第25話 動き始めた夕焼け雲(3.終わらない夏の国篇)
鏡の向こうの約束
風が止んでいた。
永遠の夕暮れ。
永遠の風車。
永遠の夏。
なのに。
コットの胸だけが騒がしかった。
忘れ物の部屋
再び鏡の部屋。
壁いっぱいの鏡。
帰る理由。
置いていかれた大切なもの。
コットは歩く。
一枚。
また一枚。
鏡を見ていく。
そこには。
家族。
友達。
誕生日。
初めて描いた絵。
宝物。
全部。
「ここへ置いていったんだ。」
ルークが言った。
いつの間にか後ろにいた。
「みんな楽になりたかった。」
「帰るのが辛かったから?」
「うん。」
ルークは笑った。
少しだけ。
寂しそうに。
「でもね。」
「置いていった瞬間は楽になる。」
「その後は?」
長い沈黙。
「思い出せなくなる。」
コットは振り返る。
ルークは続けた。
「何を好きだったのか。」
「誰といたかったのか。」
「何を約束したのか。」
「全部。」
赤いリストバンド
部屋の奥。
一番大きな鏡。
そこに。
赤いベルベットのリストバンドが映っていた。
MYUとおそろい。
第一巻の冒険の始まりの日。
屋根裏で結んだ約束。
「どこへ行っても友達。」
「どんな冒険でも一緒。」
幼い字で書いた秘密の誓い。
コットは鏡に触れる。
すると。
映像が広がった。
あの日
屋根裏。
夕陽。
埃の匂い。
まだ小さなMYU。
まだ少し新しいコット。
二人が笑っている。
「宝探しする?」
「する!」
「世界の果てまで?」
「行く!」
「怖くても?」
「行く!」
二人は笑った。
本当に幸せそうに。
コットは見ていられなかった。
エルシア
「綺麗でしょう。」
振り返る。
エルシアが立っていた。
怒っていない。
悲しんでもいない。
ただ静かだった。
「私はね。」
彼女は鏡を見上げる。
「失いたくなかったの。」
「だから全部残した。」
「全部守った。」
鏡の中。
たくさんの子供たち。
たくさんの笑顔。
たくさんの夏休み。
確かに守られている。
永遠に。
「でも。」
コットが言う。
「みんな動いてない。」
エルシアは答えなかった。
MYU
その頃。
MYUは塔の最上階にいた。
鏡の湖が見える。
夕焼けが見える。
終わらない世界。
そこに。
鏡のMYUが現れた。
少し大人。
少し未来。
少し寂しい。
「ここにいればいい。」
また言う。
「コットもいる。」
「誰もいなくならない。」
「何も終わらない。」
MYUは黙っていた。
それは誘惑だった。
とても優しい誘惑。
本当に欲しいものだった。
フィン
その時。
フィンが現れた。
階段を駆け上がり。
MYUの膝に頭を押し付ける。
わふ。
小さく鳴く。
そして。
窓の外を見る。
遠く。
遠く。
鏡の向こう。
ほんの一瞬。
MYUは見た。
アシュウッドの森。
親子岩。
屋根裏の窓。
自分の家。
ほんの小さく。
でも確かに。
帰る場所。
コットの答え
忘れ物の部屋。
エルシアが待っていた。
鏡の前。
赤いリストバンド。
「置いていけばいい。」
彼女は優しく言う。
「そうすれば悲しくない。」
「別れもない。」
「MYUもずっと子供のまま。」
沈黙。
コットは鏡を見る。
本当は。
それが欲しかった。
誰よりも。
自分が。
でも。
その時。
屋根裏の記憶が蘇る。
あの日のMYU。
笑顔。
冒険。
約束。
そして。
ふと思う。
もし。
MYUがずっと子供のままだったら。
未来の冒険はなくなる。
まだ見ぬ景色も。
まだ知らない友達も。
まだ出会っていない自分も。
全部なくなる。
コットは初めて理解した。
友達を守ることと。
友達を閉じ込めることは。
違う。
大きく違う。
コットは鏡から手を離した。
そして。
静かに言った。
「帰る。」
エルシアが目を閉じる。
まるで。
その答えを知っていたみたいに。
「そう。」
風が吹いた。
初めて。
夕焼けの雲が動いた。
止まっていた世界が。
ほんの少しだけ。
動き始めた。
(第25話・終わり)




