第13章、魔女の忠告➀
一時間も遅れてしまいましたーーー!!!申し訳ありません!!!
次の日。嵐はすっかり過ぎ去り、森には穏やかな雰囲気が戻っていた。
ギアは、いつもより早くアリシアーレンの家を訪ねた。
「…おはようございます。」
「…おはよう。」
ギアの警戒対象――エデリオンは、暖炉に薪をくべていた。
「アリシアはまだ起きていないよ。イーラは…散歩に出ると言ってどこかに行ってしまった。」
「分かりました。今から朝食の支度をしますね。」
「手伝うよ。」
「ではお願いします。」
二人はキッチンへと移動した。
「エデリオンさんは、ベーコンと卵を焼いてもらえますか。」
「分かった。」
フライパンとベーコンと卵を渡されたエデリオンは、さっそく調理に取り掛かる。
一方、ギアは、昨日 仕込んでおいたパン生地を取り出し、オーブンに火を入れてからパンの成形を始めた。
沈黙が流れる。
「…そう言えば、エデリオンさんは魔女なんですよね?朝はお得意なんですか?」
沈黙が気まずいと思ったギアが話題を振った。この話題を振ったのは、魔女は基本的に怠惰的で、朝早くに起きることが苦手である者がほとんどだからだ。早朝に起きることに慣れていそうな様子を不思議に思い、エデリオンをよく知る意味でも、この話題を選んだ。
エデリオンは淡々と答える。
「…僕が昔、家族――アリシアとエレジオ、それにクレアルナとルエルニと住んでいた頃は、エレジオぐらいしか、朝が得意な人はいなくてね。エレジオ一人に任せっきりにするのは悪いと思って、僕も手伝うことで、他の魔女よりは朝が得意になったんだよ。」
「アリシア以外の三人は?アリシアの弟子ですか?」
(エレジオ…男性だろうか?クレアルナとルエルニという名は、聞いたことがあるような…。)
「ああ、エレジオは…アリシアの伴侶で、クレアルナとルエルニはアリシアの弟子だよ。」
ギアは驚いた。アリシアーレンの夫の名を初めて聞いた。
「一緒に…暮らしていたんですか。」
「ああ。」
エデリオンは皿を出し、ベーコンと卵をよそった。
「サラダを作るかい?」
「え、あ、はい…お願いします。」
ギアは慌てていくつかの野菜を取り出し、エデリオンに渡した。
「どんな…方だったんですか。」
「…エレジオは、ただの人間だったけど、魔法の研究をしていたよ。白い髪と紫の目で、いつも紫水晶のピアスをしていた。」
(ああ…アリシアがネックレスとして身に着けているやつか。)
「いつもは物静かで落ち着いているのに…嬉しいことがあった時なんかは…はしゃいで、とても楽しそうにしていた。」
エデリオンの手が止まった。
「あの人と、アリシアと、家族で過ごした時間は幸せだった…。姉さんたちも…とても楽しそうだった…。」
「…。」
「クレアルナとルエルニには会ったことあるかい?」
「いえ…。…あ、でもそう言えば、クレアルナはレンとリシアの師匠だと聞いたことがあるような…。」
「ああ…クレアルナのところに、レンとリシアという子がいたっけ…。クレアルナは、僕たちと暮らしていた頃はとても大人しい、物静かなひとだったけど……ルエルニが壊れて以降、壊れた魔女を救おうと強くなったんだ。」
“壊れた”。その短い言葉に、ギアはぎょっとした。
「ルエルニは…人間と結婚して壊れてしまった。結婚の時、クレアルナはとても反対したし、アリシアもエレジオ亡くしたばかりで、考え直した方がいいとは言ってたけどね……ルエルニは聞かなかった。相手をとても好いていたんだろうけど、アリシアとエレジオの仲の良さに憧れていたことも影響していただろうね…。結局、リシアがまだ赤子の頃に旦那さんは死んでしまって…壊れてしまった。」
「…。」
