第4章、祭りと儀式③
今回は「古の魔法書と白ノ魔女」はお休みです。
あちこちで悲鳴が上がった。
アリシアーレンとルウシャが、縛り上げられている。二人の体には、蔦のようなものが。
「ア―――!」
イーラが叫ぼうとして、ギアに止められた。
「ルウシャ様っ!」
「アリシア様!!」
「魔女様ー!」
傍に居た神官たちが助けようとするが、近寄った瞬間……というより、動いた瞬間に蔦に阻まれる。
この間もチャドは無表情だ。その目には何の感情もないまま、蔦を操っている。
「誰も動くな。」
ホールの後方から、声がした。
そして、一人の男が前に進み出て来た。50代くらいの、ひげの濃い男だ。その後ろを、男より少し若そうなおどおどした女と、20代くらいの高慢そうな女が付いて行った。
男はチャドに近付き、こう言った。
「よくやった。」
チャドは男の方へと振り向いた。目の色が変わっている。黒だったのが、青に。そして、瞳の中には……黄色の星が浮かんでいる。
(あの子供は魔女だったんだ!…なるほど。だからアリシアたちは声を掛けたのか。)
ギアは納得した。
男を近くで見て、ウィスカルが口を零した。
「お前は…!」
男が振り向いた。
「どうも、ウィスカル殿。」
「なぜこんなことを!?いや、それ以前に…生きていたのか!」
「ええ。私の村は野蛮人共に焼かれましたが、私たちはチャドを連れて何とか。」
「村の者や他の神官はどうした?見捨てたのか!?」
「見捨てたわけじゃありませんよ。“助けられなかった”んです。私としても、皆より魔女を優先するのは心が痛かったのです。この気持ち、同じ上に立つ者同士、分かってくださるでしょう?」
大げさに肩を落として話すその様子は、どう見てもうさんくさい。
「戯けたことを…!!」
ウィスカルは怒りを露わにした。いつも穏やかに笑っている彼からは想像もつかないほど、怒気で満ちている。
「お前たちのような者を神官とは認めておらぬ…!!」
「私たちの方こそ、あなた方のことが信じられません。魔女をこのように自由にさせているなんて。」
ギアは今までの話を聞いて理解した。この男は元神官…おそらく他の場所の神殿長だ。それも、魔女を神殿に縛り付けるような残酷な習慣を持つ連中だ。
かつて、魔女から魔女が死ぬ方法を聞き出した人間がいた。その者たちは、死ぬ方法を知る全ての魔女を殺し、その情報を抹消した。そして魔女を神殿に閉じ込め、その力を利用し始めた。魔女は、人間にとって宝が湧き出る道具だった。
人間の強欲さはとどまることを知らなかった。魔女がもたらす豊かさを余すことなく自分のものにするため、魔女の心を壊し、逃げ出さないよう魔法使いが厳重な魔法を掛けた。魔法使いが使える魔法は限られているため、魔女が抵抗すれば簡単に逃げられるとも思われたが、そういかない状況があった。神殿にいる魔女のほとんどが若くて経験の浅い者だったため、多くの魔法使いを相手にするのは難しく、また、洗脳に抗うには精神が未熟だった。抗う術を持つ魔女の場合でも、力の弱い魔女や若い魔女が人質に取られてしまった。
こうして、人間は残虐な行いを重ねていった。富を求めて真似を始める土地が増え、魔女を利用して当然と考える者が増えてしまった。
ギアは拳を握り、肩を震わせた。その様子に、隣にいた神官たちがそっとギアの前に立ち、死角を作った。動きでバレるかと思われたが、男たちは一番端にいる者たちの様子など気に留めていないようだった。
ギアは冷静さを取り戻した。そして、先ほどとっさに身を隠させたイーラに目で合図をし、こっそり床に下ろした。イーラは人の足の間をちょろちょろと駆けて行った。
「居場所を無くしたことには同情するが…。魔女様に対して、酷い扱いをし続けていることには我慢がならん!」
「野蛮人はお前たちの方だ!魔女様を神殿に閉じ込めるだけでは飽き足らず、こき使うとはっ!!!」
「多大なるご恩に対して何という無礼っ!恥を知れ!!!」
神官が声を荒げる。
「黙れ!」
若い女が怒り出した。
「魔女は閉じ込めておくのが一番なんだよ!逃げたら生活ができなくなる!!」
これに対して、神官見習いが応戦する。
「魔法使いがいるだけでも十分生活は遅れるはずだ!お前たちは贅沢を求めているだけだ!!」
「そうだ!魔女様を犠牲に富を得ようとしているだけだ!!」
「なぜそんな非道な行いができる!?」
「うるさい、黙れ!!」
女が杖を取り出した。見習いに対して、脅すように杖を向ける。
見習いたちは口をつぐんだ。が、依然として女を睨み付けている。
「や、やめなさい…そこまでする必要はないでしょう…。」
今まで黙っていた女が口を挟んだ。
「ママは黙ってて!!」
中年の女がひるんだ隙に若い女は話を続ける。
「あたしたちの村はね、他の村に襲われたのよ。あいつらよっぽど貧しかったのね、神殿より先に裕福そうな家を狙ってた。あたしたちはその隙に逃げることができたたのよ。でも食料もお金も何にもない!だから奪い返そうと思ったの。でもね、チャドだけじゃ心許ない。だからあんたたちのところの神殿魔女を“借りて”行くわ!」
「魔女さえ借りればそれでいいって言ったじゃない!面倒事はごめんよ、早くして!!」
