飛竜の長
気持ちよく眠っていたら、突然首根っこを掴まれて毛布から引きずり出された。
驚いたけど初めてじゃないし、今回は相手が上手なのかいつもみたいに首が絞まってないから、そこまで辛くないか。
子どもの時はこの後すぐに躾と称した体罰が行われた。体中に残る傷はその名残。あの頃は恐怖で体を震わせることすら躾の対象だったから、毎日生傷が絶えなかった。おかげで治療術は独学かつ実践で身に着けたられたな。
大人になった今だと、こうやって引きずられるときには急を要する仕事が待ってる場合が多い。気が抜けないのは同じだけど、苦痛がないだけマシ。今回はどんな案件だろ? また兄上が溜め込んだ書類をジョシュア達に押し付けたとかじゃないといいんだが。
とはいえ、慣れるものじゃないから結構しんどい。立場上、急な用件で引きずり出されるのは仕方ないが、できれば遠慮したいところだ。
なんてことがよぎったすぐ後、今のいるのが王宮ではなくゼブラシア山脈の中にある第三騎士団の野営地なのを思い出した。やれやれ、うっかり寝とぼけていたようだ。我ながら暢気だな。
そう思う間も体はぐいぐいと引っ張られていて、自分の意思と無関係にどこかにつけられているのはわかる。逃げ出せればいいんだろうが、まだ体が眠っているのか力が入らないし、思考も散漫で抵抗する気も起きない。
困ったものだと呟いて一息つくと、首元から耳馴染んだ声がした。
「何を暢気に構えておるのだ」
同時に首筋に尖った何かが軽く立てられる。
チクリとした痛みで目が覚めた。
「あれ?」
覚めた、んだよな?
目を開けているはずなのに視界は黒一色。思わず顔を触ってみたが目隠しなどは一切ない。
ということはこれは夢か。夢ならまあ、こんな理不尽もある。深く考えてはいけないんだ、んむんむ。
ということで二度寝しようとしたら、耳たぶをカプリとかじられた。小さな牙が刺さってチクチクする。
「夢ではないぞ。そろそろ起きろ、ベル」
そう言うと、紫黒は尾を左腕の付け根に巻きつかせて体を固定した。
うーん。夢でないならどんな状況なんだろ?
そのとき、唐突に最近よく見る嫌な夢が脳裏に浮かんだ。
つい先日、ナナトで鉄黒という蛇にかけられた術で見た悪夢だ。正直内容は俺の記憶にはないことしかないので、たぶん学生のときに乱読した本の中にあることが適当につなげられているのではないかと思う。『この国の隠された歴史』とか『この国の真の王』だなど、全くどんな妄想だよ。荒唐無稽も甚だしいし、なにより俺自身が未だにウエイル至上主義に囚われている気にさせられてげっそりする。
とはいえ、寝付いていた時に何度か出てきてしんどかったのは事実で、母たちは死んでも俺を許す気はないのだなと感じる。まあ、そこは仕方ないか。直接ではないが手を下したのは事実だ。
「ベル、どうした?」
負の思考に引きずられて身が強張ったのを紫黒に見破られた。今はそんなことを考えてるときじゃないなと、頭を振って追い出す。
「いや、なんでもない。ごめん」
まあ、今は隣に紫黒がいるし、何より目覚めているから夢よりましか。
苦笑しつつ謝ったら、紫黒はフンと鼻を鳴らしたのち、簡単に事情を説明してくれた。
「そっか。飛竜の長がねえ」
問答無用で連れ去られたわけだ。
自分では何もできない事態になっているのは困ったが、とりあえず騎士団やキーさんに何かあったわけではないと知り、ほっと胸を撫でおろす。
「ということは、今は二人とも魂だけの状態で、体は天幕で寝てるんだね」
「んむ。飛竜の長がきちんと戻してくれるとは思うが、今はベルもワシもむき身の貝みたいなものだから、襲われたらひとたまりもないな」
「それは困った。紫黒に何かあったら月白さんに申し訳ない」
「ついてきたのはワシの意志だ。気にすることはない」
