第13章、魔女の忠告③
少し遅れました。
「まぁ、ギア、いらっしゃい。イーラも。」
神殿を訪ねてきたギアを、ルウシャは笑顔で迎えた。
「こんにちは、ルウシャ様。」「こんにちは!ルウシャ様!」
少女の姿をした魔女は、幼い男の子の手を引いてふわふわと飛んでギアの元へ駆け寄った。
「さぁ、チャド。」
「…こん、にちは。」
ルウシャに促され、小さく挨拶をするチャド。無気力な様子は相変わらずだったが、血色は良く、健康的な生活を送っていることが見て取れた。
「こんにちは。少し元気になったようで安心したよ。俺はギアだよ。覚えているかな?」
チャドは虚ろな目をギアに向け、ぎこちなく軽く頷いたが、すぐに目を地面へと戻した。
その様子を見て微笑むルウシャに、ギアは用件を伝える。
「実は、兄弟子のエデリオンさんからプレゼントをもらったのですが、その内の本二冊が、どうやら封印がかけられているいるようなんです。アリシアに、ルウシャ様に見てもらった方がいいと言われまして。お願いできますか?」
「まぁ、見せてもらえるかしら?」
ギアは鞄から件の本を取り出すと、ベルトを解いてルウシャに渡した。
それを受け取るためにチャドの手を離したルウシャ。チャドは、おずおずとルウシャのローブを掴んだ。
(良かった。思った以上に早くルウシャ様に懐いているみたいだ。)
チャドが神殿に馴染んでいるか少し気がかりだったギアは、安心した。
「…タイトルから思うに…魔女の歌が込められているのね。そうねぇ…少し時間をもらえれば、“調整”できるわ。」
にっこりと微笑むルウシャ。
「エデリオン様、面白いものをギアに贈ったのね。」
「ルウシャ様、エデリオン様と会ったことがあるの?」
「ええ。数日前にこの街に来た際に足を運んでいただいて…それが三度目ね。」
「数日前って言うと…嵐の日?」
「ええ、そうよ。アリシアお姉さまを通して、ヨージュの鍛冶屋に剣を注文していたみたいで、それを引き取りにいらしていたの。」
(ああ…祭りの時の注文か。)
「その際、この神殿に立ち寄っていただいて…。チャドのことも気にかけていただいたわ。ね?」
「…。」
チャドは小さく頷いた。
「エデリオン様は、お姉さまのあなたのこともとても気にしていらしたわ。男の子の、それも人間のきょうだい弟子は初めてだからって。」
「気に掛けてもらっていることは何となく察していました。たかが一人暮らしを始めただけで、たくさんのお祝いをいただいたので…。」
「ふふふ。あの方は基本的にお忙しいから、今まであなたに会いに行けなかったことをとても申し訳なく思っていたようよ」
「そう言えば、何をされている方なんですか?聞きそびれてしまいまして。」
「エデリオン様は、昔から世界各地を回って、魔女が死ぬ方法や人間の病気を治す方法を探していらっしゃるの。そして、行く先々で困っている魔女がいたら、その魔女を助けているわ。今は、ご自分の弟子のために定住しているらしいけれど、時折あちこちに出掛けては、お家にお帰りになられているようね。」
(なるほど、だから今まで会うことがなかったのか。しかし…人間の病気を治す方法?なぜ?)
