第24話 忘れ物の部屋と小さな鏡(3.終わらない夏の国篇)
帰る理由
翌日。
いや。
翌日と呼んでいいのか分からなかった。
この国には朝が来ない。
夜も来ない。
永遠の夕暮れだけが続いている。
コットは丘の上に座っていた。
フィンが隣で寝転がる。
遠くでは風車が回っている。
ずっと。
同じ速度で。
同じ音で。
同じ夕焼けの中で。
「フィン。」
フィンが顔を上げる。
「ここ、楽しいよな。」
尻尾が揺れる。
「でも。」
コットは言葉を探した。
楽しい。
間違いなく楽しい。
なのに。
胸の奥が少しだけ重い。
理由は分からない。
エルシアの城
その日。
エルシアは二人を城へ招待した。
丘の向こう。
夕焼け色の城。
塔が何本も伸びている。
まるで雲の中に浮いているみたいだった。
「素敵でしょう?」
エルシアは誇らしそうだった。
MYUは頷く。
本当に綺麗だった。
夢の国そのものだった。
けれど。
城の窓を見た時。
MYUは凍りついた。
窓の中に。
子供たちがいた。
何十人も。
笑っている。
遊んでいる。
でも。
誰も外を見ていない。
誰も帰ろうとしない。
まるで。
ガラスの中の人形みたいだった。
忘れたもの
城の奥には大きな部屋があった。
壁一面の鏡。
数えきれないほどの鏡。
エルシアが言う。
「ここは忘れ物の部屋。」
「忘れ物?」
MYUが聞く。
エルシアは頷く。
「帰る理由。」
静寂。
鏡の中に映る。
ランドセル。
野球のグローブ。
絵本。
家族写真。
誕生日のカード。
古びた帽子。
どれも。
誰かが大切にしていたもの。
「みんな置いていくの。」
エルシアは微笑む。
「そうすると楽になる。」
「寂しくなくなる。」
「帰りたくなくなる。」
コットが息を呑む。
その時。
彼は一つの鏡を見つけた。
そこに映っていたのは。
赤いベルベットのリストバンド。
MYUとおそろいの。
あの日からずっと付けているもの。
ルークの秘密
城を出たあと。
ルークが待っていた。
珍しく真剣な顔だった。
「時間がない。」
「え?」
「エルシアが本気になる前に聞いて。」
風が止まる。
ルークは続ける。
「彼女は悪くない。」
「知ってる。」
MYUは答えた。
本当にそう思っていた。
エルシアは優しい。
ずっと。
優しい。
「でも。」
ルークは空を見る。
「優しい人が作った檻は、一番出にくい。」
MYUは何も言えなかった。
エルシアの願い
その夜。
エルシアは城の塔にいた。
一人で。
夕焼けを見ていた。
MYUが近づく。
「ねえ。」
「なに?」
「どうしてこの国を作ったの?」
長い沈黙。
初めてだった。
エルシアがすぐに答えなかったのは。
そして。
彼女は小さく言った。
「終わるのが嫌だったの。」
風が吹く。
静かだった。
「何が?」
「全部。」
エルシアは笑った。
泣きそうな笑顔だった。
「夏休みも。」
「友達も。」
「家族も。」
「楽しい時間も。」
「全部。」
MYUの胸が痛くなる。
それは。
誰もが一度は思うことだった。
コットの決意
その頃。
コットは一人で忘れ物の部屋へ戻っていた。
鏡の前。
赤いベルベットのリストバンド。
映っている。
MYUとの約束。
冒険の証。
絆の証。
その時。
鏡の奥から声がした。
「置いていけばいい。」
たくさんのコットたち。
たくさんの夢。
たくさんの永遠。
「そうすれば。」
「ずっと一緒。」
「ずっと遊べる。」
コットは黙っていた。
本当は。
誰よりも。
それを望んでいた。
MYUとずっと冒険したかった。
大人になんてなってほしくなかった。
別れなんて来てほしくなかった。
だから。
コットは初めて。
自分自身と戦うことになる。
鏡の中のコットが微笑む。
「ねえ。」
「本当に帰したいの?」
コットは答えなかった。
答えられなかった。
なぜなら。
その問いは。
彼がずっと避けてきたものだったから。
(第24話・終わり)