そう言われても、申し訳なくて肩が落ちる。危険を顧みずついて来てくれた紫黒には感謝しかない。無事に戻せるといいんだけど……。
腕を絞める蛇の体を指でなぞると、いつもより細かった。そのまま体をたどっていくと尖った鼻先に触れるが、それもなんだかいつもより小さい気がする。
「あれ? 紫黒ちっちゃい?」
「急だったからな。魂を半分ほどしかつけられなんだのだ」
「そか。灰青みたいだねえ。見えなくて残念だ」
不本意、と言いたげな響きに笑みがこぼれる。
慎重な紫黒が慌てて飛びついたほどだから、俺が思うより状況はよくないんだろう。神獣のキーさんの結界から、騎士団長のガイがいるにも関わらず簡単に連れ出されたってのも不安だ。まあ、飛竜の長の仕業だって話だから仕方ないのかな。
そう言うと、紫黒はふむんと息を吐いた。
「まあ、よほど急いで話がしたいのだろうよ。それこそワシが絡みついても弾かぬほどにな」
「俺の記憶が確かなら、サワイ村との次の話し合いまでまだ2年くらいあるはずだから、呼ばれたのは冒険者と魔物のことかなあ? もしくは騎士団がらみか」
「さあな。だが長とやらはガイでもキー殿でもなくベルを望んだのだ。人が原因なのは確かだろうよ」
「困ったな。今の状態だと話聞くくらいしかできないよ」
こんなことになるならキーさんにもっと詳しく話を聞けばよかったと思うけどもう遅い。
頭を抱えようとしたら、引っ張る力が急に強くなって速度が上がった。振り落とされそうになった紫黒を慌てて掴み、懐に押し込む。
その後は上下左右に激しく揺さぶられて、胃の中身が派手に逆流する気分を味わった。魂だけって話なのにこういう感覚はあるのか、とぼやく。
それにしても、どこまで連れていかれるんだろう?
俺の襟首を引っ張る力は衰えていないし、どこに向かっているのかもわからない。正直苦しいからそろそろなんとかしてほしいところだ。
「紫黒、大丈夫?」
「正直あまりよくはない。ヌシにしがみついているのが精いっぱいだな」
「珍しく弱気だね」
「状況判断が的確だと褒めるがいい」
「心強いお言葉で」
「そう言うベルはどうなのだ?」
「俺? とっくに酔ってる。もう死にそう……。吐く」
「……。実体がなくてよかったな」
そうしてどれくらい引っ張られていただろう。
最後に強く下に引かれたと思ったと同時に、とすんと弾力のあるものの上に落ちた。
『久しいな、古き王の子よ』
パチパチと瞬きをし、一度ぎゅっと目をつぶってから開くと、目の前の闇にあるたくさんの光がじっとこっちを見ていた。
うわあ、と引き気味に呻く。
紫黒も同じ気持ちみたいでシャッ! と息を鳴らした。そのまま懐から飛び出そうとするのを尾を掴んで押さえる。
渋々という体で腕に巻きつく紫黒と共に腰を落ち着けていると、頭上に淡い光の玉が湧いた。おかげで闇が薄れ、自分が何に落ちたのかが見える。細かな毛が生えた銀の鱗は極上のベルベットのようで大変手触りが良いけれど、簡単に触れられるものじゃない。
さて、どうしようかな。
飛竜の長が俺を『古き王の子』と呼んだのが気になる。
一瞬誰のことかわからなかったが、どうやら俺のことらしい。
古き王、それは先ほどよぎったバカバカしい夢の中に出てきた祖父が勝手に名乗っていたものだ。たまたま思い出したのかと思ったが、そうじゃないのか。
つまり長が必要なのは冒険者のベルでもコンフォートビター王国第二王子のベルグリフでもない、ウエイルの血ってことになる。なんでかはわからないが、長にとっては大事なことなのかも知れない。
それにしても、ナナトだけじゃなくここでもウエイルに振り回されるとはなあ。
そう思ったら膝をつくのも頭を下げるのも嫌で、はあと大きくため息を吐いた。
「どうかベルと呼んでください、飛竜の長」
初めて飛竜の長に会ったときは冒険者のベルだった。だからそれでいいだろう?
