第15話 失われた午後のゆくえ(2.月を忘れた塔篇)
午後駅
翌日。
空は夏なのに曇っていた。
ジョージ夫妻の店の裏庭。
古い井戸。
誰も使わない物置。
そして。
蔦に埋もれた鉄の門。
MYUは初めて見た。
「こんなのあった?」
ジョージさんは頷く。
「ある人には見えない。」
「ある人には見える。」
コットが言う。
「ウィローウッドってそういうの多い。」
それは本当だった。
フィンが門を押す。
ぎぃぃぃ……
長い眠りから起きるような音。
門の向こうに道が現れる。
昨日までは無かった道。
森の奥へ続く細い線路。
「これ。」
MYUが呟く。
「列車の道?」
「午後駅への道。」
エレノアさんが答える。
「失われた時間は列車になるの。」
コットが真顔になる。
「全然意味分かんない。」
「私も。」
「安心した。」
線路の先
歩く。
森は静かだった。
静かすぎた。
鳥もいない。
虫もいない。
風さえ少ない。
時間が薄い場所。
そんな感じだった。
やがて。
木々が開く。
その先にあった。
小さな駅。
誰もいない。
ホームは一つ。
時計は止まっている。
ベンチは古びている。
花壇には白い花。
看板だけが綺麗だった。
『午後駅』
MYUは息を呑む。
まるで絵本の中。
まるで夢の中。
まるで。
誰かが忘れた場所。
ホームの子供たち
だが。
誰もいないと思った駅には。
人がいた。
子供たちだった。
十人ほど。
みんな静か。
みんな座っている。
ぼんやり。
遠くを見ている。
MYUは近づく。
「こんにちは。」
返事はない。
男の子がいる。
女の子がいる。
年齢も様々。
でも共通点があった。
みんな。
何かを忘れている顔をしていた。
コットが小声で言う。
「なんか怖い。」
フィンも頷く。
その時。
一人の少女がこちらを見る。
銀色の髪。
白いワンピース。
不思議な瞳。
彼女だけははっきりしていた。
「新しい子?」
MYUは首を振る。
「違う。」
少女は少し笑った。
「まだね。」
その言葉に。
妙な寒気がした。
待合室
駅舎の中。
古い木造建築。
小さなランプ。
切符売り場。
そして。
壁一面の時計。
数百個。
いや。
数千個。
全部違う時刻を指している。
カチ。
カチ。
カチ。
音だけが響く。
MYUは圧倒される。
「これ全部。」
「誰かの午後。」
声がした。
振り返る。
駅長だった。
小柄な老人。
燕尾服。
銀色の帽子。
片目だけ時計になっている。
だが。
時刻回収人とは違う。
温かさがあった。
「私は駅長。」
「午後駅へようこそ。」
コットが聞く。
「ここ何なの?」
駅長は少し考えた。
そして答える。
「誰にも使われなかった時間が来る場所。」
「使われなかった?」
「遊ぼうと思った午後。」
「話そうと思った午後。」
「冒険しようと思った午後。」
「でも出来なかった午後。」
駅長は時計を見る。
「それらは全部ここへ来る。」
MYUは壁を見る。
数え切れない時計。
全部。
誰かの失われた時間。
13時07分列車
その時だった。
遠くで汽笛が鳴る。
ポォォォォォ……
全員が振り返る。
ホームの向こう。
霧の中。
何かが近づいてくる。
巨大な影。
車輪の音。
蒸気。
そして。
銀色の列車。
美しかった。
でも。
どこか悲しかった。
車体には無数の文字。
子供たちの落書き。
約束。
夢。
秘密。
全部刻まれている。
列車がホームへ滑り込む。
静かに。
ゆっくり。
駅長が帽子を取る。
「13時07分列車です。」
MYUは凍りつく。
切符と同じ時間。
13時07分。
失われた午後を運ぶ列車。
その扉が開く。
すると。
列車の奥。
最後尾車両。
そこに誰かが立っていた。
銀色の仮面。
長いコート。
静かな姿。
クロックメーカー。
初めて見る本当の姿。
彼はMYUを見る。
そして。
優しく微笑んだ。
まるで。
悪役ではなく。
教師のように。
「ようこそ。」
その声は穏やかだった。
「時間を大切にする子たち。」
MYUの背筋に冷たいものが走る。
なぜなら。
その人は。
本気で善人だと思っていたから。
(第15話・終わり)




