石田みどり⑨
土曜日。休日の昼まで台所に立つことは禁止されているので、みなが外食に行く中、私はカウンターで一人、昨夜の残りをつまんでいた。
すると輝美さんが階段を上がってきた。
お店の時間なのに珍しいなと思っていると
「みどり。所長さんが来てる」
私はあわてて肉じゃがをレンジに放り込み、階段を降りた。
所長さんは窓際の席に座っていた。先日いぶきとその父が座っていた席だ。
「ご無沙汰してます」
それほどご無沙汰ではない気もしたが、私はそう言って所長さんの前の席に座った。
所長さんはサンドイッチを食べている最中で「ん」だが「うん」だか言って私の同席を許した。
「顔色が良くなったな」
サンドイッチを丸めて、アイスコーヒーで流し込むと、所長さんは言った。
「自分ではよくわかりませんが」
「前はひどかった」彼はアイスコーヒーを飲み干し「今日は近くまで来たから寄った。元気でやってるのか?」
「はい」と私はなるべく明るく答えた。「好きな料理もさせてもらえますし、同居人もみんないい人です」
「ならいい」
昔からだが、私と所長さんとは長く会話が続いたためしがない。
これから彼と会う機会はどんどん減るだろう。私は思い切って言った。
「あの、進路の話なんですが」
「ああ?」所長さんは怪訝に首を傾げた。「まだ一年だろう。そんなこと考えずに、たくさん食べて、たくさん寝なさい」
「そうではなくて」
ごくん、とつばを飲み込む音が、自分でもはっきり聞こえた。
「私、高校を卒業したら、父と同じように所長さんのところでトラックの運転をしたいんです」
また怒鳴られるかもと前もって首をすくめていると、所長さんは意に反し薄い頭をポリポリとかいて
「いつかそんなことを言ってくるかもしれんとは思っていたが……」
とあきれたような、あきらめたような口調で言った。
所長さんは言った
「大学ぐらい出ろ。金が足りなかったら貸してやる。大学に行って、それでもまだそんなこと言うようだったら面接に来い」
私は驚いた。てっきり突っぱねられると決めつけていた。
「いいんですか?」
「大学を出てからだ、それまでよく考えろ。お前は料理が得意だからそうゆう道へ進んでもいい」
「ありがとうございます!」
店の営業などお構いなしに、私は大声で言った。
父が死んでからはじめて、目の前に光が差した気がした。
その日、私はご機嫌で、大量の料理を作ってみなをあきれさせた。
「私、進学することにした」
隣で洗い物を手伝ってくれる一孝に、私は言った。
「おお仲間だ」
「仲間仲間。だからまた勉強見てね」
「オッケー。その代わり料理のほうは頼むよ」
「オッケー。夜食だって作っちゃう」
「そんなことしてないで勉強しなさい」
「それもそうね!」
カウンター越しに映るすべてが美しかった。
私は思った。
立ち直る時が来たのだ。