口にせずに視線で告げると、長はふんと鼻を鳴らしたがそれだけだった。呼称に意味はない、そう言いたげだ。いろいろめんどくさそうだな。
『人のくせに生意気だ!』
闇の中の光が派手に瞬いたと思ったら、熱風が来た。直撃するほどの勢いだったが、銀色の光がわずかに強まったと同時にそよ風ほどに散る。近くにある太い銀色が俺の頭の上まで持ち上がったと思ったらビタン! と地を叩いた。勢いが良すぎて座っていた体がぴょんと跳ねる。
『私がわざわざ呼び出した客に害意を送るとは。いい度胸だな、赤の四』
『し、しかし、長……』
『黙れ』
尻の下にある鱗が波打ち、銀色の光が濃くなる。まばゆいほどの光が辺りを照らしたことで現状が把握できた。うん、まあ、なんと言ったらいいのやら。想定内ではあるけど壮観だな。
どこかはわからないが、そこは広い穴の中だった。穴と言っても狭くはないが、自然にできたものではなさそうだ。たぶん飛竜たちが新しい住みかとするために作ったのだろう。
目の前には色とりどりの飛竜がいた。こんなにたくさんの飛竜を見たのは初めてだ。以前、話し合いの隅っこに同席した時に見たのはごく一部だったらしい。光が届かない場所は見えないが、そこにも気配がある。
それだけでも居心地が悪いのに、今、俺が座っているのは長の後ろ脚の上。さらに守られるように背後からのしかかるように包まれている。キラキラと輝く銀色の鱗は美しいだけでなく手触りまで一級品だからとても肌触りがいいけれど、正直重たいのでもう少し距離が欲しいかな。
「銀色は飛竜でも美しいのだな」
懐の中で紫黒が呟いた。キラキラしい銀色で愛する月白さんを思い出したのか、でろんと脂下がった顔をしている。緊張感ないなあと苦笑いしたけど、俺もないからお互い様か。まあ銀色の飛竜が飛びぬけて綺麗なのには同意する。
のんびり紫黒と話している間、飛竜たちは何やら議論していた。
議論というと聞こえはいいが、飛竜式なので勢いよく飛びかかってきてる。恐ろしい光景のはずなのに、なんというか潔くて好感が持てるな。うちの貴族たちもこうだったら兄上もさぞやりやすかろうに。
興味津々で見ていたのに、舌打ちをした長の尾でぐるりとくるまれてしまった。残念。でもまあ、守ってもらえてありがたい。おかげでときどき雫が落ちてきたりパチンと火花が散ったりしてくるくらいですんでる。咆哮と悲鳴が反響して耳が痛むのは、仕方ない。
飛竜たちがなにかするのを長は優雅な翼の閃きでいなしている。
この美しい飛竜は以前ここに来たときに詰め込んだ記録によると1000年以上生きてるらしい。らしいというのはきちんとした記録がないからで、城の書庫にある一番古い歴史書にはコンフォートビター王国が形になる前の記録に銀色の飛竜が出ている。歴史書が1000年ほど前の記録なので、長はそれ以上年を重ねていると推測されるとのことだ。
その銀色の飛竜が率いる群れがゼブラシア山脈に住み着いたのは100年ほど前で、サワイ村の村長が自分が産まれる前から長なんだと教えてくれたのを思い出す。その前にこの地にいた飛竜たちは群れを成しておらず、好戦的でパスコー辺境伯の城砦がある町からも人を攫うことがあったと聞いた。それらを全てこの長がねじ伏せ、群れに取り込んで今に至るというわけだ。
飛竜は実力主義だから、長は純粋に力が強いモノがなる。今この長が人との距離を保ってくれているのはとてもありがたいことなんだと、その身に触れて感じる力で痛感する。
ありがたいなあとしみじみ思いつつ銀色の鱗を撫で回して、ふと気づいたら周りが静かになっていた。見上げると、銀色の飛竜の月のような目がじっと俺を見下ろしている。
『呼び寄せたのに見苦しいところを見せたな』
言葉と同時に視界が広がる。促されて尾に乗りながら辺りを見回すと、半分以上の飛竜がぐったりと穴の中で横たわっていた。残った飛竜はごめんなさいと平伏しつつこちらを見ている。
少し気の毒に思い、治療をと思ったが術がうまく働かなかった。そういえば魂だけなんだっけ?
