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逆行姫は婚約者の処刑を回避したい〜私を大好きになれば防げるのでは?!〜   作者: 隙間ちほ


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2/7

2.大好きになってもらうことにした


 リーゼは、自分の悲鳴で目が覚めた。ベッドの上に寝かされている。

「……こ、ここは……」

 処刑を目の当たりにして気が遠くなったのは覚えている。誰か親切な人が宿に運んでくれたのだろうか。

 けれどここは、まるで自室のようだ。

「……?」

 もしかして、今のは夢だったのだろうか、とリーゼは思い直す。ここはまだ出発の前で、きっと不安のあまり酷い悪夢を見てしまったのだ。……人混みの生々しい質感も、エドゥアールの鮮明な顔も、とてもそうとは思えなかったが。

 なんにせよ、夢ならば早く出発しなければ。悪夢が現実になる前に。

「あ、あれ?」

 何かおかしい、とリーゼは思った。天蓋のレースをかき分けた先はやはり自分の部屋だった……だが、見慣れた部屋とは少し違う。何がとは言えないが、違和感があった。

「あれ……?」

 自分自身にも、なんだか違和感があった。視線が低い。それに寝巻きも、なんだか見覚えはあるけどいつもと違う。なにより、真夏の最中だというのに肌寒さを感じた。

 鏡を見ようと思った。成人の祝いで両親から贈られた化粧台がある。それなのに、あるべき場所には何もない。

「どうして?!」

 リーゼは、混乱した。

 部屋を飛び出す。廊下を走って居間へ急ぐ。使用人が、驚いた声を上げるのにも構わず。

「まぁ! 姫さまいけませんよ! 寝巻きのままで!」

「ごめんなさい! あとで!」

 居間には両親がいた。朝食を終えたところなのだろう。父は新聞を、母は紅茶を持っていた。二人とも、とても夏場とは思えないような厚着だ。

「おおおお父様、お母様!」

 リーゼは居間に飛び込むようにして、両親に訴えた。

「わ、わ、私早く出発しなくては、エドゥアール殿下が……」

「あら、よく覚えていたのねリーゼ。そうですよ、今日です」

 母が、優しく見える顔でにこりとした。

「へっ?!」

「まだだよ、リーゼ。エドゥアール殿下の到着は午後になってからだ」

 父が、苦笑した。

「えっ、ど、どういう……」

「そんなことより、リーゼ。一体なんですかその格好は」

 母の目がグッと怖くなった。リーゼは思わず体を固くする。

「初めて会う婚約者の前に、そんな格好で出るつもりですか? はしたない」

「あっ、す、すみませ……は、初めて……?」

 リーゼはますます混乱した。

 結局、懇々とお説教される間、リーゼは混乱し切っていた。今日は初めてエドゥアール殿下がここに来られる日で、夕方には婚約の儀を執り行う予定だという。

 ——おかしいわ、だって私、もう婚約してから随分経つのに

 ——婚約の儀は十四歳の時にもう終えたはずなのに

「聞いていますか、リーゼ」

「は、はいぃ……」

 ブルブルと震えながらリーゼは俯く。怒った母上は怖いのだ。だが、今はそれどころではない。

「あの、あの、つかぬことをお伺いしますが……」

 リーゼは、思い切って顔を上げた。

「今日って何日ですか……?」

 呆れた、と言わんばかりの顔の母。その隣で苦笑いを浮かべていた父が、日付を教えてくれた。

 ——リーゼの認識している日の、三年も前の日付だった。


「どういうことなの?」

 着替えるようにと厳しく言い渡され自室に戻ったリーゼは、まだ混乱の中にいた。

 昨日まで生きていたはずの人生は、夢だったのだろうか。でもあまりに実感がすごい。やっぱり過去に戻ってるとしか思えない。

「すっごく長くてすっごく臨場感ある予知夢を見ていたのかな……」

 それにしたってあまりに酷い夢だった。

 

 隣国のエドゥアール王子は、三年前にリーゼの婚約者となった。そしてリーゼの国の、離宮で暮らすようになった。

 あまりにも政治の絡んだ婚約だった。隣国との和平締結の生きた証拠……これは、当時の父の言葉だ。

 わずか三年の間に隣国で政変が起き、和平条約自体が破棄された。同時に婚約も終了せざるを得なくなった。隣国からは、エドゥアール王子の身柄の返還を求められた。継承権を持つ者が他国にいるのをよしとしない、暫定政府からの要求だった。

