石田みどり⑩
六月も終わろうとしていた。強敵だった期末テストとの戦いをくぐり抜け、夏休みが迫っていた。
昼休み、私はアイスの自販機を目指していた。隣にいるのは、テスト期間中彼氏と図書館にこもっていた裏切り者だ。
夏の生い茂った木々の作る影を渡るように、中庭を通り過ぎようとすると、エレキギターの音色が聞こえた。
アンプを介していないそれは、夏の虫たちの音色にかき消されそうになりながら、それでも確かに響いていた。
私はとっさに瑠依の影に隠れた。
「行かないなら辞めたら?」
瑠依はあきれて言った。
私はベンチの前でギターをかき鳴らす少女の姿を、そっとみつめた。きっと汗だくだろう。
私が軽音部に入ることを、誰よりも喜んだ父の顔が浮かぶ。
「行くよ。そのうち」
「ダラダラしてると余計に気まずくなるよ」
暑さでイライラしているのか、瑠依の言葉は冷たい。だが、さぼっている期間が長ければ長いほど、行きにくくなるのも事実だ。
「ほら、これ。あんた出るんじゃなかったっけ?」
玄関の掲示板に貼ってあった、学内ライブのチラシを指さして、彼女は言った。
「どうだろ。もうクビになってるかも」
「だとしたら連絡ぐらい来るでしょ」
「どうだろ」
「頭下げて来なよ。私も見に行きたいしさ」
「彼氏と一緒に?」
「うるせえよ」
彼女は言った。
「とにかく出る出ない別にしてちゃんと顔出したら? 気まずいのはわかるけどさ」
「わかった、いくから」
私は言った。
「そのうち」
その、そのうち、は意外と早くやってきた。
放課後、私は教室でクラスメートたちと少々雑談したのち、校舎を出た。
彼女たちとは先週、テスト勉強に声をかけてもらってからの付き合いだ。かわいそうで浮いた私を、彼女たちはファミリーレストランのフライドポテトで歓迎した。瑠依がカップル活動で忙しかったこともあり、私はとてもうれしかった。『喫茶店』と題されたグループLINEに『今日は遅くなるので夕食はお任せします。ごめんなさい』と打ち込むと、たったそれだけのことなのに、私はいまとても高校生をしているんだわ、という気持ちになった。
駐輪場から自転車をひいて、構内を歩いていると、様々な部活動の喧騒がそこかしこから鼓膜を揺らした。
暑いのによくやるなあ。
野球部の練習を横目に、校門に差し掛かると、LINEの通知が鳴った。
見る前から送り主がわかった気がして、帰宅の晴れやかさは一転ナイーブになった。
しぶしぶスカートのポケットからスマホを取り出し、ホーム画面に目をやる。
その瞬間、文字通り、目の前が真っ白になった。
『先輩が勝手にギターを弾いてるよ』
しばらく立ち尽くしたのち、アプリを開くと、ご丁寧に画像も添付されていた。
私は自転車ごと素早く踵を返し、気が付くともう部室棟の前にいた。私はそこらへんに自転車を倒すと、部室に駆け込んだ。
そこにはタレコミ通り、私のギターを構えた男子生徒の姿があった。彼は乱暴に開かれたドアの音で、なにがなんだかわからないといった様子だった。
私は叫んだ。
「私のギターです! わからないんですか!」
無理やり彼からギターを引きはがし、転がっていたケースに収納すると、私はさっさと部室を後にした。
部室棟のわきで、私はギターケースを抱きしめ、天を仰いだ。
これは私が悪い。ずっと放っておいた私が悪いんだ。
「ごめんなさい」
すさまじい後悔の念に押しつぶされながら、私は一人、その言葉をつぶやき続けた。




