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第26話 夏の終わりの鐘(3.終わらない夏の国篇)

夏の終わりの鐘


夕焼けが揺れていた。


初めてだった。


止まっていた雲が流れる。


止まっていた風が吹く。


止まっていた世界が。


少しだけ前へ進む。


エルシアは空を見上げていた。


まるで。


長い夢から覚める人みたいに。


ルーク


丘の向こうからルークがやって来た。


その表情は穏やかだった。


今までで一番。


「思い出した。」


彼は言った。


「何を?」


MYUが聞く。


ルークは笑った。


「帰る理由。」


風が吹く。


草が揺れる。


夕焼けが少し赤くなる。


「妹がいたんだ。」


静かな声。


「約束してた。」


「夏休みが終わったら。」


「一緒に星を見に行こうって。」


ルークは目を閉じる。


「忘れてた。」


「ずっと。」


その瞬間。


ルークの輪郭が淡く光り始めた。


エルシアは何も言わない。


ただ見ていた。


優しく。


悲しそうに。


鏡のひび


城全体が震えた。


一本。


また一本。


鏡にひびが入る。


永遠の夏に。


初めて終わりが訪れる。


遠くで子供たちが立ち止まる。


風車の回転が遅くなる。


夕焼けが夜へ近付く。


この国は。


帰る理由を思い出した子供から。


元の世界へ戻っていくのだ。




エルシアの記憶


塔の頂上。


エルシアが立っていた。


MYUが隣へ行く。


二人はしばらく何も話さない。


やがて。


エルシアが言った。


「私も忘れたかった。」


「何を?」


「お別れ。」


風が吹く。


長い沈黙。


「昔ね。」


「友達がいたの。」


MYUは黙って聞く。


「ずっと一緒だと思ってた。」


「でも。」


エルシアは笑う。


泣きそうな顔で。


「みんな大きくなっちゃった。」


「私だけ。」


「取り残された。」


夕焼けが揺れる。


その瞬間。


MYUは理解した。


エルシアは魔女でも王女でもない。


ただ。


大切な時間を失いたくなかった子供だった。


自分と同じように。




鐘楼


城の中央。


高い鐘楼。


誰も気付かなかった。


そこに巨大な鐘があることを。


青銅色の鐘。


夕焼けを映している。


エルシアが見上げる。


「最後の鐘。」


「最後?」


コットが聞く。


エルシアは頷いた。


「これが鳴ったら。」


「夏は終わる。」


静寂。


誰も動かない。


フィンでさえ。


じっとしていた。




コット


鐘楼へ続く階段。


コットが登る。


一段。


また一段。


鐘は近付く。


胸が痛い。


足が重い。


鳴らしたくない。


本当は。


本当は。


ずっとこのままが良い。


MYUと冒険したい。


明日も。


来年も。


ずっと。


ずっと。


ずっと。


階段の途中。


鏡が現れる。


最後の誘惑。


そこには。


未来のない世界が映っていた。


でも。


別れもない。


失うこともない。


コットとMYUだけの永遠。


鏡の中のコットが笑う。


「幸せじゃない?」


コットは立ち止まる。


長い時間。


黙ったまま。


そして。


静かに首を振った。


「違う。」


鏡が揺れる。


「なんで?」


「だって。」


コットは笑った。


少し寂しそうに。


でも。


誇らしそうに。


「MYUには。」


「まだ行く場所がある。」


鏡が砕ける。


光になる。


消えていく。




約束


鐘楼の頂上。


巨大な鐘。


夕焼け。


風。


世界の終わりみたいな景色。


そこへ。


MYUが来る。


二人は並ぶ。


何も言わない。


言葉にすると。


泣いてしまいそうだった。


そして。


コットが言う。


今までで一番静かな声で。


「MYU。」


「なに?」


風が吹く。


ベルベットのリストバンドが揺れる。


コットは微笑む。


あの日。


屋根裏で出会った時と同じ顔で。


「大きくなって。」


MYUは驚いた。


意味が分からなかった。


でも。


なぜか胸が熱くなった。


だから。


小さく頷いた。


「うん。」


その返事だけで。


十分だった。


コットは鐘の綱を握る。


そして。


引いた。


ゴォォォォォン―――


深く。


優しく。


遠くまで届く音。


夏の終わりの鐘。


冒険の終わりの鐘。


そして。


次の物語が始まる鐘。


夕焼けの空に。


鐘の音がいつまでも響いていた。


(第26話・終わり「3.終わらない夏の国篇」完)

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