第5章、魔法使いの過去③
こちらではお久しぶりですね、お待たせしました。
今回は「古の魔法書と白の魔女」はお休みです。
ギアから大まかな説明を聞くと、アリシアーレンは箒で飛び立った。
ギアは祈った。村の無事を切に願った。
―――しかし、アリシアーレンは間に合わなかった。
アリシアーレンが到着した時、ギアの友人も、家族も…、村のほとんどの者が殺され、家屋は破壊されてしまっていた。辛うじて命だけ助かった者は、ギアとトトを除くとたったの4名だった。
アリシアーレンという救世主の到着を知らなかったゆえに、自分たちでどうにかしようと必死に抗った結果がそれだった。
村を襲った者たちは、一人残らずアリシアーレンに捕らえられた。そして、一人残らずレフィアによって報いを受けた。アリシアーレンが止めたため命までは奪わなかったものの、手足を切り落としたり火傷を負わせたりして、人を殺した罰を負わせたのだ。「自分たちの村を救うために他の村を襲って何が悪い」、そう悪態をついた襲撃者に、レフィアは、「傷付けられる痛みを思い知れ」と、嫌悪の目で魔法を放った。ただし、ギアがそれを知ったのは、随分後になってからだった。
ギアたち村の生き残り6名は、別の場所で生きることを決めた。しかし、亡くなった村の弔いが終わるまでの間、アリシアーレンの家に滞在させてもらうことになった。レフィアはアリシアーレンの弟子ではなく、用事があって訪ねて来ただけらしい。しばらくはアリシアーレンの家にいたが、ギアに魔法の才能があることが判明した頃、自分の家に帰って行ったようだった。
「ギア、私の弟子にならない?」
目線を合わせるようにしゃがみ、アリシアーレンはギアの手を取る。
「あなたには魔法使いの素質がある。きっと優秀な魔法使いになるわ。」
ギアは何も言わない。親という絶対的な信頼を寄せていた存在がいなくなり、どうすればいいのか分からないのだ。
「あなたにはまだ保護者が必要よ。それに、魔法の先生も。私はその両方になることができるのだけど、私が親代わりや先生では嫌かしら?」
ギアは首を激しく横に振った。嫌なんて気持ちは全くなく、むしろ嬉しいくらいだった。
ただ、それをどう伝えれば良いのかギアは分からず、まごついてしまう。
そんな子供らしい躊躇を見抜いたのは、トトだった。
「ギア、お前は魔法を学ぶべきだよ。」
背後から聞こえてきた声に、ギアは驚き振り向く。
そこには、あちこちに包帯を巻いた痛々しい青年の姿が。
「それも、アリシア様のような強い魔女の元で学ぶべきだ。強い魔法使いになって、誰かを助けられる人になるんだ。そうすれば、」
トトは静かに告げる。
「…俺のように、力がないことを嘆くことはないよ。」
その歪んだ表情を見て、ギアは罪悪感を覚えた。この数日、ギアはトトと顔を合わせる度、自分だけを連れて逃げたトトを責めるように睨んでいたのだ。
「…トト兄。」
「アリシア様、ギアを、よろしくお願いします…。」
トトは頭を下げると、よろよろと家の外に出た。
きっとまた泣きに行ったのだろう。先日の夜、一人外へと出たトトを追いかけた時に見た光景を思い出し、ギアはトトへの態度を反省した。
「…アリシア様、おれ、おれ…。」
「分かっているわ。」
アリシアーレンはギアを抱きしめる。
「ご両親を亡くしたショックが大きいのね、だからすぐには心の整理がつかない。でも、悲しいのはあの子も同じよ。いつかあの子の言葉が分かる時が来るまで、それを覚えていてあげて…。」
ギアは何とも言い難い感情で言葉が詰まり、アリシアーレンを抱きしめる。
「私は死なない。だから、いつか巣立つその時まで、あなたの傍に居ると約束するわ。」
「はい、アリシア様…。」
アリシアーレンはギアの頭を撫で、微笑んだ。
「弟子たちは皆、私をアリシアと呼ぶわ。あなたも今日から私の弟子なのだから、“様”はいらないわよ、ギア。」
「―――はい。アリシア。」
「…ア、ギア!」
イーラの声に、はっと現実に引き戻されるギア。
「あの人、あたしを助けてくれた人よ。お礼を言わなくちゃ!」
イーラが手で指し示した方向には、一人の老婆が。確か、病院で足の治療を受けていた人だ。
「まあ、フィーニ。」
アリシアーレンが先に声を掛ける。
「先日はありがとうございました、魔女様。」
フィーニは頭を下げると、イーラを見てニカッと笑った。
「大活躍だったね、リスさん。」
「イーラよ。さっきはありがとう! ギア、このおばあちゃんが、投げ飛ばされたあたしを受け止めてくれたのよ!風の魔法で送り出してくれたし、すごかったわ!」