『早速だが、古き王の子のベルの力を借りたい』
魂だけの割には透けてるとか足がないとかはないんだなと自分の体を見つめていると、長が顔を近づけてきた。
うーん、そう呼ばれると、正直困る。
「大変恐縮ですが、俺のことを『古き王の子』と呼ばれても困ります」
申し訳ないと頭を下げてから事情を説明する。
俺が本当に何も知らないのだと理解した長は不機嫌そうにパタパタと尾を打ち降ろした。加減してくれてるみたいだけど、遠くで平べったくなってる黄色い飛竜が震えてるからやめてほしい。
『主の一族は無能なのか!? せっかくの力を継承せずに朽ち果てさせようとは……』
「……」
『だがまあ、コンフォートビターか。悪くない』
微妙だが褒められたらしい。返す言葉がないのは事実なので黙っていたら、長の隣に深緑色の飛竜がやってきた。一回りほど小さな飛竜を番だと紹介した長は少し得意げだ。
明るい緑色の目を向けた飛竜はゆっくりとかがんで俺の頭に額を当てた。
『ゼブラシアの飛竜の谷にようこそ、親愛なるお方』
「親愛なる? 歓迎してもらえて嬉しいな。ありがとう」
『ふふ。さすがウエイルの末裔ですね。まっすぐな言葉が心に染み入るようです』
深緑の飛竜は嬉しそうに笑ったけど、その名で呼ばれた瞬間血の気が引いた。痛みや恐怖などと共に抑えきれないほどの嫌悪感が溢れてきて体が震える。
情けない。母や祖父母だけでなくこの国にいたすべてのウエイルとはもう交わらないというのに、他者にウエイルと呼ばれただけで未だにこんな風になるなんて。
表情をなくして硬直した俺に、周りの飛竜たちが反応した。ざわりと空気が揺れ、一斉に視線が集まる。深緑の飛竜は飛竜たちに慕われているようで、殺気が全身を襲った。長が背後にいなければ襲い掛かられて骨も残らないに違いない。
そのとき、懐から紫黒が出てきて首にくるりと巻き付き、鼻先を舐めた。
「大丈夫だ、ベル」
流れるような動作で膝の上に降り、とぐろを巻いて鎌首を上げる。
「ヌシはワシやナナトの蛇たちのよき友である『ベルグリフ』だ。それ以上でもそれ以下でもなかろう。めんどくさいならそれ以外は捨て、この旅が終わったらナナトへ連れ帰ってやる」
「……、できるかな……」
「できるかできないかではない。やるかやらないかだ。まあ、ヌシはしないだろうな」
短いやり取りの間、向けられていたたくさんの光は石を飲み込んだみたいに静かだった。ちらちらと瞬く光は星のようで、こんな時なのにきれいだなと思う。そう思った途端に体の力が抜けるんだから現金なものだ。
ごめん、と小さく謝ってから一息つくと、深緑の飛竜が頭を下げた。
『わたくしの言葉で傷つけてしまったようで申し訳ございません』
心から申し訳ないと思ってくれてる口調で心苦しい。
「こちらこそすみません。でも、俺はウエイルとは縁を切った人間なので、どうかベルと呼んでください。お心に沿えず申し訳ない」
こちらもぺこりと頭を下げたら場が和んだ。
『古き、いや、ベルの気持ちはわかった。こちらとしては想定外だが、仕方がない』
飛竜の長は不機嫌そうに尻尾をぱたりと落としたのち、大きな頭を俺の目の前まで降ろして額を頭に乗せた。俺の握りこぶしくらいある大きな月色の目に俺の黒い髪が映る。
『古きウエイルの王は精霊や魔獣を友とし、その力を借りて領地を守っていた。そなたを初めて見た時、ウエイルの血をひくだけでなく先祖返りしたその力に目を奪われたのだがなあ』
苦笑しながら呟く。
その言葉は再び俺の体をカチコンと固めてしまった。
読んでいただいてありがとうございます。
前回からだいぶ間が開いてしまいましたが、また読んでいただけて嬉しいです。
今回は変なところで切ってしまっているのでなるべく早めに続きを上げたいですが、最近忙しくてなかなか時間が取れない上に、何度か書き直すため遅くなっています。
こんな状態ですが、ふらりと読みに来ていただければ幸いです。




