第12章、嵐の日の来客③
「…本当に久しぶりね、エデリオン。」
アリシアーレンはふわりと微笑んだ。
「…そうだね。」
エデリオンはカップから口を離してそっとテーブルの上に置いた。そして、ぼそぼそと話し始めた。
「…貴女が人間の弟子を取るなんて思わなかったな。」
「…そうね。」
エデリオンは頭を動かし、一度 玄関の方へ向けて、再びアリシアーレンの方へ戻した。
「…彼はここに住んでいないようだけど。」
「今度 手紙に書こうと思っていたのだけど、そうなの。つい最近…本当に最近、この家を出て行ったのよ。」
「独り立ち?」
「一人前になったわけではないわ。ただ、息子扱いしないでほしいから一人暮らしを始めると言われてしまって。共に住むのをやめたの。独り立ちしたらあげようと思って準備していた家を与えたのよ。この家からすぐ近く。あの子はそこから通ってきているの。」
「なるほど。」
「あの子はとても優秀よ。一人前にはまだ早いとあの子には伝えているけど…実は、そろそろ認めてもいいと思っているのよね。」
誇らしげに話していたアリシアーレンだったが、そこでふとイーラに視線を向けた。片目を瞑り、人差し指を口に当てる。
「ギアには内緒よ?」
イーラが頷いたのを見て、アリシアーレンはエデリオンに話を振る。
「そう言えば、あなたも人間の子を引き取ったのよね?」
「そうだね。…魔法を無効化する、人間の女の子だ。その特殊体質のせいで苦労しているところを預かったよ。」
「よくレフィアが引き取ることを認めたわね。あの子、人間を憎んではいないけど、嫌っているでしょう?」
「僕が決めたことだから我慢してくれた、のかな。レフィアは僕にとても懐いてくれているから。それに、あの子のことも、最初は避けているようだったけど、今はそれなりに仲が良い…と思うよ。クレムも、人間だけど人間を嫌っているから。なかなか気が合うみたいだ。」
弟子の話になり、やや饒舌になるエデリオン。
アリシアーレンは、そっと立ち上がり、エデリオンの隣に移動した。
「あなたも…大丈夫?人間の子を引き取って。」
「…。」
エデリオンはカップを手に取り、その中身を一口飲んだ。ふっと息を吐いてカップを戻した。
「…彼女のことを思い出さないとは言えない。同じ女の子の弟子でもレフィアは魔女で、クレムは人間だから…その違いがどうしても目に入ってしまう。人間の彼女を、思い出してしまう…。」
「…ええ。」
「それに……彼女が生きていたら、僕にも子供がいたかな…、そしたら、こんなに辛くはなかったな……と考えてしまうよ。…貴女はどう思う…?」
アリシアーレンはそっとエデリオンの肩を自分に引き寄せ、頭をなで始めた。
「私は、悲しくても寂しくても、我が子が愛おしいと思うわ。パートナーがいなくても、我が子が生きているなら、それほど絶望せずに済むもの。」
「…。」
エデリオンはゆっくりとした動作で、アリシアーレンの膝に自らの頭を乗せた。
「…ありがとう。」
「あなたは偉いわ、強い子よ…。」
「…まさか。僕なんかより、あの子たちの方がずっと偉くて強いよ…。…壊れないよう、死なないよう、面倒を見るだけのつもりだったけど、いつの間にか僕の方が世話されている。」
「ふふふ。私と同じね。」
アリシアーレンが笑い、つられたようにエデリオンも「ふっ」と笑いを零した。
(エデリオン様は、完全にアリシア様を母として見ているみたいね…。)
イーラは、ずっと、黙ってお菓子をポリポリと食べていた。
(それに、エデリオン様、好きな人間がいたっぽい…?それなら、ギアが焦らなくて済むわね。)
これではエデリオンとアリシアーレンの仲を探るために残ったようなものだが、本当はエデリオンともっと話をしたくて残っていた。
助けてもらった時から、イーラはエデリオンに対して好ましく思っていた。口数は少なく、あまり感情の起伏がない魔女だが、言葉や態度の端々から、不器用さの奥に穏やかで優しい気性を持つことが感じられるからだ。
「…そうだ、ギア君が一人前になった時のお祝いを考えておかなければならないね。」
エデリオンは起き上がり、菓子を口に運んだ。
「…やっぱり剣かな。」
「あなた、弟子に贈る時はいつも剣だものね。」
「剣はいいよ、色々使えるから。…魔法が使えないクレムにも、護身用に持たせようと思っているんだ。」
「あなたもすっかり親バカね。」
「人の一生は短いから何でもお祝いした方がいいって言っていたのは貴女だよ。」
そう言いながらエデリオンはまた菓子に手を伸ばし、ふと動きを止めた。
「…あ、それなら、先に一人暮らしのお祝いをあげた方がいいか…。」
そして、何か考え込むように黙り始めた。
「それなら、色んな魔法道具をあげてちょうだい。向こうにはここでは珍しいものがたくさんあるでしょう。」
「いいけど…扱いにくいよ。用途も限られる。」
「いいのよ。…あの子、やっと魔女が死ぬ方法を探してくれる気になったみたいだから、色んな道具をあげた方がたくさん試してくれるでしょう。」
「…本当に?彼、随分と渋っていたようだけど?」
「ええ…。」
アリシアーレンはふっと苦笑した。その様子を見たエデリオンはため息を吐いた。
「…まぁ、乗り気になってくれた方が僕たちとしては助かるけど。…アリシア、ギア君にあまり期待をかけすぎるのはやめた方がいい。彼の前で死のうとしないようにね。」
「毎日のようにしているわ。」
イーラが口を挟んだ。
「…はぁ。弟子にあまり圧をかけないようにね。」
アリシアーレンはにっこり笑った。
「あら、殺してもらうために人間の子を弟子にしたのに?」
エデリオンは、すぐさま、衝撃で固まるイーラに向かって魔法を放った。イーラはキラキラとした靄に包まれ、コテンと倒れた。すうすうと寝息を立て始める。
「…アリシア。」
「記憶は私が消しておくわ。あの子に知られたら面倒だもの。」
アリシアーレンはイーラをそっと抱え、魔法で食器を片付け始めた。
「夕飯の準備をしてくるわ。あなたはここで待っていて。」
アリシアーレンが部屋から去った。一人残されたエデリオンは、ソファに身体をすっかり預け、暖炉の火をじっと見つめる。
(アリシアも壊れ始めている…か。)
額に腕を置き、大きくため息を吐いた。
(いや…。あの人が死んでから…、すでに壊れ始めていたな。)




