第8話 集められた光の理由(1.失われた午後の鐘篇)
時間をなくした少年
「待てーっ!」
コットが叫ぶ。
思い出泥棒は丘を駆け下りる。
MYUも追いかける。
時計の丘を越え。
光る草原を抜け。
小川を飛び越え。
そして。
突然。
思い出泥棒が消えた。
「え?」
「いなくなった!」
コットが辺りを見回す。
確かにいた。
目の前にいた。
なのに。
どこにもいない。
その時だった。
「上だよ。」
声。
MYUが見上げる。
大きな古時計の上。
思い出泥棒が座っていた。
足をぶらぶらさせながら。
「遅いなあ。」
「ずるい!」
コットが抗議する。
「消えた!」
「消えてないよ。」
「消えた!」
「見失っただけ。」
「それを消えたって言うんだよ!」
思い出泥棒は笑った。
初めてだった。
笑うと、
年齢が分からなくなる。
少年にも見える。
少女にも見える。
風にも見える。
影にも見える。
「面白いね。」
そう言った。
「君たち。」
名前
MYUは聞いた。
「あなたの名前は?」
思い出泥棒は黙った。
考える。
長く。
とても長く。
そして。
「分からない。」
答えた。
コットも黙る。
今度は冗談じゃない。
本当に分からない顔だった。
「忘れたの?」
MYUが聞く。
思い出泥棒は頷く。
「たぶん。」
「いつ?」
「それも忘れた。」
風が吹く。
古時計の針が回る。
カチ。
カチ。
カチ。
思い出泥棒は空を見上げていた。
「最初は一つだけだった。」
小さく言う。
「何が?」
「忘れたの。」
「うん。」
「でも、一つ忘れるとね。」
少年は自分の胸を押さえた。
「次も消える。」
また一つ。
また一つ。
「だから集めた。」
背中の袋を見る。
中には光。
無数の思い出。
「全部なくなったら困るから。」
MYUは息を呑んだ。
この子は盗んでいるんじゃない。
集めているんだ。
必死に。
自分をなくさないために。
影の獣の正体
その時。
影の獣が近づいた。
巨大な足音。
どしん。
どしん。
少年は驚かなかった。
むしろ安心した顔をした。
「来たんだ。」
獣は少年の前で止まる。
そして。
首を下げた。
「知り合い?」
MYUが聞く。
少年は頷く。
「ずっと一緒。」
「名前は?」
「知らない。」
コットが思わず叫ぶ。
「知らないの!?」
「うん。」
「じゃあなんて呼んでるの?」
少年は少し考えた。
そして言った。
「友達。」
コットは黙った。
MYUも黙った。
その答えは。
なんだかとても良かった。
最後の鐘
その時だった。
ちりん。
遠くで鐘が鳴った。
一回。
二回。
三回。
そして。
ぴたりと止まる。
少年の顔色が変わった。
「まずい。」
「なに?」
「最後の鐘だ。」
影の獣も空を見上げる。
谷の方角。
空にあった光が消え始めていた。
今までで一番速く。
一つ。
二つ。
十。
二十。
無数。
「始まった。」
少年が呟く。
「なにが?」
その瞬間。
風が逆向きに吹いた。
空が暗くなる。
時計が止まる。
森がざわめく。
そして。
遠くの柳の木の上で。
巨大な黒い影が立ち上がった。
山みたいな大きさ。
夜みたいな黒さ。
そしてその胸には。
砕けた鐘が埋まっていた。
少年の声が震える。
初めて。
本当に初めて。
「忘却王だ。」
コットがごくりと唾を飲む。
「名前からして強そう。」
「たぶん強い。」
「たぶんじゃないと思う。」
MYUは柳の木を見つめた。
忘却王。
忘れられたものを食べる存在。
鐘が消えれば。
谷も。
少女も。
思い出も。
いつか全部消えてしまう。
そして少年は静かに言った。
「僕は逃げる。」
MYUは驚く。
「え?」
少年は笑った。
少しだけ。
寂しそうに。
「だって怖いから。」
それは正直な答えだった。
でも。
MYUは首を振る。
「私は行く。」
少年が目を見開く。
コットも前に出る。
震えている。
でも前に出る。
「僕も。」
影の獣が一歩踏み出す。
どしん。
どしん。
どしん。
四人は柳の木を見上げる。
そこに、
この物語で初めて本当の敵が立っていた。
(第8話・終わり)