「だから黙ってなさいよ!何もできないくせに!!」
女二人が言い争いを始めた。
「おいおい、やめないか。」
男がため息を吐きながら、女の方へ。チャドからどんどん離れていく。
「今よ!!!」
アリシアーレンが声を上げた。
それと同時にアリシアーレンは、自分とルウシャ、そして、何人かの神官に巻き付いていた蔦を切り落とした。すぐさまルウシャは神官に保護され、神殿の奥へと姿を消した。
「こいつめっ!!」
イーラが若い女の顔に飛び掛かった。
「きゃあっ何これ!?」
女はイーラを引きはがして放り投げた。その瞬間、神官見習いが魔法で女を拘束した。
「…っ!!」
女は必死に解こうとしたが、見習いの前に滑り込んだ神官が杖を奪った。他の神官も追いつき、拘束魔法を強化した。
「……っ。」
うろたえる中年の女は、見習いたちによってあっさり拘束された。抵抗する気もないらしい。
「ああああああっ!!!」
一方、男はウィスカルから電気をくらって膝をつく。それでも杖を振りかざす男は叫んだ。
「チャド!!!」
しかし彼が呼び掛けに応えることはなかった。チャドはすでに床に伏しており、それをギアとアリシアーレンが監視していた。
実は、イーラを床に下ろした後、ギアはしゃがみ込んで前方へと移動していた。ギアとイーラ、その他神官の準備が整ったのを見たアリシアーレンの合図で、ギアはチャドに掴み掛かった。床に転がしたところで飛び退き、すかさずアリシアーレンが拘束した。それ以降、チャドは全く動かない。
「くそっ!」
近くの神官に目掛けて杖を振ろうと腕を上げた男だったが、そこに飛び掛かったものがいた。
イーラだ。
女に放り投げられていたはずだが、戻って、今度は男の腕に噛みついている。
「痛っ!!」
男は思わず杖を離した。イーラはその杖を咥えて大きくジャンプした。
「このっ!!」
男はイーラを捕まえようと手を伸ばしたが、そこにまた電気が流された。
イーラは無事、神官にキャッチされた。
「くそおおおおおおおお!!」
男の叫びが神殿に響き渡った。
男たちが連れ出された後。
「さて。あなたはどうしましょうか?」
アリシアーレンがチャドに尋ねた。
「……。」
チャドは床に転がったまま、黙り続けている。疲れ切った顔、空っぽな目で、横たわっている。
「…君はあいつらに閉じ込められていたんだね?そして…働かされていた。」
ギアの問いかけに、チャドが視線を移した。ギアを見つめ、こくりと頷いた。
「…ぼくは」
視線を床に戻し、口を開いたチャド。
「死にたい……。」
それは、酷く落ち着いた声だった。感情の起伏のない、静かな声音。
涙が零れた。頬を伝って、床へと落ちる。
「死にたい…。死にたいよ…。母さま…、父さま…、ぼくも連れて行って欲しかった…。」
静かに涙を流し始めるチャド。
アリシアーレンはチャドの拘束を解いた。そしてその体を抱き上げ、膝に乗せた。
「若いうちに捕まったのね。あなたは何歳?」
「…14歳。」
ギアと神官は息をのんだ。そんなに若いとは思わなかったのだ。魔女は見た目で年齢を推測することが難しい。人間からしたら14歳は自立を始めた若者であるが、精神の成熟が非常に遅い魔女にとっては幼い分類である。
―――幼子同然の魔女が閉じ込められ、働かされていた。そのことは衝撃的だった。
「母さま父さまと呼んでいたわね。親はどうしたの?」
「人間に捕まる前に逃げた…みたい。赤子だったぼくは置いて行かれたって…。」
「そう…。」
アリシアーレンはチャドの頭を撫でた。
チャドはぼんやりと床を見つめている。
「あなたはこれからどうしたい?―――残念だけど、死ぬことはできないわ。」
「……。」
チャドはまた黙った。だが、しばらくして口を開いた。
「分から、ない……。」
(きっと外の世界を知らないんだ。)
ギアは胸が痛んだ。
「わたくしと共に暮らしませんか?」
沈黙を破ったのは、少女の声だ。ルウシャがいつの間にか戻って来ていた。
「ルウシャ。」
アリシアーレンが声を上げた。神殿に悪い思い出しかないチャドに対して、そんな提案をするのは意外だと感じたのだろう。
「チャド。」
ルウシャがチャドの手を引いた。チャドはアリシアーレンの膝から降り、床にぺたりと座った。涙の止まった目の奥、星がきらきらと瞬くばかり。
「神殿が嫌いかもしれませんが…。酷い人間も冷たい魔女もいない、そんな場所で、自由を感じてほしいのです。この街は温かくて優しい、素晴らしい場所。きっと心を取り戻せるはず。」
ルウシャがチャドを優しく抱きしめた。アリシアーレンはそっと離れる。
「今までが間違っていたのです、やり直しましょう。わたくしが、あなたの家族となって支えますから。決して見捨てません。必ず一緒にいます…。」
「……。」
チャドは何の反応もしない。抵抗することも、抱きしめ返すこともしない。
ただルウシャに体を預け、目を瞑った。
それを静かに見守っていたギア。ギアは、ルウシャとチャドの姿に自分の過去を重ねて見ていた。
ギアは幼い頃、家族を亡くし、絶望で倒れていたところを―――アリシアーレンに拾われたからだ。




