第12章、嵐の日の来客②
少し時間をオーバーしてしまいました。すみません。
「…かったわ、―――」
アリシアーレンの上機嫌な声が聞こえる中、ギアは玄関のドアを開けた。
そこには、アリシアーレンと見知らぬ人物がいた。いや、見知らぬ人物かどうかは分からない。フードを被った頭、顔があるはずのその場所が、真っ黒な闇になっている。おそらく、顔を認識できないようにする魔法が掛かっているマントだ。ギアとほとんど変わらぬ背丈や体格から、辛うじて男性だということが分かる。
知っている者だろうかと、ギアは頭を働かせるが、視覚から得る情報 全ての特徴に当てはまる人物はいない。
ギアが怪しい人物を特定しようとしている間にも、アリシアーレンがその人物の腕を引っ張り、家の中に入れた。ギアは、アリシアーレンと親しい人なのだと察し、そっと玄関のドアを閉めた。
「おかえりなさい、先生。あの、こちらはどなたでしょうか?」
ギアの問いに、アリシアーレンは喜びを前面に出した笑みを浮かべた。ここまで嬉しそうなアリシアーレンはなかなか見ない。
「あなたは初めて会うわね。この子はエデリオン、魔女よ。ええと……あなたの兄弟子、ということになるかしら。」
「…よろしく。」
愛想のない、ぶっきらぼうで、やや低いトーンの声が発せられた。声色からは若そうに感じられるが、見た目などが実年齢と釣り合わないことが多い魔女のことだ。この落ち着きはらった佇まいからも考えて、若くはないだろう。
「用事があって街に来ていたようなの。嵐が来てしまって、私のところに泊まるつもりで向かっている途中、私たちと会ったのよ。」
「木に引っ掛かっていたあたしのリボンをアリシア様が取ってくれていた時、あたしたちの乗ってきた箒が倒れた木の下敷きになって折れてしまったの。アリシア様は直せば飛べるって言ったけど、破片が泥に埋まって、直すのは難しかったのよ。箒なしで飛んで帰ろうとしたんだけど、その時、ちょうどエデリオン様が来て、箒に乗せてここまで運んでくれたの!」
イーラが早口で説明した。警戒心のなさそうな様子から、イーラが早々にこのエデリオンという魔女に懐いたことをギアは察した。
「そうだったんですか。早く服を乾かしてください。今からお茶を用意しますから。」
ギアは駆け足でキッチンへ入ると、お茶とお菓子を用意し、それをリビングルームへと運んだ。
パチパチと燃える暖炉の前で、二人と一匹は談笑していた。といっても、エデリオンの方は聞かれたことにぽつりぽつりと返す程度で、ほとんどアリシアーレンとイーラが話していた。服は、魔法で乾かしたようで、一切の水分もなさそうな質感だった。
エデリオンはマントを脱いでいたが、中に着ていたらしい服のフードで、やはり顔を隠していた。
「立ち話してないで座ったらどうですか。」
呆れた声でギアがそう声をかければ、二人はソファに腰を下ろした。
「どうぞ、お口に合うといいのですが。」
「…ありがとう。」
エデリオンは、カップを口に運ぶ。カップの一部が闇に同化したのを、好奇心から、ギアは不躾にならないよう気を付けて見ていた。
「エデリオン様、これオススメよ!」
イーラがギアの作ったマドレーヌをエデリオンに渡した。
「ありがとう。」
ゆったりとした動作でそれを口に運んだエデリオン。闇に消える度、マドレーヌが欠けていく。
「…美味しい。」
ぽつりと零し、最後の一口を闇に消すと、もう一つ手に取った。
「ギアの作る料理は絶品なのよ。」
穏やかに笑ったアリシアーレンは、ふと窓の外を見て、ギアとイーラに告げた。
「そろそろここを出ないと、帰れなくなるわよ。」
「そうですね。ですが…。」
ちらりとエデリオンへと視線を向ける。
「ああ、エデリオンのことなら気にしないで。私の家に泊めるから。」
それはどうなのかとギアは思った。アリシアーレンは、弟子を家族として扱いがちだが、ギアのようにエデリオンもアリシアーレンを母として見ていない可能性がある。それに、ギアには帰れと言って、他の男は泊める気満々なのが気に食わない。それがギア自身の蒔いた種だとしても、だ。かと言って、ギアがアリシアーレンの家に残ると言うのは、息子としての立場を捨てるという自分が立てた誓いに反する。
どうしようか、どう伝えようかと迷っている間に、イーラが口を開く。
「アリシア様、今日はあたしもここに泊まりたいわ。」
「いいわよ。」
「じゃあね、ギアー。」
ギアが口を挟む間もなく、イーラもアリシアーレンの家に泊まることが決定し、イーラはギアにあっさり別れを告げる。
(イーラがいるならいいか…?)
躊躇いつつも、イーラが自分の恋の味方であることを信じて、ギアはエデリオンとイーラをアリシアーレンの元に残して自宅に帰ることにした。
「イーラ、先生を頼んだよ。」
「もう、ギアは私を何だと思っているの。何十人と弟子がいる立派な大人なのよ。」
何もできないだらしない人のように扱われたと思ったのか、アリシアーレンが拗ねたように言った。
「大丈夫だよ、ギア君。僕が見てるからね。」
淡々(たんたん)とした、抑揚のない声色。エデリオンは、アリシアーレンのティーカップにお茶のおかわりを注いだ。
兄弟子として頼りがいのあるところを示そうとしての発言だったのだろう。
しかし、ギアにはそう受け取れなかった。
(…ムカつく。)
ギアには、エデリオンの一挙手一投足、言葉一つ一つが、気に食わなかった。
アリシアーレンに対する恋慕の気持ちがエデリオンにあるかは分からないが、エデリオンのアリシアーレンとの付き合いが長いことやとても親しい関係であることは窺えた。アリシアーレンとエデリオンにあって、アリシアーレンとギアにはまだない、気安い態度や厚い信頼感のようなものを感じ、アリシアーレンに宣戦布告中のギアは焦燥感を募らせたのだ。
申し訳ありませんが、しばらくは、投稿できない日が出てきそうです。