「ルエルニは、元は明るくて笑顔を絶やさないひとだったけど…旦那さんが急死したことに耐え切れずに、心を病んでしまった…。」
「―――エデリオン様は?」
ふと声がした方を見ると、イーラがいつの間にか散歩から帰って来ていたらしく、テーブルの上にちょこんと立っていた。
「…。」
「エデリオン様も、恋人を亡くしたんじゃないの…?」
エデリオンは声を低くして答えた。
「…ああ、僕にも人間の恋人がいた。病気ですぐ死んでしまって…悲しかったけど、ルエルニのことがあって、人間の脆さは理解していたからね…。」
それだけ言って、再び野菜を切り始めた。
「―――ギア君、君は、できるだけ長く生きるんだよ。」
それは、心からの願いだったのだろう。無感情に話しているように聞こえて、語る言葉の奥にある悲痛さがにじみ出ていた。
ギアは心苦しくなった。エデリオンに対して警戒心を抱いていたことに、罪悪感を覚えた。
「…はい。」
ギアは言葉が詰まって、それだけしか言えなかった。
「―――ごちそうさま。またね、アリシア、ギア君、イーラ。」
「気を付けるのよ。」
アリシアーレンはエデリオンを抱きしめ、頭にキスをした。
「…アリシア、元気でね。イーラも。」
エデリオンはアリシアーレンの肩に乗っているイーラにそっと指を伸ばし、握手をした。そして、ギアに向き直った。
「…ギア君、少し話したいことがあるんだ。」
「? はい。」
ギアは、エデリオンに付いて歩き出した。
「じゃあね、エデリオン。」「バイバーイ、エデリオン様!」
一人と一匹はそこで別れた。
家から離れたところで、エデリオンは口を開いた。
「ギア君、アリシアに気を付けて。」
「え…?」
突拍子もないことを言われ、ギアは驚いた。しかし、そんなギアに対して、エデリオンは忠告を続ける。
「あのひとは…少し壊れてしまっている。死への思いが強すぎるんだ。…聞いたよ。アリシアは、君の前でも死にたいと常々(つねづね) 言っているそうだね。…魔女を殺す方法を見つけると言ったのは、そのせいかい?」
「俺は、アリシアを幸せにしたいんです。それに、これ以上、アリシアに苦しんでほしくないんです。」
「…。」
エデリオンは黙った。そして重々しく口を開いた。
「…正直に言えば、魔女を殺す方法を見つける手助けをしてくれるのはありがたいよ。でも、人間だからと言って、君一人に人間の罪を背負わせるつもりもない。君には自由に生きる権利があり、魔女に一生を捧げなくていいんだ。―――聞くよ。君が魔女殺しの方法を見つけると言ったのは、アリシアや他の魔女が君に頼んだからかい?それとも、君がそれをやりたいと思う、何か深い理由があるのかい?」
ギアは、エデリオンの畳みかけるような鋭い質問に一瞬たじろいだが、すぐに真剣な表情を浮かべてエデリオンに答えた。
「アリシアのことが好きだからです。だから、アリシアにやってあげたいんです。本当はずっと一緒に生きていたいけど、俺は人間だから、どうしてもアリシアより先に死んでしまう。でも、死にたがっているアリシアを放っては逝けません。だから、俺が死ぬ前に、アリシアたち魔女が死ぬ方法を見つけてあげたいんです。」
エデリオンは黙った。
しばらく黙って、やがて、ゆっくりとした動きで鞄から何かを取り出し、ギアへと差し出した。それは、鍵の形をした笛だった。
「…これは、僕の居場所を教える鍵笛だ。ここに息を吹き込めば、これが僕がいる場所へと案内する。……何かあったら、僕に相談するといい。」
「ありがとうございます…。」
ギアは素直に受け取った。
「それじゃあ、また。」
エデリオンは、箒にまたがると、ギアがさよならを言う前に飛んで行ってしまった。




