうやら飛竜の長は自らの記憶を直接俺に送り込んだらしい。

 長は少しだけと思ってたみたいだけど、20年生きただけの俺には十分危険な量だった。さらに今は魂だけの存在だから、大量の情報に記憶が上書きされて自我があいまいになりかけたらしい。

 幸い、気づいた紫黒が飛竜の長から引き離してつながりを断ってくれたからよかったが、下手をしたらあいまいな存在になり、体に戻ったところで俺ではなくなっていたそうだ。


「まあそうなったとしても泣き女やドライアドが何とかしたやもしれぬがな」


 たしかに。あのお二方ならどこにいても俺を見つけてくれそうだから、記憶の欠片を集めて今の俺に戻してくれることなど造作もないに違いない。


「そうではないが、まあよい。こんなバカどもの話など聞いてられぬ。帰るぞ、ベル」

「え、できるの?」

「しなかっただけでできるに決まっておる。キー殿の加護があるではないか」


 キーさんの加護でどうやって、と首を傾ける。まあ紫黒が言うんだからできるんだろうな。


 紫黒の暴言に飛竜たちが騒然と、なると思ったがそうではなかった。

 逆に怖いくらいしんとしている。嵐の前の静けさ、みたいな? 正直怖い。


 何度か深呼吸をしてから顔を上げると、ほぼ同時に桶一杯くらいの水が顔に落ちてきた。もろに顔で受けたから鼻に水が、って魂だけだったから大丈夫だった。こういう時はありがたい。

 腕で拭いつつ再度顔を上げたら、だーっと音がしそうな勢いで涙を流す飛竜の長がいた。

 驚いて固まっていると、太い銀色の尻尾に巻きつかれた。紫黒も一緒に締められてあたふたしてる。慌てる紫黒は珍しい、なんてのんきなこと思ってる場合じゃない。

 苦労して尻尾から抜けたら、今度は深緑の飛竜に抱え込まれてしまった。


『わ、わたくしのことを母と呼んでくださって構いませんよ』


 ぐしゅぐしゅと泣いている声に困惑が深まる。飛竜とは言え女性を泣かせっぱなしにはしたくないので回された腕をさすりつつゆっくりと離れると、その場にいたすべての飛竜たちがなぜか揃って号泣しているのが見えた。

 突然の展開に頭がついていかない。

 そんな中、飛竜の長が俺の背後に回り、脇の下に手を突っ込んた。そのまま高い高いするように持ち上げられて目が回る。


『私のことは父と呼べ。ベルは我が一族の子だ』


 そんな中で響いた飛竜の長の変な宣言に、飛竜たちがわっと声をあげた。皆口々にお前はうちの子だと叫んでいる。何故に?

 その間ずっと、高いところが苦手なジョシュが気絶しそうな高さでぶらぶらと揺さぶられる俺。


 ええっと、なにがどうしてこうなった?


「ベル、言いにくいんだがな」


 紫黒は長の足元で俺を見上げつつ、何とも言えない顔でシャッと息を吐いた。


「ヌシを飛竜の長から無理矢理離したときに、ヌシの半生が天井一面に流れてしまった」

「へっ?」

「飛竜は時に虐げられた他種族の子を我が子として護り慈しむ。ヌシの記憶は彼らの庇護欲を大いに刺激したようだ」


 それって、つまり……。


「まあ、安心しろ。猫の耳の意味は分からぬが、足が長い分ミラよりあの服は似合っておったぞ」

「俺の黒歴史を口にしないでええ!」


 なんでピンポイントでそんなとこ見てるかなあ!?


 すっかり脱力した俺はその後しばらく長に掲げられていた。飛竜たちにも労わられて胸が温まるけど、過去の自分を見られたことは恥ずかしい。まあ過ぎたことは仕方ないか、と遠い目をして諦める。


「ところで、俺の力を借りたいことって何だったんですか?」


 今更ながら問いかけると、飛竜の長ははっとした顔になり、そうだったと呟いてから俺を降ろした。そのままゆっくりと頭を下げる。


「私らの言葉が聞けるベルに、人にかどわかされた子を救い出してほしいのだよ」


 思った以上に大変な事だった!






読んでいただいてありがとうございます。


すごく間が空いてしまいましたのにまた読んでもらえて嬉しいです。前回のあとがきに「なるべく早めに続きを上げたいです」とか書いていてこの体たらく。すみません。何度も書き直しをしていてなかなか進みません。ぼちぼちいきますのでまた見に来てもらえたらありがたいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 紫黒さん、マジイケパパですね! 同じことを何回も感想で述べているかもですが、いるだけで安心感が半端ない! この主人公に対して、本当に良いキャラだと思います! そして、その気がまるで無いの…
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