第6章、魔女の墓守①
こちら、3か月もお待たせしてしまいました。章の書き出しに迷っていたもので。
今回は「古の魔法書と白ノ魔女」はお休みです。
「……。」
雨音とお茶をすする音、そしてお菓子をつまむ音だけが聞こえるだけの静かな空間。
ギアは、借りた本のページをめくり続ける。しかし、時折、閉められたカーテンの向こう側を見るように顔を上げた。
「……はぁ。」
そんなギアを見てため息を吐く一人の魔女。
「落ち着きなさいよ、うるさいわね。」
「何も大きな音を出していないでしょう。」
「その視線がうるさいのよ。」
ギアは魔女をじろっと睨んだ。
「別に“おじさん”を見ているわけじゃない。」
その瞬間、ギアの目の前に話し相手が現れたかと思うと、拳骨が振り下ろされた。
「痛…っ!!?」
「アタシを“おじさん”なんていう呼び方をした罰よ。」
腕を組み、すたすたと戻って行く魔女。ソファーに腰かけると、優雅にお茶を飲み始めた。
ギアは頭を抱えて唸っている。
「……。」
その様子を、イーラはまじまじと見つめていた。
体格も声もしっかり男性のものだが口調も服装も女性のもの、というこの不思議な人物は、アリシアーレンの弟弟子である。名をロッドと言い、アリシアーレンと同じ師匠に師事していたために、アリシアーレンと血の繋がりはないものの同じルートノーダの姓を持つ。そして、服の好みがアリシアーレンと似ているのか、どことなく雰囲気が似ている。
家族も恋人もおらず、昔からアリシアーレンの家族や弟子の面倒をよく見ていた。まるで親戚のような振る舞いから「おじさん」と呼ばれることが多いが、そのように呼ぶと非常に怒る。
今日、ギアたちがロッドの家に訪れたのは、アリシアーレンの用事に付き添ってのことだった。そして、ギアが先ほどから外を気にしながらロッドの家にいるのには理由があった。この雨の中、ロッドが管理する墓地へとアリシアーレンが一人で出掛けているからだ。
そう、今日は年に一度、アリシアーレンの夫と師匠の墓参りの日だ。
「ロッド様、飲み物のおかわりをくださいな。」
ギア同様、家で待機中のイーラが小動物用の小さなコップを掲げた。
ロッドが受け取り、キッチンへと向かう。
「フルーツジュースと紅茶とコーヒー、どれがいいかしら。それともまたミルクにする?」
「フルーツジュース!」
イーラがぴょこぴょことジャンプした。ロッドは微笑み、ジュースの入った瓶を取り出した。
「はいどうぞ。」
コップを受け取ったイーラがお菓子が置いてある場所へ戻ろうとして気付いた。隣にいつの間にかメスのモルモットが来ていたのだ。ロッドの魔獣だ。
「うわぁっ!?」
「こら、リリ!物音立てずに忍び寄るなといつも言ってるでしょ。」
リリと呼ばれたモルモットは、眠そうな目でうんうんと頷くと、自分のコップを差し出した。
「アンタもなの?それならそうとちゃんと言いなさい。」
リリからコップを受け取りながら、ロッドは尋ねる。
「アンタは何を飲みたいの?」
「…。」
リリはイーラのコップを見つめた。
「はいはい、ジュースね。」
ジュースを待っている間、リリはクッキーを食べ始めた。ぽろぽろとカスを零しながら食べている。
「ちょっとあんた、ボロボロ零しているわよ!」
たまらずイーラがリリのお世話をする。
「あらイーラちゃん、ありがとう。」
戻って来たロッドがイーラにお礼を言う。
「全くリリはお行儀が悪いんだから。」
そう言いながらイーラが集めたお菓子のクズを拾う。
「ツーデルト!アンタの監督不行き届きよ!」
天井を見上げて声を張ったロッド。その声に、一羽のフクロウが下りて来た。
「おやおや。リリが何かご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありません。」
品の良い口調で謝罪するオスのフクロウ。首の蝶ネクタイがオシャレに決まっている。
「わたくし、ツーデルトと申します。我が主・ロッドの魔獣のまとめ役のようなものをしておりますゆえ、リリの代わりに謝罪を。」
片羽を広げ、器用に礼をして見せたツーデルト。イーラはその腰の低さにあたふたしてしまう。
「ほら、リリ。」
ツーデルトがリリを呼んだ。リリは口元に菓子クズを付けたまま口を開いた。
「リリのお世話、せんきゅ。」
そしてクッキーを渡してきた。
「不思議な子ですが、どうぞ仲良くしてくださいね。口数は少ないですが、この通り話せないわけではありませんので…。」
「もちろん。それにあたし、他動物のお世話嫌いじゃないもの。」
その言葉に、ツーデルトが目を細めた。笑っているようだ。
「主様は契約している魔獣が大変多い方なのですが、今日は仕事に出ているモノや雨のため眠っているモノも多く…。紹介はまたいずれに。」
「そうね、あたしもちょっと眠いもの。」
するとリリがイーラの腕を引っ張った。
「な、何?」
何か話すわけでもなく、ただどこかへ連れて行こうとするリリ。イーラは引っ張られるがまま付いて行く。
残ったツーデルトはまた目を細め、独り言を言う。
「リリは自分の寝床を貸しに行ったようですね。」
「ツーデルト、ありがとう。」
一部始終を見ていたギアが声を掛けた。
「おや、何のことですか。」
ツーデルトはギアの傍へと移動した。
「リリとの仲を取り持ってくれただだろ。俺はあいつ以外に契約している魔獣はいないし、アリシアには全くいないから。お喋り好きなくせに会話相手が少なかったから助かる。」
「しっかりしたお嬢さんのようだったので、リリも会話に積極的になるかと。」
「そうね。若い魔獣同士の交流は刺激になるでしょ。」
ロッドが会話に入って来た。
「アリシア以外、知り合いに遠慮がなかったあのギアが魔獣ちゃんに気を配るくらいなんだし。」
毎年、アリシアーレンに付いてロッドの家を訪ねながらも必ず留守番をしてきたギア。その間はもちろんロッドやロッドの魔獣がギアの相手をしてきたのだが、魔獣はともかく、ロッドには軽口ばかり叩いている。
昔、レフィアがアリシアーレンの元に居た頃、レフィアと仲良くなろうとして歩み寄ったものの「人間は嫌いだ」と真正面から拒まれたことが原因で、アリシアーレンやルウシャのような人当たりの良い魔女以外には少し警戒心が働くようだ。
挑発に乗りつつも「まるで子猫ね」と大人の余裕を見せた発言をしたロッドの言葉を思い出したギアは、何となく腹立たしくなって、暇ということもあってロッドが嫌がる言葉を口にする。
「今の“おじさんくさい”ですね、ロッド。」
「ああん?」
ロッドの目が吊り上がった。
〈追記〉2022/9/11
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