第5章、魔法使いの過去①
今回「古の魔法書と白ノ魔女」はお休みです。
「うああああああああっ!!!!」
太陽が沈み切る直前の夕暮れ。
子供は一人、森の中で泣き叫んでいた。堪えていたものを全て吐き出すように声を上げるその眼前には、昼間に見た光景のおぞましさを思わせる赤色が、
どす黒い感情が心を侵食するようにじわじわと広がっている。
「父さん、これから狩りでしょ?おれも付いて行くよ!」
「いや、今日は狩りは中止だ。」
子供はわくわくと楽しそうな様子から一変、むくれた顔になった。
「なんで?!」
「…外の様子がおかしいからだ。最近、村同士の争いが多いとは思っていたが、隣村の動きがあやしい。」
険しい表情を浮かべる父親は、子供の頭に手を置いた。
「だから、出かけるのはなしだ。村の中で遊んでいなさい、ギア。」
ギアと呼ばれた子供は父親の手を払いのけると、返事もせず友人の家へと走った。
「おれも街に行くの楽しみにしてたのに、かあちゃんがだめだって。」
「つまんねーの。」
「どうせ大丈夫なのにさ。ここのところ、ずっとそうじゃん。」
7、8歳くらいの子供が5人、森の中を歩いて大人たちへの不満を語り合っていた。
友人と合流した後、村を出て森に入ったギア。拾った枝を振り回し、石を蹴る。
「万が一、隣村のやつが来たらどうする?」
恐々(こわごわ)といった様子で切り出した友人に、強気な友人はふんぞり返って答える。
「おれらで追い返す!!」
「そうだよ、皆でやっつけよう!」
ギアの賛同に、おー、と腕を突き上げる子供たち。
「それはどうかな。」
突如聞こえた青年の声。
大人に見つかった、そう思ってびくりと身体を震わせた子供たちだったが、声のする方を振り向くと表情を緩ませて駆け寄り、その小さな手で叩き始めた。
「なんだよ、トト兄じゃん!」
「おどろかせるなよ~!」
トト兄と呼ばれ子供たちに親しまれているこの青年は、子供の面倒見が良いと評判の若者だ。現に今も、子供だけでこそこそと森へ出掛けたのを見つけ、こっそり後をつけて来たのだった。
「大人はお前たちが思っているほど優しくはないぞ。」
「おれたちだって強いんだ!ぜったいに負けないよ!」
「お前たちが全員で一人の大人に襲い掛かったとしても、お前たちは負けるよ。」
「そんなことはない!」
「みんなトト兄にかかれ~!!」
腕や足に絡みつかれたトトは、姿勢を崩すようによろけた。
「おっとと。」
「ほら見ろ!おれたちの方が強いんだ!」
「降参しろ、トト兄!!」
「ははは…。降参、降参。」
ついに尻もちを着いたトトは困ったような笑いを浮かべていた。トトは、森に行く口実に持ってきた斧で子供たちを傷付けまいと飛びつかれた瞬間に手放すほど、非常に優しい人であることを子供は理解していなかった。
「さあ、皆そろそろ戻るよ。」
「えー。」
「もうちょっと遊んでから!」
「だめだよ。本当に危険なんだから。」
不満げな子供たちを優しく丁寧になだめるトト。このようなところが、子供たちに人気である理由だった。
「…分かった。なら、帰ったら遊んでよ。」
ギアが妥協案を出すと、トトは笑って頭を撫でた。
「分かったよ。おにごっこでも、かくれんぼでも、たたかいごっこでも喜んで。」
しかし、その約束は果たされなかった。
「うおおおおおおおおおおお!!」
「きゃあ…!」
「いやあああああああ!!」
「助け、て…!」
「わああああああああん!!」
「あああああああああ!!!」
トトと友人と、手を繋いで戻った村。
そこはもう、いつもの村の光景ではなかった。
