4、白い少女
写真が床に落ちた。
乾いた音が、静かな部屋に響く。
レンは拾おうとしなかった。
拾うことができなかった。
指先が震えている。
「……俺が、Edenを作った?」
モニターに映る五年前の映像。
そこにいる少年は、確かに自分だった。
今より幼い。
けれど、顔も声も間違いない。
少年の隣には、ユナがいる。
さらにその隣には――カイ。
レンはモニターへ近づいた。
「これ……本物なのか?」
「本物だよ」
ユナが答える。
「でも、どうして俺は覚えてない?」
「あなたが消したから」
「俺自身が?」
「うん」
ユナは視線を落とした。
「五年前、あなたは自分の記憶を全部消した」
「なんで……?」
「怖かったから」
「何が?」
ユナは答えない。
代わりに、部屋の奥にある扉を見る。
「ここから先に行けば、全部分かる」
「じゃあ、行こう」
「……本当に?」
「ここまで来たんだ」
レンは拳を握った。
「もう逃げたくない」
ユナは少しだけ笑った。
「そう言うと思った」
二人は扉へ向かった。
その瞬間。
――ガシャン!!
天井が崩れた。
「!」
レンがユナを突き飛ばす。
巨大な金属片が床に落ちる。
その向こうから、人影が現れた。
「……誰?」
レンが身構える。
少女だった。
長い黒髪。
白い制服。
その手には、透明なナイフのような武器が握られている。
「初めまして」
少女は静かに言った。
「私は天城ミサキ」
レンを見つめる。
「あなたを迎えに来た」
「ADMINか?」
「違う」
ミサキは首を横に振る。
「私は――」
ナイフを構える。
「異能者」
次の瞬間。
ミサキの姿が二つになった。
「……!」
三つ。
五つ。
十人。
部屋の中が、ミサキで埋め尽くされる。
「何だこれ……」
「私の異能」
十人のミサキが同時に言った。
「《複製》」
レンが息を呑む。
「分身?」
「少し違う」
一人のミサキが笑った。
「私は、人間だけじゃなく――」
右手を上げる。
その手から炎が噴き出した。
「異能そのものを複製できる」
「!」
炎。
雷。
氷。
風。
次々と異なる能力が現れる。
「こんなの……反則だろ」
ユナがレンの前に立つ。
「ミサキ。どうしてここが分かったの?」
「簡単よ」
ミサキは答えた。
「私たちの中に、裏切り者がいるから」
「……」
ユナの表情が変わる。
レンは彼女を見る。
「どういう意味?」
「ユナ」
ミサキが呼ぶ。
「あなたは五年前、レンと一緒にEdenを作った」
「……」
「そして、レンの記憶を消した」
「……そう」
レンは息を呑む。
「ユナが……?」
「違う」
ユナがすぐに否定する。
「私は――」
その瞬間。
ミサキが炎を放った。
「話は後!」
巨大な炎が迫る。
レンは右手を突き出した。
「《反転》!」
炎の流れが逆方向へ変わる。
しかし。
ミサキは笑った。
「予想通り」
別のミサキが手を上げる。
「《複製・反転》」
「……!」
レンの能力が――
複製された。
ミサキの周囲に、黒い光が集まる。
「あなたの異能も使える」
「そんな……」
ミサキが手を向ける。
「《反転》」
レンの身体が突然浮き上がった。
「うわっ!」
上下が逆になる。
天井が地面になったような感覚。
レンは必死に空中で身体を回す。
「レン!」
ユナが走る。
しかし。
氷の壁が二人の間に出現した。
ミサキが笑う。
「どうする?」
レンは空中で考える。
《反転》同士。
なら――
「……!」
レンは気づいた。
自分が反転させられているなら。
相手の《反転》を――
「反転させる!」
右手を伸ばす。
ミサキの能力に触れる。
「《反転》!」
黒い光が弾けた。
ミサキの能力が反転する。
「な――」
今度はミサキ自身が天井へ引っ張られた。
「っ!」
レンは着地する。
「能力はコピーできても――」
右手を構える。
「使い方まではコピーできないみたいだな!」
ミサキの表情が変わった。
「……面白い」
彼女は笑う。
「やっぱり、あなたは彼の言った通り」
「誰のことだ?」
「カイ」
レンの動きが止まる。
「カイが?」
「ええ」
ミサキは複製を解除した。
「『レンはまだ、自分の本当の能力を理解していない』って」
「……」
「だから私が確かめに来た」
ミサキは武器を下ろした。
「あなたが本当に――」
一瞬だけ、悲しそうな顔をする。
「あのときのレンなのか」
レンは聞き返す。
「あのときって……?」
ミサキは答えない。
代わりに、一枚のデータカードを投げた。
「これを見て」
レンが受け取る。
カードを端末に接続する。
映像が再生された。
五年前。
白い研究室。
そこには大勢の研究員がいた。
中央に立つ少年――レン。
その隣にユナ。
そして、カイ。
研究員が言う。
『NULL PROJECT最終段階へ移行します』
少年のレンが答える。
『これで、人間は世界を自由に作れる』
別の研究員。
『しかし、世界を書き換える能力が発現した場合――』
少年は笑った。
『大丈夫』
そして。
右手を前へ伸ばす。
『僕が、世界のルールを決めるから』
映像が途切れる。
レンは言葉を失った。
「……俺は」
ユナが目を閉じる。
「そう」
「俺は……何をした?」
「世界を作った」
「そのあと?」
沈黙。
長い沈黙。
そしてユナが言った。
「世界を壊した」
レンの心臓が大きく鳴った。
「……Edenを?」
「違う」
ユナが首を振る。
「あなたが壊したのは――」
彼女の赤い瞳がレンを見る。
「現実世界」
――その瞬間。
部屋全体が激しく揺れた。
警報。
赤い光。
モニターに文字が表示される。
《ADMINISTRATOR接続》
《NULL PROJECT再起動》
《最終実験を開始します》
ミサキが顔を上げた。
「まずい」
「何が?」
「私たちが見つかった」
ユナがレンの手を握る。
「走って!」
三人が部屋を飛び出す。
その背後で。
モニターに、一人の男の顔が映った。
白い髪。
冷たい目。
そして――
レンと同じ顔。
画面の男が笑う。
『久しぶりだな、レン』
レンが振り返る。
『もう一人の俺』
画面が暗転する。
そして最後に、一つの文字だけが残った。
《ZERO》
――第四章・終
こんにちは、あまり挨拶できておらずすみません。雛です。毎週この曜日で投稿していくつもりです。みんなが何時に投稿されていたら、読みやすいのか検証するために時間は都度変えています。投稿時間のリクエストが有れば、コメントください。




