第16話 傷つかない世界の誘惑(2.月を忘れた塔篇)
クロックメーカーの招待状
列車の扉が開いていた。
誰も降りてこない。
誰も乗ってこない。
ただ蒸気だけが流れる。
しゅううう……
午後駅のホームに白い霧が広がる。
クロックメーカーは最後尾車両に立ったままだった。
銀色の仮面。
銀色のコート。
静かな立ち姿。
恐ろしいはずなのに。
なぜか安心感がある。
MYUはそれが怖かった。
優しい声
「君がMYUだね。」
彼はそう言った。
まるで昔から知っているみたいに。
MYUは頷かなかった。
クロックメーカーは気にしない。
「コットもいる。」
コットが飛び上がる。
「なんで知ってるの!?」
「君たちは有名だから。」
コットはさらに怖くなった。
「有名って嫌な予感しかしない。」
フィンが一歩前に出る。
「鐘を返せ。」
クロックメーカーは静かに首を傾げる。
「なぜ?」
「谷の鐘だ。」
「今は塔の鐘だ。」
淡々としている。
怒りもない。
悪意もない。
だから余計に厄介だった。
招待
クロックメーカーは懐から何かを取り出した。
銀色の封筒。
古風な蝋印。
時計の紋章。
「招待状です。」
「いらない。」
コット即答。
「即答だね。」
MYUが言う。
「絶対危ない。」
クロックメーカーは少し考えた。
「危険ではない。」
「怪しい人ほどそう言う。」
駅長が小さく吹き出した。
クロックメーカーは少し困った顔になる。
初めて人間らしかった。
塔の理念
彼はMYUを見る。
「君は想像力が豊かだ。」
「そうかな。」
「豊かだ。」
「だから苦しむ。」
風が止まる。
午後駅が静かになる。
「空想する子供は傷つく。」
「期待する。」
「失望する。」
「失う。」
クロックメーカーは続ける。
「ならば最初から無駄を減らせばいい。」
「寄り道しない。」
「夢見ない。」
「期待しない。」
「傷つかない。」
MYUは黙る。
なぜなら。
少しだけ分かるから。
この理屈は危険なほど魅力的だ。
コットの反論
その時。
コットが前へ出た。
珍しく。
堂々と。
「それ変。」
クロックメーカーが見る。
コットは続ける。
「傷つくの嫌だからって。」
「楽しいことも無くなるじゃん。」
「でも傷つかない。」
「でも笑わない。」
クロックメーカーが黙る。
コットは勢いづく。
「僕さ。」
「MYUと冒険して。」
「転んだし。」
「迷子になったし。」
「蜂にも追いかけられた。」
「池にも落ちた。」
「でも楽しかった。」
MYUが笑う。
フィンも笑う。
駅長も笑う。
影の獣まで鼻を鳴らした。
クロックメーカーだけが笑わない。
いや。
笑えなかった。
招待状の正体
「それでも。」
彼は静かに言う。
「私は君たちを歓迎する。」
封筒をホームに置く。
そして列車へ戻る。
「塔へ来なさい。」
「答えを見せよう。」
「本当に必要な時間だけで作られた世界を。」
汽笛が鳴る。
ポォォォォォ……
列車が動き出す。
銀色の車輪。
白い蒸気。
そして。
クロックメーカーは最後に言った。
「君のお父さんとお母さんも。」
「昔は私の考えに近かった。」
MYUの心臓が止まりそうになる。
「え?」
クロックメーカーは答えない。
列車は霧の中へ消える。
ポォォォォォ……
静寂。
誰も喋らない。
コットでさえ。
開封
やがて。
MYUは銀色の封筒を開く。
中には一枚の地図。
銀色の塔内部の地図だった。
だが。
完成していない。
途中が破れている。
空白がある。
そして中央に。
赤い文字。
『失われた遊びの間』
『夢の保管庫』
『昨日へ続く階段』
『終わらない宿題室』
コットが青ざめる。
「終わらない宿題室!?」
「それ最悪じゃん!」
MYUもそう思った。
フィンも頷いた。
駅長まで頷いた。
「塔で一番危険な部屋だね。」
「そんな部屋あるの!?」
空気が少し和む。
でも。
MYUは地図の端を見つめていた。
小さく書かれていた文字。
誰かの手書き。
震える字。
『助けて』
その下に。
『時間を返して』
MYUは地図を握る。
その瞬間。
冒険は変わった。
鐘を取り戻す旅ではなくなった。
誰かを助ける旅になった。
(第16話・終わり)




