第13話 顔のない時計頭(2.月を忘れた塔篇)
時刻回収人
カチ。
カチ。
カチ。
音は森の奥から近づいてくる。
誰も動かなかった。
いや。
動けなかった。
それは獣の足音ではない。
人間の足音でもない。
時計そのものが歩いているような音だった。
影の獣の毛並みが逆立つ。
フィンは弓を構える。
コットは完全にMYUの後ろへ隠れている。
「見えなくなったら僕のこと探してね。」
「今もう見えてない。」
「それは困る。」
銀色の人影
木々の間から現れた。
背が高い。
異様に高い。
大人よりも。
ジョージさんよりも。
森の木よりは小さいけれど。
人間としては不自然だった。
銀色のコート。
銀色の手袋。
銀色の帽子。
そして。
顔がなかった。
正確には。
顔の場所に時計盤がある。
針が動いている。
カチ。
カチ。
カチ。
「うわぁ。」
コットが震える。
「絶対友達になりたくないタイプ。」
時計頭の男は立ち止まった。
そして。
静かに言った。
「回収対象を確認。」
声は冷たい。
感情がない。
「鐘一個。」
「思い出保管量、中規模。」
「回収完了。」
背中には大きな袋。
その中から。
かすかに鐘の音がした。
ちりん。
ちりん。
「返せ。」
フィンが言う。
男は首を傾げる。
機械みたいな動きだった。
「返却理由を要求。」
「それはこの谷のものだ。」
「非効率。」
即答だった。
「忘れられた物品を保存する行為は生産性に寄与しない。」
コットが顔をしかめる。
「嫌い。」
「僕この人嫌い。」
MYUもそう思った。
理由は分からない。
でも。
なんだか胸が苦しい。
無駄な時間
時計頭の男はMYUを見る。
秒針が動く。
カチ。
カチ。
「子供。」
嫌な予感がした。
「君は一日平均三時間二十三分を無駄にしている。」
「え?」
「空想。」
カチ。
「寄り道。」
カチ。
「雲を見る。」
カチ。
「石を並べる。」
カチ。
「意味のない会話。」
コットが傷ついた顔をした。
「意味あるもん。」
男は無視する。
「回収可能。」
MYUは眉をひそめた。
「それ、無駄じゃない。」
男の時計盤が回転する。
カチ。
カチ。
「証明不能。」
「でも楽しい。」
沈黙。
男は止まった。
初めて。
答えに困ったみたいに。
「楽しい。」
その単語を分析している。
そんな風だった。
追跡開始
突然。
袋の中から鐘が鳴った。
ちりん!
強く。
大きく。
まるで助けを呼ぶみたいに。
男が振り返る。
その瞬間。
影の獣が動いた。
どしん!!
森が揺れる。
巨大な体当たり。
時計頭の男が吹き飛ぶ。
木に激突する。
バキバキバキ!!
コットが飛び跳ねる。
「でかした!」
「今だ!」
フィンが叫ぶ。
MYUは走った。
袋へ。
鐘へ。
あと少し。
あと少しで。
届く。
だが。
男の時計盤が回転する。
高速で。
カチカチカチカチカチ!!
世界が歪んだ。
突然。
MYUの体が重くなる。
走れない。
時間そのものが遅くなったみたいに。
足が前へ出ない。
「なにこれ!」
「時間泥棒だ!」
フィンが叫ぶ。
「近づくな!」
でも。
遅い。
男は立ち上がる。
そして。
初めて感情らしいものを見せた。
怒り。
いや。
困惑。
「理解不能。」
時計盤が回る。
「なぜ抵抗する。」
「無駄を取り除けば。」
「世界はもっと良くなる。」
その時。
MYUの隣で。
コットが前へ出た。
珍しく。
震えていたけれど。
逃げなかった。
「違う。」
小さな声。
でも。
真っ直ぐだった。
「無駄じゃない。」
男の針が止まる。
コットは続ける。
「寄り道したから。」
「鐘の谷を見つけた。」
「暇だったから。」
「MYUと冒険できた。」
「おやつ食べた。」
「友達できた。」
フィンを見る。
影の獣を見る。
MYUを見る。
そして。
「無駄な時間じゃない。」
森が静かになる。
風も止まる。
男は何も言わない。
言えない。
その理屈は。
数字では測れなかった。
その瞬間。
袋の中の鐘が再び鳴った。
ちりん!!
今度は。
銀色の塔の方向から。
巨大な鐘の音が返ってきた。
ゴォォォォォン……
空が震える。
森が揺れる。
フィンの顔色が変わる。
「まずい。」
「どうしたの?」
フィンは塔を見た。
遠く。
雲の向こう。
銀色の塔。
その頂上が開いている。
まるで。
巨大な目が開いたように。
「クロックメーカーが。」
フィンが呟く。
「目を覚ました。」
森に冷たい風が吹いた。
そしてMYUは知らなかった。
本当の冒険は。
まだ始まったばかりだということを。
(第13話・終わり)