ギアの両手の上で飛び跳ね、興奮気味のイーラ。
「いいや、大したことはしてないよ。」
「何を言ってるんですか、前神殿長の魔法使いさん。すごいじゃないですか。」
突如、二人の花火職人が話に入って来た。
「アインさん、ディーン君も。」
「儀式後に花火を打ち上げる予定だったんですけど、どうやら事件があったようなので。」
「待つように指示を出されました。それにしても、愚かな犯人たちでしたね。ここには最強の魔女も魔法使いも集まってきているというのに。」
あまりアリシアーレンは言わないが、魔女の中でも特に優秀な部類に入る。その弟子であるギアももちろん優秀で、現神殿長のウィスカル、そして元神殿長のフィーニも街では名の知れた魔法使いである。
チャドはなかなか強い魔女のようだったが、この面子に勝てる見込みは全くなかった。
「ふふふ。」
アリシアーレンは含み笑いを浮かべる。
「でも、ルウシャに目を付けたことを考えると、愚かと言えないかもしれないわね。」
そう、ルウシャは力が弱く、あまり魔女としての力を期待できないはずだ。それなのになぜ、この街に来たのか。それは、ルウシャの類まれなる力を知っていたからだろう。
「ルウシャ様は、治癒系の魔法が得意でいらっしゃる。それを利用しようと考えたんでしょう。」
フィーニが心配そうにルウシャのいる方向を見た。ルウシャはちょうど、チャドの手を引いて神殿の奥へ移動するところだった。神殿長がこちらに気付いて一礼し、その後に続いた。
「だとしても、アリシア様の存在を侮っていたのでしょうから、やはり彼らは愚かだったんですよ。」
またもや第三者の声。ギアは顔を見る前にそれが誰か分かった。
「…トト兄。」
「こんにちは。」
穏やかな雰囲気は相変わらずだ。
「あれ、お義兄さん。」
アインが少し驚いた声を出す。
「どうしたんです?」
「奥さんに言われたんだ。アリシア様とギアに挨拶に行けって。」
「なるほど。」
「あ、アインさんのお姉さんとご結婚されたっていう…。」
ディーンが言葉を挟む。
「トトだよ。飲食店を経営しているよ、よろしくね。 あ、妻が娘たちと一緒に花火楽しみにしてるから頑張れだって。」
「仕事終わったら姪っ子に会いたいから待ってて、って伝えてもらえます?」
「もちろんだよ。」
そしてトトはギアに向き直る。
「久しぶり。元気だった?」
「うん。トト兄は?」
「店が忙しくてくたくた。でも楽しくて幸せだ。」
トトは微笑んだ。
「お前はやっぱり人を助けられる男だね。魔女様を助けてくれてありがとう。」
そう告げると、アリシアーレンたちに一礼して去ろうとした。そこにギアが慌てて声を掛ける。
「でも、トト兄が俺を助けてくれたから今があるんだ。…ありがとう。」
トトはそれを聞くとポカンとしていたが、やがて笑顔を見せた。
「後で俺の店に食べに来てくれよ!」
「もちろん!」
二人のわだかまりは10年の時を超え、今、消えた。
「さーて、そろそろ僕らも戻ろうかな。失礼します、皆さま。」
「花火、楽しみにしているよ。」
「はい!」
アインとディーンは去っていった。
「どれ、あたしはひ孫を見に行くか。」
「ひ孫さんがいらしてたんですか?」
「ああ。さっきの儀式で一人大きいのがいただろう、あれがそうだよ。」
「まあ、そうだったのね。お疲れ様、フィーニ。」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。」
そうしてフィーニも去った。
「さて、私たちも部屋に戻って着替えましょう。」
「はい。」
「早くしないと花火が始まっちゃうわ!」
イーラの言葉通り、すぐに花火が上がり始めた。
「わ~~~!!」
廊下の窓から見る鮮やかな華々に、イーラは感動の声を上げる。
「今年も綺麗ね。」
空を見上げて笑うアリシアーレンの横顔を見つめ、ギアは答える。
「…ええ、綺麗です。」
ギアは大人になった。
トトの残酷な決断とその判断の正しさを理解できるほど、その後の葛藤まで察することができるほどに…。
アリシアーレンというかつて母のようにも思っていた女性に対する恋心を自覚するほど、難しい恋と知りながら惹かれずにはいられない悲痛さを経験するほどに…。
〈どうでもいい裏設定〉
・トトの初恋の相手はレフィア。しかし、告白する間もなくレフィアは自分の家に帰ってしまい、それきり会っていない。
・トトには現在二人の娘がいる。




