第11章、魔女の誕生日④
アリシアーレンは目を見開いた。
「まあ…。」
「このまま一緒に住んでいたら、あなたは俺のことをいつまで経っても子供としか見てくれないでしょう?」
少し不満げな顔をしてギアは理由を述べた。
「なので、この家を出ようと思うんです。…山の下の街に移り住もうかと考えています。」
「そう…。では、授業と仕事はどうするの?」
ギアは、優秀で飲み込みが早いが、アリシアーレンが魔法使いに教えられる魔法の全てを習得したわけではない。その上、ギアはいずれ独り立ちした時のために、アリシアーレンの補佐をして仕事のノウハウを学んでいる。
アリシアーレンは、そのどちらもが疎かになるのではと心配しているようだ。
「ご心配なく、ここへ毎日通うつもりです。」
「毎日?街からここへ、一番早くて箒で30分かかるのに?」
30分と言えど、箒で通うとなると集中力や体力は使う。それから授業や仕事となると、なおさら消耗は激しくなるだろう。
「ええ。絶対に毎日来ます。今まで通り、食事の用意や掃除もしますので安心してください。」
「それは別に心配してないわ…。以前のように、自分でただやればいいだけだもの。」
アリシアーレンはそう言ったが、ギアは引き下がらなかった。
「いいえ、俺がやります。俺がしなかったら、アリシアは食事をするのも面倒くさがるでしょうし、埃まみれの部屋ができかねませんので。」
「まあひどい。」
アリシアーレンはわざとらしく不貞腐れた様子を見せた。だが、ギアがこの家に住み始める前のアリシアーレンは、かなり不健康な生活を送っていたことがあるのを、以前聞いている。
「私は本当に大丈夫よ、魔法で何とかするから。それより、あなたのことが心配だわ。」
「大丈夫です。」
本音を言えば、かなり大変だろう。それでも、ギアはやり遂げる自信がある。
(アリシアーレンに会えると思えば、アリシアーレンと過ごす時間を思えば、大したことはない。)
アリシアーレンはギアの真っ直ぐな目を見て、呆れたようにため息を吐いた。
「なら、私は止めないわ。ただ…そうね。本当は、あなたが独り立ちする時に、と思っていたのだけど…。」
アリシアーレンは立ち上がった。
「ついて来て。」
アリシアーレンに言われるがまま、付いて歩くこと5分。開けた場所にたどり着いた。
森の中心だが、綺麗に整地されていて日差しがよく入り、小さな川も大きな池もあり、とても居心地のいい場所である。
(おかしいな。こんな場所、来たことがない…。)
「ふふ、家から近いのに見覚えがなくて驚いたでしょう?実はここ、あなたのためにとっておいた特別な場所なの。」
悪戯が成功したと言わんばかりにクスクスと笑うアリシアーレン。
「ここ一帯に目くらましの魔法をかけて、誰も立ち入らないようにしていたの。」
「えっ。一体いつからそんな大掛かりなことを?」
「あなたを弟子にした時からよ。いつか、あなたが一人前となった時に贈ろうと思って、少しずつ整えていたの。家にするも良し、店にするも良し、工房にするも良し。…少し早いけど、ここをあげましょう。」
そう言ってアリシアーレンは、原っぱの中心に手をかざした。
「さあ、姿を現しなさい。」
ゴゴゴゴゴゴ…と地面が揺れ始めた。そして、アリシアーレンが手をかざした方角から、ボコッと何やら巨大な箱のようなものが出てきた。それはどんどん高く上がり、ある程度の高さまで出てきたところで止まった。
続いて、アリシアーレンがパチンと指を鳴らした。すると、箱だと思っていたものはキラキラと塵になり、中のものが姿を見せた。
それは、家だった。
「……。」
ギアが呆気に取られていると、アリシアーレンはにっこりと笑って言った。
「街ではなく、ここに住むといいわ。」
ギアはアリシアーレンを見た。
「…中に入ってみても?」
「どうぞ、もうあなたの家よ。」
中に入ると、真新しい家の匂いがした。
外見はアリシアーレンの家と雰囲気が似ていたが、中は全く異なるようだ。間取りこそかなり似ているものの、内装は至ってシンプル…というより、無味乾燥だ。おそらく、これからギアが自分好みに整えることを見越してのことだろう。
一応、ベッドやテーブルセット、作業机に棚…。生活するのに最低限の家具は揃っているが、あまりに味気ない光景だ。
それでも、ギアの心が浮き立つには十分だった。
「こんなに立派な家…いいんですか?」
「ええ。一人暮らしのお祝い、ということで。免許皆伝の証は…また別なものにすればいいのだし。」
何か企んでいるようだ。アリシアーレンは、再び悪戯っ子のような笑みを浮かべている。
その顔を見て、ギアは肩をすくめた。
「アリシアーレンの誕生日を祝うつもりが、何だか俺まで祝われてしまいましたね。それも、こんなに豪勢に。」
「あら、私の誕生日なんて何百回…、下手したら何千回も祝われる機会があるんだから。あなたの短い人生に起こること一つ一つを祝わない方がもったいないわ。」
アリシアーレンは、ふと、寂しそうな、複雑な心情を苦笑いに混ぜてギアに向けた。
「…あなたは今日、息子としての立場を卒業するのね。何であれ、私はあなたの成長を祝うわ。」
「―――。」
「でも忘れないで。あなたはまだ、私の愛しい弟子よ。」
「―――はい、…先生。」
二人の気持ちを切り替えるために、ギアはアリシアーレンの呼び方を変えた。“息子としての立場を捨てた”証明だ。
「ふふ。あなたは嫌がるかもしれないけど…。私にまだ、弟子を可愛がる権利を残してちょうだい…ね?」
ギアはおどけて言う。
「仕方ないですね…、あなたが誕生日プレゼントにそれを望むのでしたら。」
その日の午後、ギアはさっそくアリシアーレンの家から自分の家へと、荷物を運び出した。
そして、次の日の朝、ギアは新しい家での生活を始めた。
次の章からやーっと自分の書きたい話を書けるでござる~。