男たちはボロボロになってでも侵入者と戦っているが、装備に明らかな差があり必死の顔だ。女たちは次々と捕まり、抵抗すれば血を流して倒れた。年寄りは燃える家々からよろよろと這い出てくるも、待ち構えていた敵に一突きにされてしまう。子供は恐ろしさで泣きわめき、動かぬ親の身体に縋りつくも、そこを斬られて倒れ伏す。赤子は大人の手から取り上げられ、炎の中へ放り投げられた。
何もかもが赤い。地面も家も、人も。全てが赤く染まっている。
「か、かあちゃーーーん!」
ギアの友人が、倒れている誰かに駆け寄る。
次々と子供たちが自分の手を振り切って駆け寄る姿に、トトははっと現実に連れ戻された。
「父さ、」
血だまりに重なるように倒れている父親に声を掛けようとしたギアの口は、トトによって塞がれた。
「静かに。」
そして、ぺたりと座り込んでしまっている子供の肩を叩いた。気付かれぬよう、小声で伝える。
「立つんだ。」
「……っ、…っ!!」
しかし、声も上げずに震えて泣くばかりで、動けない様子だった。
「…っ。」
その刹那、トトは残酷な決断を下した。
動けない子供の肩から手を離すと、ギアをだき抱えた。片手で斧をしっかりと持ち直し、猛スピードで来た道を引き返した。
ギアはトトの首にしがみつきながら、母親を斬った男が友人に向かって剣を振り上げている様子や、置いて行かれることに気付いた絶望の顔でこちらを見つめる友人の様子を、見開いた目にしっかりと焼き付けた。
「トト兄…みんなが…村が…。」
村がすっかり見えなくなるほど走ったその先で、ギアはようやく声を出した。
「はあっ、はあっ、はあっ‥‥。」
トトは苦し気な表情で未だ走り続けている。
「うわっ!!」
「大声、出さ、ないで…っ。」
息も切れ切れ、言葉を返すトト。ギアはそれを悠長に聞いていられなかった。
「トト兄、後ろから誰か…っ。」
「…!!」
ギアの目には、殺気を放つ人影が映っていた。よく見ると、男が三人。追手だ。
(あの時、気付かれていたか…っ。)
「ギア、よく聞いて。」
決意を胸に、トトは告げる。
「もう少し走ったところに大きな木がある。その木には、お前が通れるだけの小さな穴がある。そこに潜って、下へ降りて行くんだ。穴の先は空洞だ。暗くて怖いかもしれないけど、絶対に音を立ててはいけないよ。分かったね?」
「分かった…。」
トトが言った通り、すぐにそれは現れた。
他とは違う雰囲気を持つ大樹。太く立派な幹には、ギアがやっと通れるかぐらいの隙間ができている。
「行け!!」
トトはギアを穴へねじ込んだ。
足場を確認する間も、幹に絡む蔦を掴む間もなく、手放される。
「わあああ!!」
落ちる落ちる。ギアは、どてっと尻もちを着いた。
「~!~~!!」
声が微かに聞こえてきた。上を見上げると、僅かに夕日が差し込んでいるのが見える。
「うわっ!」
突如、その光に影が差したと思うと、矢が降って来た。誰かが穴から弓矢を打ってきているのだ。
「…っ。」
トトの言葉を思い出し、自らの手で口を塞ぐと、矢が当たらない奥へと身を隠した。岩が多く、湿っぽい。
(どこかに行ったかな…?)
やがて、矢が降らなくなった。しかし代わりに、パチパチと音が聞こえる。
ギアは気付いていなかった。敵が木に火を点けたことを。古くて空洞があるこの木は、とても燃えやすいことを。
「っ、ごほっ、ごほっ。」
辺りが煙くなり始めて、ようやくギアは自分の身に危険が迫っていることを知った。
「助けて!助けて!!」
外には出れない。しかしこのままでも危険。ギアは助けを求めて叫ぶしかなかった。
「助けて!!」
届くはずもない悲痛な叫び声。
―――のはずだった。
「中に誰かいるの?!」
聞こえてきたのは、女性の声。
「助けて!!誰か!!!」
ギアは力一杯叫ぶ。切実な思いで助けを求める。
「今、助けるわ!!」
祈りは届いた。




