第7話 時計の丘の泥棒(1.失われた午後の鐘篇)
思い出泥棒
風が冷たかった。
さっきまで暖かかった谷が、
急に冬みたいになる。
光がまた一つ消える。
ぱっ。
空の星が抜け落ちたみたいだった。
「だめ。」
白いワンピースの少女が言った。
「急がないと。」
「誰なの?」
MYUが聞く。
「光を集めてる人。」
少女は震えていた。
「どうして?」
少女は首を振る。
「分からない。」
「ずっと前から?」
「うん。」
また光が消える。
ぱっ。
影の獣が低く唸った。
ぐるるるる……
金色の目が森の奥を見つめている。
そして歩き出した。
今度は迷いなく。
まっすぐ。
「追いかけるんだ。」
コットが言った。
「たぶん。」
「たぶん?」
「九十パーセント。」
「上がった。」
「大冒険だから。」
光の小道
獣の後を追う。
すると地面が光り始めた。
小さな足跡。
金色の足跡。
一つ。
また一つ。
空から落ちた思い出の光が、
道を作っていた。
「きれい。」
MYUが呟く。
コットも頷く。
「なんかさ。」
「うん。」
「悲しいのに綺麗だね。」
MYUは少し驚いた。
コットがそんなことを言うのは珍しい。
本人も少し照れていた。
「今のかっこよかった?」
「ちょっとだけ。」
「やった。」
時計の丘
森が終わった。
目の前に丘がある。
そして。
二人は立ち止まった。
「え。」
「え。」
今度は本当に二人同時だった。
丘の上には、
何百個もの時計が立っていた。
大きな時計。
小さな時計。
懐中時計。
鳩時計。
振り子時計。
全部動いている。
ちくたく。
ちくたく。
ちくたく。
時間の音が風に混じる。
「なにここ。」
MYUは圧倒されていた。
「時計の墓場?」
コットが言った。
「たぶん違う。」
「じゃあ時計の王国。」
「それも違う。」
その時だった。
誰かが笑った。
くすっ。
小さな笑い声。
丘の上。
時計の間。
黒いコートを着た小柄な人物が立っていた。
顔は見えない。
帽子で隠れている。
ただ。
肩に大きな袋を背負っていた。
袋の中が光っている。
消えた思い出たちだった。
「いた。」
MYUが言う。
コットも息を呑む。
影の獣は止まった。
金色の瞳で相手を見ている。
帽子の人物は、
ゆっくり振り返った。
そして。
意外そうに言った。
「おや。」
声は少年にも少女にも聞こえた。
「追いかけてくる子がいたなんて。」
その人物は袋を抱える。
「珍しいな。」
MYUは一歩前に出た。
「返して。」
「なにを?」
「思い出。」
帽子の人物は首を傾げた。
本当に不思議そうに。
「どうして?」
MYUは言葉に詰まる。
するとコットが前に出た。
珍しく勇敢だった。
少し震えていたけれど。
「だって。」
コットは叫ぶ。
「思い出がなくなったら寂しいじゃないか!」
時計の音が止まった。
一瞬だけ。
風も止まる。
帽子の人物はコットを見た。
そして。
本当に悲しそうな声で言った。
「寂しい?」
その言葉だけが、
なぜかとても重かった。
「それって、どんな感じだったっけ。」
MYUとコットは顔を見合わせた。
この相手。
悪者というより。
何かを忘れている。
そんな気がした。
丘の時計が一斉に鳴り始める。
ぼーん。
ぼーん。
ぼーん。
まるで何かの始まりを告げるように。
そして帽子の人物は微笑んだ。
少しだけ。
寂しそうに。
「ごめんね。」
そう言って、
丘の向こうへ駆け出した。
袋いっぱいの思い出を抱えて。
「待てーっ!!」
コットが叫ぶ。
そして盛大に転んだ。
ごろごろごろごろ。
「痛い!」
「今かっこよかったのに!」
MYUは思わず笑った。
でもその向こうで。
思い出泥棒は消えていく。
そして二人はまだ知らない。
彼が本当に盗んでいるのは、
思い出ではなく――
もっと別のものだということを。
(第7話・終わり)




