閑話Ⅱ 五年前
五年前。
僕は、世界を作ろうとしていた。
それが正しいことだと、信じていた。
***
「レン、もう休んだら?」
「まだ大丈夫」
研究室の中央。
僕は一人、巨大なモニターを見つめていた。
そこには、まだ何もない。
ただの黒い空間。
でも。
その奥には、僕にしか見えないものがあった。
線。
光。
無数の数字。
世界を構成しているもの。
「これが……世界のデータ」
指を動かす。
光の線が伸びる。
建物ができる。
道路ができる。
空が生まれる。
そして。
一人の人間が現れる。
「……できた」
僕は笑った。
「すごい……」
後ろから声がする。
ユナだった。
「人間まで作れるんだね」
「うん」
「本物みたい」
「本物だよ」
「え?」
ユナが首を傾げる。
僕はモニターを指差した。
「この世界の中では、この人は本当に生きてる」
「……そうなんだ」
ユナは少し黙った。
「じゃあ、この世界と外の世界は何が違うの?」
「……分からない」
その質問だけは。
なぜか答えられなかった。
***
研究室の奥。
黒い扉がある。
そこには大きく。
《NULL PROJECT》
と書かれていた。
僕はその扉の前に立っていた。
「入っちゃ駄目」
ユナが言う。
「どうして?」
「先生たちが言ってたから」
「でも、僕の名前が書いてある」
扉の横。
小さなモニターに表示されている。
《SUBJECT:REN》
《AUTHORITY:UNKNOWN》
《COMPATIBILITY:100%》
その下に。
《NULL》
という文字。
「NULLって何?」
僕が聞くと。
ユナは答えなかった。
「……知らない」
「嘘」
「……」
「知ってるんでしょ?」
ユナは俯いた。
「知らないほうがいいと思う」
「なんで?」
「レンがレンじゃなくなるから」
その言葉だけが。
妙に頭に残った。
***
その夜。
僕は一人で研究室に戻った。
誰もいない。
警備システムも解除されている。
僕は黒い扉に手を置いた。
ピッ。
《AUTHORITY DETECTED》
《WELCOME,REN》
扉が開いた。
中には。
一台のコンピューターがあった。
画面には大量のデータ。
《WORLD》
《MEMORY》
《ABILITY》
《IDENTITY》
《REALITY》
そして。
一番下。
《NULL》
僕はその文字を選択した。
画面が暗くなる。
そして。
一人の少年が映った。
「……え?」
僕だった。
鏡を見ているようだった。
顔も。
髪も。
声も。
全部同じ。
ただ。
目だけが違った。
少年の目は赤かった。
「君は誰?」
僕が尋ねる。
画面の中の僕が答える。
『僕は、君だよ』
「……僕?」
『そう』
「じゃあ、なんでここにいるの?」
少年は笑った。
『君が作ったから』
「僕が?」
『違う』
少年が首を振る。
『君が、捨てたから』
画面が乱れる。
大量の文字が流れていく。
《MEMORY ERROR》
《IDENTITY ERROR》
《WORLD ERROR》
《NULL PROCESS》
「待って!」
画面に手を伸ばす。
少年がこちらを見る。
『レン』
「何?」
『世界を作るなら』
少年は静かに言った。
『最後まで責任を持って』
画面が消えた。
「……どういう意味だよ」
返事はない。
研究室には。
僕一人だけ。
***
翌朝。
「レン?」
ユナが研究室に入ってきた。
「どうしたの?」
「……昨日、変なものを見た」
「何を?」
「僕みたいな人」
ユナの顔が固まる。
「どんな人?」
「僕と同じ顔」
「……」
「でも目が赤かった」
ユナは何も言わない。
「ユナ?」
「……レン」
「うん」
「そのこと」
ユナは僕を見る。
「誰にも言わないで」
「どうして?」
「お願い」
初めてだった。
ユナがこんな顔をするのは。
「……分かった」
僕は頷いた。
でも。
その日の午後。
世界が壊れ始めた。
***
《WARNING》
《EDEN CORE OVERLOA




