↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/28

第10話 空へかえる光と音色(1.失われた午後の鐘篇)

鳴り続ける鐘


忘却王は動かなかった。


巨大な黒い体。


山のような影。


でも今は、


少し小さく見えた。


「忘れられたかった。」


その声は風に溶ける。


「苦しかったから。」


柳の木の鐘が揺れる。


ちりん。


ちりん。


優しい音だった。


MYUはゆっくり前へ出る。


怖かった。


本当は逃げたい。


でも。


コットが隣にいた。


フィンもいた。


影の獣もいた。


だから歩けた。


一歩。


また一歩。


忘却王は見下ろしている。


巨大な瞳。


その奥に、


長い長い孤独が見えた気がした。


思い出の欠片


MYUはポケットに手を入れた。


出てきたのは、


柳の木の下で拾った小さな鐘。


あの最初の鐘。


「これ。」


忘却王へ差し出す。


「私のじゃないけど。」


忘却王は黙る。


「でも。」


MYUは笑った。


少しだけ。


「思い出って、一人で持つものじゃないと思う。」


風が吹く。


鐘が鳴る。


ちりん。


その音と同時に。


小さな光が鐘から現れた。


ふわり。


忘却王の胸へ飛んでいく。


そして。


砕けた鐘の亀裂へ吸い込まれた。


思い出された歌


忘却王が固まる。


動かない。


瞬きもしない。


ただ。


何かを見ていた。


遠い昔を。


「……歌。」


忘却王が呟いた。


「え?」


フィンが顔を上げる。


「思い出した。」


忘却王の声が震える。


「母が歌っていた。」


また光が戻る。


また一つ。


また一つ。


谷から消えていた光が、


空へ帰っていく。


星みたいに。


川みたいに。


空いっぱいに。


忘却王の影が少しずつ薄くなる。


「全部忘れたいと思っていた。」


声が柔らかくなる。


「でも。」


鐘が鳴る。


「忘れたくなかったものもあった。」


夜明け


柳の木が輝いた。


無数の鐘。


無数の光。


谷全体が金色になる。


そして。


忘却王は崩れ始めた。


黒い影ではない。


光になって。


静かに。


優しく。


空へ昇っていく。


最後に。


小さな声だけが残った。


「ありがとう。」


その言葉は。


MYUだけでなく。


フィンにも。


影の獣にも。


コットにも届いた。


そして忘却王は消えた。


今度は悲しい消失じゃなかった。


帰るべき場所へ帰ったような消失だった。


フィンの選択


夜が明け始めていた。


フィンは谷を見渡した。


「どうするの?」


MYUが聞く。


フィンは笑う。


「たぶん残る。」


「ここに?」


「うん。」


谷を守る。


忘れられたものたちを。


鐘を。


思い出を。


影の獣が隣に座る。


どしん。


大きな音。


フィンはその首を撫でた。


「友達もいるし。」


影の獣は嬉しそうに目を細めた。


本当の宝物


ジョージ夫妻の店へ戻るころには、


空は朝になっていた。


「おかえり。」


ジョージさんが言う。


まるで全部知っていたみたいに。


「宝は見つかったかい?」


MYUは考えた。


コットも考えた。


二人は顔を見合わせる。


そして同時に言った。


「見つかった。」


ジョージさんは笑った。


「何を?」


MYUは手首を見る。


赤いベルベットのリストバンド。


隣にはコットのリストバンド。


おそろい。


少し汚れていた。


少し傷もついていた。


でも。


前より大切だった。


「秘密。」


MYUは言った。


ジョージさんは頷いた。


それ以上聞かなかった。


エピローグ


その夜。


MYUは窓辺に座っていた。


ウィローウッドの森が見える。


風が木々を揺らしている。


いつもと同じ景色。


でも少し違う。


世界には。


まだ知らない場所がある。


まだ会っていない友達がいる。


まだ見つかっていない冒険がある。


コットが窓枠へ飛び乗った。


「ねえ。」


「なに?」


「また行こうね。」


MYUは笑う。


「うん。」


「次はもっと大冒険。」


「うん。」


「あとおやつも多め。」


「それが目的でしょ。」


「半分くらい。」


森の奥で。


ちりん。


どこかの鐘が鳴った。


MYUはその音を聞きながら思った。


これは終わりじゃない。


きっと最初の冒険だ。


そして窓の外、


ウィローウッドの森のさらに奥で。


誰も知らない場所に、


銀色の塔が朝日に光っていた。


地図には載っていない塔。


まだ誰も知らない次の物語。


(第10話・終わり 「1.失われた午後の鐘篇」 完 )

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。