第10章、迷いと決意①
遅れてすみません。
今日は「古の魔法書と白ノ魔女」はお休みです。
「もうすぐ誕生日ですね、アリシア。」
「あら、もう一年経ったの?」
ピンと来ていない様子のアリシアーレンは首を傾げる。
「今年もやるつもり?」
「もちろんです。誕生日は祝うものです。」
「毎年毎年、律儀ねぇ…。私の誕生日なんて今更お祝いしなくても…。」
アリシアーレンはそう言ったが、ギアは即否定する。
「いいえ、俺は祝いたいです。あなたは大切な師匠ですし、唯一無二の愛する女性ですので。」
「毎年飽きないわねぇ、ギア。」
さらっと告白したつもりではあったが、流されてしまった。
「…はぁ。」
(今回もダメか…。)
実は、ギアは日頃からアリシアーレンに愛を伝えているのだが、いつも流され、相手にされない。というか、そもそも本気に思われていない。ギアの言葉は、師匠や育ての親としてのアリシアーレンへの愛情からだと思われているようだ。
「…アリシア様こそ、よくギアの告白受け流すね。」
大きなため息を吐いたギアを見かねたのか、傷口に塩を塗る気なのか、ずっとアリシアーレンの近くにいたイーラが尋ねた。
「こんなに愛の言葉を伝えられているのに、なんで??」
「受け流しているつもりはないけど…。」
心外だと言いたげな表情でアリシアーレンは首を傾げる。
「断るわけでもなく、そんな反応じゃ、ギアがかわいそうだよ…。」
「―――やめろ、イーラ。」
ギアが制止の声を上げると、イーラはしっしと手で追い払うような仕草をした。
「全くお前は…。」
ギアは諦め、ため息を吐いた。
「少し出掛けてきます。」
「…いってらっしゃい。」
イマイチ空気を掴めないアリシアーレンは、少し戸惑いが残る笑みで見送った。
「…ねぇ、アリシア様。」
ギアの姿が見えなくなり、さっそくイーラはアリシアーレンに話しかける。
「なぁに?」
「アリシア様は…ギアのことどう思っているの?」
恐る恐るといったイーラの様子とは反対に、アリシアーレンははっきり答える。答えるのに一瞬の間があったのは、きっと唐突な質問の意図が分からなかったからだろう。
「愛しているわ。とても大切な子よ。」
「…アリシア様の旦那様と同じくらい?」
「…その質問は難しいわね、だってあの人への愛とギアへの愛は違うもの。」
アリシアーレンはそう言ったが、思いの強さに差が付けられていることをイーラは悟った。
「…ギアへの愛は、師匠として?保護者として?」
「もちろん両方よ。」
その回答に、イーラは小さな手をもぞもぞと動かし、うつむいてきょろきょろと忙しなく目を動かす。次の言葉を探すが、内容がセンシティブなだけになかなか難しい。あーでもないこーでもないと葛藤する。
アリシアーレンはそれを黙って眺めている。何を考えているのか分からぬ目である。
しばらくしてぴしっと姿勢を正し、アリシアーレンを見つめた。
「アリシア様。」
「どうしたの?」
いつもと変わらぬ優しい微笑みで、アリシアーレンはイーラが話し始めるのを待っていた。
「―――アリシア様、お願いだから、ギアともっと向き合ってほしい。」
アリシアーレンは軽く目を見開いた。
「アリシア様、ギアは本当にあなたのことが好きなんだよ。師匠や保護者としてじゃないよ。ずっと、ずっと、アリシア様だけが特別なんだよ…っ。」
「落ち着いて、イーラ…。」
アリシアーレンは静かな声音でイーラをなだめた。
「ギアにとって私が特別なのは…私があの子にとって拠り所だからよ。」
アリシアーレンは困ったように眉を八の字にした。
「あの子が大変な時に私は現れ、導いてきた。あの子が私に依存するのは…自然なことよ。」
「…ギアの救世主だから、アリシア様が特別だと感じるっていうこと?」
アリシアーレンは静かに頷く。
「あの子の世界は狭い。師匠である私がこんなところに住んでいるせいで、他人との交流の幅を狭めてしまった。知らず知らずのうちにあの子の出会いや経験の機会を奪ってしまった。…人間の命は短いのに。」
「…。」
「世界はもっと広いということを、ギアはまだ分かっていない。狭い世界を抜ければ…、外の世界を見れば…、私は決して“特別”じゃないと、いつかあの子も気付くでしょう。そうすれば、あの子の“本当の特別”が見つかるわ。そうね…そろそろあの子も私への依存から抜け出さないと。魔法の腕も随分立派になったし、そろそろ―――。」
「だからって―――」
イーラはアリシアーレンの話を遮った。
「―――だからって、ギアの言葉を取り合わないのはいいの?」
「―――!」
アリシアーレンは大きく目を見開いた。瞳の中の星がちかちかと輝く。
「……。」
しばしの間、アリシアーレンは考える。今度はアリシアーレンがあれこれ悩む番だ。
「……そうね。」
しばらくして、アリシアーレンは口を開いた。
「イーラ…、私は…無意識のうちにギアの言葉の意味を理解するのを避けていたみたい。」




