第12話 記憶の穴と届いた手紙(2.月を忘れた塔篇)
消えた午後
翌朝。
MYUは目を覚ました。
窓の外は晴れていた。
完璧な夏の日だった。
「おはよー。」
コットがベッドの下から転がり出てくる。
なぜベッドの下にいるのかは本人にも分からない。
「また落ちたの?」
「違う。」
「違うの?」
「冒険してた。」
「寝ながら?」
「寝ながら。」
MYUは笑った。
その時だった。
何かがおかしい。
机の上。
昨日描いていた地図。
完成している。
でも。
描いた記憶がない。
「変だな。」
MYUは眉をひそめた。
地図には色まで塗られている。
トウモロコシ畑。
親子岩。
ジョージ夫妻の店。
そして。
森の奥。
銀色の塔。
昨日の夜は下書きしかしていなかったはずなのに。
「コット。」
「ん?」
「これ描いた?」
コットは首を振る。
「僕の絵もっと下手。」
それは本当だった。
記憶の穴
店へ行く途中。
MYUは妙なことに気づく。
町の子供たちがみんな同じ話をしていた。
「昨日さ。」
「うん。」
「なんか変じゃなかった?」
「それ!」
「午後が短かった!」
MYUは立ち止まる。
まただ。
昨日も聞いた。
午後が短い。
遊んだ記憶がない。
気がついたら夕方。
誰も理由を説明できない。
コットも黙っていた。
珍しく。
かなり珍しく。
フィンからの手紙
ジョージ夫妻の店に着くと。
ドアに何か刺さっていた。
矢だった。
「物騒!」
コットが飛び上がる。
だが先端には紙が結ばれている。
ジョージさんは紙を広げた。
そして顔をしかめた。
「フィンだ。」
手紙にはこう書かれていた。
時間が盗まれている。
谷へ来て。
急いで。
「珍しく真面目だ。」
エレノアさんが言う。
「いつも真面目じゃないの?」
MYUが聞く。
「だいたい途中で絵を描き始める。」
「それは信用できない。」
「今回は描いてない。」
ジョージさんは手紙を裏返した。
何も描いてなかった。
確かに緊急事態だった。
鐘の谷
森へ入る。
木漏れ日。
鳥の声。
夏の匂い。
でも。
どこか足りない。
何かが。
影の獣も現れた。
どしん。
どしん。
大きな体。
相変わらず優しい目。
でも今日は落ち着かない。
耳がぴくぴく動いている。
「何か聞こえる?」
MYUが聞く。
影の獣は頷く。
そして空を見た。
鐘の谷へ着く。
フィンはもう待っていた。
その顔を見た瞬間。
MYUは分かった。
本当にまずい。
フィンが笑っていない。
「来たか。」
「何が起きてるの?」
フィンは答えなかった。
代わりに谷の向こうを指差した。
MYUは見る。
そして息を呑んだ。
谷の中央。
鐘の木がある場所。
一本だけ。
鐘が消えていた。
完全に。
そこだけ空白になっている。
鐘を吊るしていた枝だけが残る。
「落ちたの?」
フィンは首を振る。
「違う。」
「盗まれた。」
風が吹く。
ちりん。
鐘が鳴る。
でも。
その音はどこか寂しかった。
一本足りないから。
時間泥棒
フィンは地面を指差した。
そこには。
銀色の砂が落ちていた。
キラキラしている。
まるで砕けた時計みたいに。
コットが顔をしかめた。
「嫌な匂い。」
「匂い?」
MYUが聞く。
「急げ急げ急げって匂い。」
フィンが頷く。
「塔の連中だ。」
「連中?」
「時計職人。」
空気が少し冷える。
「時間を集める奴ら。」
「何のために?」
フィンは遠くの塔を見る。
銀色の塔。
昼なのに月みたいに光っている。
「奴は信じてる。」
「何を?」
「遊ぶ時間は無駄だって。」
MYUは思わず顔をしかめた。
「そんなの変。」
「だろ?」
フィンは言う。
「でも大人の中には賛成する奴もいる。」
コットが小声で言った。
「怖い話になってきた。」
MYUもそう思った。
忘却王より。
ずっと。
現実に近い怖さだった。
盗まれた鐘の行方
影の獣が突然立ち上がる。
耳が立つ。
鼻が空を向く。
そして。
低く唸った。
ぐるるるる。
全員が振り返る。
森の向こう。
銀色の光が走った。
一瞬だけ。
まるで誰かが鏡を振ったように。
そして。
風に乗って。
遠くから声が聞こえた。
カチ。
カチ。
カチ。
時計の音。
森の中なのに。
巨大な時計が歩いているみたいな音。
フィンが弓を握る。
影の獣が身構える。
コットはMYUの後ろへ隠れる。
「それ絶対良くないやつ。」
「私もそう思う。」
音は近づいてくる。
カチ。
カチ。
カチ。
銀色の塔から、
何かがやって来る。
そしてその手には、
消えた鐘があるのかもしれなかった。
(第12話・終わり)




