4.デートをすることにした
「今日は、少し散歩しませんか?」
「えっ、ええ?! はいっ、もちろん! ぜひ!」
春も過ぎて初夏の頃、初めて、エドゥアールの方から散歩に誘われた。リーゼは思わず飛び跳ねた……心の中で。
「庭園のバラが、とても綺麗に咲いたのだと聞きました。姫さまに見ていただければ、きっと花も喜ぶでしょう」
「ふえっ、ははははい!」
それはずいぶんとエドゥアールらしくない、歯の浮くような台詞だった。こんな甘い言葉をかけられるなんて想定していなかった。リーゼは思わず上擦った声を上げたが、かろうじて頷いた。
離宮から少し歩いた先にある庭園は、季節ごとに色とりどりの花の咲く場所だ。元々の離宮の主だった曽祖母の代に作られたという。
「わぁ……!」
まだ朝露の残る花々が、たっぷりとした花弁を重たそうに持ち上げ、いくつも咲き誇っている。庭園中にひろがる華やかな光景に、リーゼは感嘆のため息をついた。
「お気に召したようでよかったです」
相変わらずすました顔の王子が言う。それから、歩きましょうか、と腕を差し出された。
「あ」
慌ててその腕を取ってから、リーゼは気がついた。
——手を繋げばよかった!
とはいえ、庭園の中の花の共演を見ているうちに、すっかり作戦のことなんて忘れて魅入ってしまった。右を向いても左を向いても違う花が咲いている。
「すごい……」
「綺麗でしょう? いつでも花を見られるように、咲く時期を少しずつずらした苗を植えているそうです」
エドゥアールがスラスラと解説してくれた。
「だから、たくさんの花が一番綺麗に見える時期は、本当に短いんだとか」
「へえ……」
感心しながら、姫は不意に思い出した。
——この説明、聞いたことがある
前にも、エドゥアールとここへきた……その時も、一番綺麗な時期は短いのだと言っていた。
「……」
あの時、リーゼは腕を取るのを恥ずかしがって、エドゥアールの斜め後ろを歩いていた。けれど庭園を見ているうちにそんなことはすっかり忘れて、あちこちキョロキョロしながらいつのまにかエドゥアールより前を歩いていた。夢中になっていたその時、背後でエドゥアールがほんの少しだけ笑った気配がしたのだ。リーゼはそれがなんだかすごく恥ずかしくて、いたたまれなくて、そのあとは庭園を見るのもそぞろになった。そうして、見終わったら早々にお暇してしまったのだった。
あの時も、今日と同じように庭園は花に溢れて美しかった。
「……一番綺麗に見える日を、殿下は調べてくださっていたのですね……」
「……ええ、まあ」
リーゼの独り言のような呟きが聞こえたのだろう。王子は小さくそっぽを向いた。横を見上げると、短く切った髪の下、耳の縁が、薔薇の花びらのように赤々と色づいていた。
——照れている、エドゥアール殿下が。これは、照れている!
リーゼは思わず組んだ腕をぎゅっと握った。エドゥアールが身じろぎしたが、心臓がバクバクと音を立てているような気がして、リーゼは手を離せなかった。
庭園の中には、小ぶりだがしっかりした作りの東屋がある。その下で、簡単な茶器を並べて休憩することになった。
入れたての紅茶を口にすると、まだ少し肌寒い初夏に、紅茶の暖かさが染み渡る。ほう、と息を吐いてからリーゼは隣を見た。エドゥアールは黙ってカップに口をつけている。その目元が少しだけ伏せられ、小さく息を吐く音が聞こえた。
「殿下は、早摘みのお茶がお好みでしたよね」
姫がにこにこと言うと、エドゥアールは少し目を見張る。
「ええ……スッキリしてて、好きなんです」
「そうなんですね」
ふむふむ、とリーゼは心の中で記録した。好きなものは観察でわかってきたが、好きな理由まではわからなかった。やはり本人と話をするのも大事なようだ。
「姫さまは、お茶の好みはありますか」
「あ……、実は私、お茶はあんまり得意ではないのです」
リーゼは困ったように笑ったあと、肩を落とした。茶器、茶葉の話題は社交においての最重要と言っても良い。それなのにどうしても味が苦手で、なかなか覚えられない。社交の勉強はいまだに落第しがちだ。
「いつもは果物で香り付けをしてもらうんですが、苦味がどうしてもダメで。お砂糖がたくさんの甘いお茶ばかり飲んでしまいます」
「そうだったんですね」
紅茶を手に取る姫に、王子はそっけなく言った。
「無理に飲まなくても良いですよ」
リーゼは瞬きした。冷たく突き放すような言い方だったが、エドゥアールがリーゼを思い遣ってくれたのはすぐにわかった。
リーゼは、カップを膝の上まで下ろした。
「……ありがとうございます」
やっぱりこの人は、優しい人だ……昔も、今も。
それから、リーゼは首を振って笑顔を浮かべた。
「でも、この早摘み茶はあんまり苦くなくて、飲みやすいんです。こういう味もあるんですね。私も今日からこの茶葉が好きになりました!」
「……ふふ」
王子が笑った。すました顔でもなく、愛想笑いでもなく、本当に可笑しそうな、自然な笑顔だった。
こんな顔もできるんだ、と姫は思わず見つめてしまった。リーゼに見られていると気がついたエドゥアールは、すぐにいつものそっけない顔に戻ってしまった。それがとても残念だった。