ルウシャに訊ねようかとも思ったが、ギアが口を開く前にルウシャが口を開いた。
「ところでギア、魔法使いの勉強は進んでいて?お姉さまのところに通っていると聞いたのだけれど。」
話題がエデリオンからギアについて変わった。
「ええ。自分の家からアリシアの家に通って勉強を続けています。ですが最近は、自習や実習が多いですね。知識は十分だから、あとは技術を磨きなさいと言われました。」
随分前から、ギアはアリシアーレンに、「教えることはもうない」「あとは魔法を使いこなすことが必要」と言われていた。一年くらい前までは、ギアが一人で魔法を使いこなす様子を、アリシアーレンが傍について見守っていたが、ここ最近はほとんどそれがなくなっていた。ギアが一人で考え魔法を使い、行き詰まった際にアリシアーレンに聞いて助言をもらう、という方式に変わっていた。
「そう…それなら、もう他の魔女や魔法使いのところに行って修行しに行ってもいいと思うわ。」
「えっ、修行…ですか?」
「そうよ、修行。」
困惑するギアに対し、ルウシャは変わらず優しい微笑みを浮かべる。閉じたような細い目からは、意図が読みにくい。
「少しの間だけでも、色んな方を師事するの。そうすることで、新たな知見を得たり、より力が身に付いたりするわ。」
「師匠以外にも教えてもらうんですか?」
「ええ。魔法使いは基本的にそう育てるの。魔女は、“一度 師事した派閥以外に教えを乞うてはならない”という縛りがあるけど、魔法使いにはそういう決まりはないわ。魔女派閥に魔法使いは関係ないもの。だから、魔法使いは色んな魔女から教えを乞うことができてお得よ。」
ルウシャは、片頬に手を当て、少し呆れたように困ったように言った。
「魔法使いはそうして育てることが多いのだけれど…。まぁ、お姉さまは、今まで魔女ばかりを育ててきた方だから、知らなくても、思いつかなくても、当然ね。」
「そうだったんですか…。」
(だけど、修行に出るとなると、アリシアと離れ離れになってしまうし…。)
「…修行に出ない魔法使いはいないでしょうか。」
ルウシャは首を傾げた。
「いないことはないけど…修行に出た方が自分のためになるわよ?特に、あなたはとても優秀なのだから。」
「…。」
ギアは考える。
(魔女が死ぬ方法を探すと宣言した手前、修行に出て知見を広めるべきではある…。俺自身、魔女に引けを取らないような強い魔法使いになりたいと思う…。…だけど、やっぱり…。)
おそらくギアが修行に出る間、アリシアーレンは死のうとあれこれ試すだろう。
「…やっぱり、俺は……修行はいいです。」
ギアがそう答えると、ルウシャは一瞬だけ目を開けて閉じた。そして、「そう……」と惜しみ、まるで「仕方のない子」と呆れる母親のように苦笑した。
「修行をしたくなったら、お姉さまに相談すると良いと思うわ。」
ルウシャはそう言うと、ギアから預かった本を見せびらかすように掲げた。
「あなたから預かったこの本たちは、わたくしが責任を持って“調整”するわ。そうね~…一か月もらえるかしら。やることがあって、忙しくなりそうだから。」
ルウシャはにっこりと笑った。
「分かりました。お願いします。」
「ギア、少し待っていてもらえるかしら?お姉さまに手紙を届けて欲しいの。」
「もちろんいいですよ。」
ルウシャは、チャドを連れて、神殿関係者しか立ち入れないプライベートエリアに姿を消した。
しばらくして戻ってくると、その手にはギアが持ってきた本ではなく、封筒が握られていた。
「これ、お姉さまに。お願いね、ギア。」
「はい。…それでは、また一か月後に本を受け取りに来ますね。」
「ええ、またね。」
ルウシャが上品に手を振ると、それを見たチャドもおずおずと手を振った。
ギアは家に帰ってすぐに、ルウシャから預かった手紙をアリシアーレンに渡した。
アリシアーレンは内容を確認すると、「そう」と一言だけ呟いた。しかし、すぐにいつもの笑みを浮かべ、「ルウシャのところに行くのは一か月後なのね」とギアに告げた。
アリシアーレンから修行の話が出ることもなく、ギアは修行の話を忘れた。
そうして一か月後。
ギアはルウシャの元を訪れた。アリシアーレンの家を出る前、「これを持って行って」と渡された少し大きな荷物を持って。ギアは、それをルウシャへの贈り物だと思っていたが。
神殿に着き、ルウシャから頼んでいた二冊の本を返してもらった直後のこと。
「さぁ、ギア、いってらっしゃい!」
チャドの力を借りたルウシャが、何か魔法を発動させたようだ。突如、自分の足元に魔法陣が浮かび、驚くギア。
「ど、どういうことですか?!」
膨大な魔力の圧に耐えながら、何とかルウシャに問うギア。
ルウシャは細い目を開け、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「あなたの修行が、良いものでありますように!」
その言葉の瞬間、ギアは強い風に身体を包まれ、目を閉じた。
そして、目を開けた時には―――神殿ではない、別の場所にいた。
ルウシャは魔女の中ではまだ若い方ですが、母親みたいな包容力があるので、チャドはすぐ懐いたみたいです。ギアやアリシアは、酷い人間から救ってくれた恩人たちであるので、ある程度は信用しているみたいですが、ルウシャ以外にはまだまだ心を開いていません。




