5、追跡者
警報が鳴り響いていた。
赤い光が、地下施設の長い廊下を一定の間隔で照らしている。
「こっち!」
ユナが先頭を走る。
その後ろをレンとミサキが続く。
レンは走りながら何度も後ろを振り返った。
「本当に追ってきてるのか?」
「うん」
ミサキが答える。
「しかも、かなり近い」
「何で分かる?」
「複製した異能の一つに《探知》があるから」
「……便利すぎないか、その能力」
「褒め言葉として受け取っておく」
「褒めてない!」
廊下の奥から轟音が響いた。
――ドンッ!!
壁が吹き飛ぶ。
「来た!」
ユナが叫ぶ。
三人は足を止めた。
煙の向こう。
黒い装甲を身につけた集団が現れる。
先頭に立っているのは――
第四章でレンたちを襲った男だった。
「……ADMIN」
レンが拳を握る。
男はゆっくり歩いてくる。
「黒瀬レン」
「……」
「逃げる必要はない」
男は冷静に言った。
「お前はまだ何も理解していない」
「だったら教えろよ」
レンが一歩前へ出る。
「俺は何者なんだ?」
男は答えなかった。
代わりに手を上げる。
「確保する」
後ろのADMINが一斉に動いた。
「来るよ!」
ミサキが前に出る。
右手を掲げた。
「《複製》」
炎。
雷。
風。
氷。
四種類の異能が同時に発動する。
廊下が一瞬で戦場へ変わった。
「すご……」
レンが呟く。
「見とれてないで!」
「分かってる!」
レンも走る。
最初のADMINが剣を振り下ろした。
レンは身体を横へ滑らせる。
剣が床を削る。
「《反転》!」
レンが剣に触れる。
刃の進行方向が反転する。
ADMIN自身の剣が、腕を引っ張るように後方へ飛んでいった。
「一体!」
続いて二体。
三体。
レンは次々と攻撃を反転させる。
しかし――
「数が多い!」
十体以上のADMINが迫る。
レンは後退する。
そのとき。
「レン!」
ユナが叫んだ。
レンの足元に黒い亀裂が開く。
「飛んで!」
「え?」
「早く!」
レンは反射的に跳んだ。
次の瞬間。
亀裂から巨大な黒い刃が飛び出した。
ADMINたちをまとめて飲み込む。
「……!」
レンは着地する。
「ユナ、お前……」
「《削除》は便利だから」
ユナが笑う。
しかし。
その笑顔は一瞬で消えた。
「……まだいる」
煙の向こう。
一人の男が歩いてくる。
先ほどのADMINだ。
傷一つない。
「嘘……」
ユナが呟く。
男が言う。
「私たち管理者に、通常の攻撃は通用しない」
右手を上げる。
空間に巨大な文字が浮かぶ。
《REWRITE》
レンの身体が突然動かなくなった。
「……!」
「お前の行動権限を停止する」
「そんなこと……!」
レンは必死に腕を動かす。
動かない。
ユナも同じだった。
「くっ……!」
ミサキだけが動いている。
「なら!」
ミサキが能力を複製する。
「《加速》!」
身体が一瞬で加速する。
男の背後へ回る。
「《雷撃》!」
雷が落ちる。
――バァン!!
しかし。
男は振り返りもしない。
「無意味だ」
ミサキの動きが止まる。
「な……」
「管理権限を持つ者に、Eden内の異能は通用しない」
男がミサキを見る。
「お前も同じだ」
ミサキが膝をつく。
「……そんな」
レンは歯を食いしばる。
どうする。
動けない。
ユナも。
ミサキも。
このままでは――
そのとき。
レンの右手が震えた。
「……?」
指先から、黒い光が漏れる。
男が初めて表情を変えた。
「……やめろ」
「え?」
「その能力を使うな」
「何を言って――」
「《反転》ではない」
男の声が震えていた。
「お前の本当の能力は――」
レンの右手から黒い光が広がる。
周囲の空間に亀裂が走る。
《REWRITE》
その文字が――
反転する。
《ETIRWER》
そして。
消える。
レンの身体が自由になった。
「……俺が」
レンは右手を見る。
「システムそのものを……?」
男が後退する。
「ありえない」
「……」
「まだ完全覚醒していないはずだ」
「覚醒?」
レンが一歩近づく。
「俺の記憶を消したのも、お前たちか?」
「違う」
男は答える。
「お前自身だ」
「またそれかよ……!」
レンが叫ぶ。
「じゃあ、何で俺は記憶を消したんだ!」
男は黙った。
その沈黙を――
ミサキが破った。
「……私、知ってる」
レンが振り返る。
「え?」
ミサキは苦しそうに言った。
「五年前の最後の日」
ユナの顔が強張る。
「ミサキ……」
「言わなきゃ駄目」
ミサキはレンを見る。
「あなたは、Edenを完成させた」
「……」
「でも、その直後」
ミサキの声が震える。
「現実世界で、大規模な事故が起きた」
レンの頭に映像が浮かぶ。
研究施設。
警報。
逃げる人々。
崩壊する巨大な装置。
「あなたは、その事故を止めようとした」
ミサキが続ける。
「そして――」
ユナが目を伏せる。
「あなたは、自分の能力を使った」
「何をした?」
「世界そのものを反転させた」
レンは息を止めた。
「世界を……反転?」
「現実と仮想世界を入れ替えたの」
ユナが言った。
「その結果――」
彼女の声が小さくなる。
「あなたは自分の記憶を消して、普通の生活を始めた」
「じゃあ……」
レンは周囲を見る。
「今いるここは?」
ユナが答える。
「Eden」
「じゃあ現実世界は?」
誰も答えない。
沈黙。
その答えだけで十分だった。
レンの顔が青ざめる。
「……俺たちが現実だと思ってた世界は」
ユナが言う。
「Edenの中に再現された世界」
レンは何も言えなかった。
五年間。
学校へ行き。
友達と笑い。
家に帰り。
普通に暮らしていた。
それが全部――
仮想世界だった。
そのとき。
施設全体が大きく揺れた。
天井から巨大な画面が降りてくる。
そこに映ったのは――
第四章で見た男。
レンと同じ顔。
ZERO。
『ようやく気づいたか』
レンが画面を睨む。
「お前は誰だ」
『お前だよ』
「……」
『正確には――』
ZEROが笑う。
『五年前、お前から切り離された「もう一人の黒瀬レン」だ』
レンの目が見開かれる。
『記憶を失ったお前が「現在のレン」』
『そして俺は――』
ZEROの目が赤く光る。
『お前が捨てた記憶と能力を持つ「過去のレン」』
画面が消える。
最後に一つだけ。
『さあ、取り戻そう』
暗闇の中。
その言葉が響いた。
『本当の世界を』
レンは拳を握った。
そして初めて、自分自身に問いかける。
――俺は。
――何のために世界を作った?
その答えを知るためには。
まず。
自分自身と戦わなければならない。
――第五章・終