 父は、彼を帰さないだろうと思っていた。何よりエドゥアールが帰りたがらないはずだ、とも。帰ったらどんな目に遭うかなんて、考えるまでもないのだから。それなのに、エドゥアールは行ってしまった。

 その後リーゼは必死で父を説得した。なんとか助命交渉を許された頃には、王子の返還からすでに二ヶ月も経っていた。刑の執行が決まったという新聞記事を父から見せられ、リーゼは震え上がった。なんの罪かはわからない。ただ、一刻も早く助けに行かなければと思った。身支度も何もかも後回しにして隣国まで馬車を走らせたのだ。

 

 ——そして、間に合わなかった。

 

 リーゼは、ゾッと身を震わせた。もう二度と見たくない光景だ。思い出すのも恐ろしい。夢であったとしても、とてつもない悪夢だ。

 もし本当にあれが未来を垣間見たのなら……神の慈悲により、エドゥアール殿下を助けるための時間を下さったのなら。

 なんでもいい、またとない好機だわ、とリーゼは思い直した。

「とにかく、国に帰るなんて言わせなきゃいいんだわ!」

 我ながらいい考えに思えた。

「つまり、そう、身も心もこの国の人間にしてしまえばいいの!」

 ふっふっふ、と悪ぶった笑い声を出す。一人で。

「そうして故国を捨ててもらうのよ。……そうだわ、私に夢中になればいいんだ! 離れがたくて故郷とかどうでも良くなるくらいに!」

 リーゼは頷く。完璧な作戦だ。

 ……と、決意したはいいが、なにからしたらいいかわからない。色仕掛け、というわけにもいかない。なにせ今が三年前なら、自分はまだ十四歳である。

「……まずは、手を繋ぐところから、かな……」

 真剣な顔で、リーゼは思案した。


 

 リーゼがジタバタしているうちにあっという間に午後になった。エドゥアール殿下の到着の時間だ。

 一番素敵な装いで、と頼んだら侍女たちは微笑ましそうにしていたが、リーゼは恥ずかしがるのを一旦横に置いた。なにしろ自分は最大限にエドゥアールを魅了しなければならないのだから。

 両親と共に部屋で出迎えたエドゥアールは、最後の記憶よりいくらか若く、幼く見えた。初めて会った時、三つばかり年上のエドゥアールが、ずいぶんと大人の男性に見えていたのを思い出す。

 ——そうか、今は同い年だ。

 少なくともリーゼにとっては。そう思うと、王子がなんだか可愛い気がしてきた。

 絶対に私に惚れ込ませてみせる、今日はその大事な第一歩だ。気合を入れて笑顔を向け、できる限りの完璧なお辞儀を披露した。

「お初にお目にかかります、リーゼロッテと申します。どうぞリーゼとお呼びください」

「はじめまして、リーゼ姫。エドゥアールです」

 あの頃は自分の挨拶にいっぱいいっぱいだった。だが、少し余裕のある今は、応えるエドゥアールの硬い表情にうっすら緊張が含まれているのがよくわかった。

 ——殿下も緊張なさってたんだわ

 自分だけじゃなかった、と思うとなんだか自然と唇が吊り上がってしまう。とにかく第一印象は完璧だ、作戦はうまくいっている。

 ふと王子の付き添い人を見ると、そこには処刑場で何かを読み上げていた男が立っていた。

「ひぃ!」

 リーゼは思わず悲鳴を上げて飛び退いた。突然の奇行に、エドゥアールが首を傾げるのが見える。だがそれどころじゃない。

「こっ、こここ、このかたは?!」

「え……あの、立会人です。我が国の宰相で……」

「お初にお目にかかります、公女殿下」

 手を取られそうになって、リーゼは慌てて後ずさった。不思議そうな顔の二人を前に、だがリーゼは少しも気持ちが落ち着かない。

「な、なぜその人と仲良くしてるの?!」

「いえ……別に仲良くは……」

 ますます困惑した二人に見られながら、リーゼはブルブル震えた。

 ——やっぱりあの夢は本物だ、本物の、本当に起こる未来だった

 今度こそ、リーゼは確信した。




 

 

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