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NULL WORLD ―世界の外側―  作者: 雛
Eden ―偽りの世界―
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3/16

2、NULL

 午前零時五分。


 黒瀬レンは、窓の前から動けずにいた。


「……今の声」


 部屋には誰もいない。


 机。


 ベッド。


 本棚。


 閉じたカーテン。


 どこにも人の気配はなかった。


「空耳……?」


 そう呟いた瞬間。


 ――ピコン。


 端末がもう一度鳴った。


 レンは恐る恐る画面を見る。


 《Eden SYSTEM》


 《緊急メンテナンスを開始します》


「……メンテナンス?」


 そんな予定は聞いていない。


 さらに通知が続く。


 《全プレイヤーの接続を終了します》


 《対象:ALL》


 《残存接続者:1》


 レンの眉が動いた。


「残存……一人?」


 嫌な予感がした。


 その直後。


 画面に名前が表示された。


 **PLAYER:KUROSE REN**


「……俺?」


 その下に、奇妙な表示。


 《ERROR》


 《PLAYER DATA NOT FOUND》


 レンは息を呑んだ。


「データが……ない?」


 自分は今まで普通にEdenをプレイしていた。


 レベル48。


 アイテム。


 フレンド。


 戦績。


 全部存在していたはずだ。


 なのに。


 **今のEdenには、自分のデータが存在しない。**


 レンは端末を操作する。


「ログイン履歴……」


 表示された履歴を開く。


 そこには――


 《最終ログイン》


 **5年前**


「……え?」


 レンの手が止まった。


 5年前。


 それはEdenが正式サービスを開始した年だった。


「そんなわけない」


 レンは首を振る。


 自分は今日も普通に学校へ行った。


 友達と話して。


 授業を受けて。


 家に帰って。


 そしてEdenにログインした。


 それなのに。


「俺が最後にログインしたのが……5年前?」


 突然。


 頭の奥が痛んだ。


「っ……!」


 視界が歪む。


 何かの映像が浮かぶ。


 白い部屋。


 無数のモニター。


 誰かが叫んでいる。


 ――「実験を中止してください!」


 別の声。


 ――「もう止められない!」


 そして。


 小さな男の子。


 黒い髪。


 右手を握っている。


 その隣には――


 白髪の少女。


「……誰だ」


 映像が消える。


 レンは壁に手をついた。


「今の……俺?」


 わからない。


 何も思い出せない。


 だが一つだけ。


 確かなことがあった。


 **あの少女は、自分を知っている。**


 そのとき。


 部屋の電気が消えた。


「……!」


 完全な暗闇。


 端末の光だけが残る。


 そして。


 窓の外。


 街灯の下に――


 一人の人間が立っていた。


 黒いフード。


 顔は見えない。


 レンはカーテンを開けた。


「誰だ?」


 人影は動かない。


 数秒。


 沈黙。


 そして。


 男が顔を上げた。


 その目が――


 赤く光った。


「黒瀬レン」


「……!」


「見つけた」


 男が右手を上げる。


 空気が震えた。


 次の瞬間。


 窓ガラスが一斉に砕け散った。


「うわっ!」


 レンは後ろへ飛ぶ。


 ガラス片が床へ落ちる。


 男は窓から部屋へ入ってきた。


「お前は何者だ!」


「俺か?」


 男が笑う。


「《ADMIN》だ」


 その言葉と同時に。


 男の周囲に無数の黒い文字が浮かび上がった。


 **SYSTEM COMMAND**


 レンの目が見開かれる。


「システム……コマンド?」


「そうだ」


 男が指を鳴らす。


「この世界で俺たちに逆らえる奴はいない」


 レンの身体が突然動かなくなった。


「な……!」


 手も。


 足も。


 首も。


 完全に固定されている。


「《Freeze》」


 男が呟く。


「Edenの管理権限だ」


 レンは必死に身体を動かそうとする。


 動かない。


「くそ……!」


「安心しろ。殺すつもりはない」


 男が近づいてくる。


「ただ、お前には戻ってきてもらう」


「どこへ……?」


「**実験室へ**」


 その言葉を聞いた瞬間。


 レンの頭の中で、再び映像が弾けた。


 白い部屋。


 ガラス越しの人間。


 自分と同じくらいの年齢の少女。


 そして――


 少女が泣いている。


 誰かが言う。


 ――「NULLは危険すぎる」


 ――「処分するしかない」


「……やめろ」


 レンは頭を押さえる。


「何なんだよ……!」


 男が首を傾げた。


「まだ記憶が戻っていないのか」


「記憶……?」


「やはり成功している」


 男が笑う。


「記憶消去処理は正常だったようだ」


「……!」


 レンの目が変わる。


「俺の……記憶を?」


「ああ」


「誰が?」


「お前自身だ」


「……は?」


 男は告げた。


「5年前、お前は自分自身の記憶を消した」


 レンは言葉を失った。


「そして、お前は自分を普通の高校生だと思い込んだ」


「嘘だ」


「そう思うなら――」


 男が手を向ける。


「自分で確かめろ」


 瞬間。


 レンの身体を包んでいた拘束が消えた。


「……!」


 レンは床を蹴った。


 男の顔面へ拳を振り抜く。


 しかし。


 男は軽く身体を横へずらした。


「遅い」


 レンの拳が空を切る。


 男の手がレンの胸へ触れる。


「《Override》」


 ――ドン!!


 レンの身体が吹き飛んだ。


 壁に叩きつけられる。


「ぐっ……!」


 痛い。


 現実の痛みだった。


 レンは驚いた。


「Edenじゃ……ない?」


 男は答えない。


 もう一度、手を向ける。


「終わりだ」


 その瞬間。


 ――パリン。


 空間が割れた。


「……!」


 白い髪が舞う。


 黒いコート。


 赤い瞳。


 少女が、二人の間に立っていた。


「遅かったね」


 少女が言う。


 男の表情が変わる。


「……NULL」


「久しぶり」


「お前は存在してはいけない」


「知ってる」


 少女はレンを見る。


「だから――」


 右手を上げた。


「私は、世界の外にいる」


 空間が歪む。


 男の身体が突然消えた。


「なっ――」


 次の瞬間。


 男は数十メートル先の道路へ叩き落とされた。


 轟音。


 レンは呆然とする。


「今……何をした?」


「場所を削除しただけ」


「……は?」


「あなたもできるよ」


「俺が?」


「うん」


 少女はレンの右手を見る。


「あなたの《反転》は、まだ本当の能力じゃない」


 レンは拳を握る。


「じゃあ……俺の本当の能力って何なんだ?」


 少女は少しだけ黙った。


 そして。


「**世界のルールを反転させる能力**」


 レンは息を呑む。


「それが……《NULL》?」


「違う」


 少女は首を横に振る。


「《NULL》は能力の名前じゃない」


「じゃあ何だ?」


「あなたの――」


 少女がレンを見る。


「**存在そのものの名前**」


 その瞬間。


 街全体に警報が鳴り響いた。


『警告』


『未登録存在を二名確認』


『Eden管理システム、戦闘モードへ移行します』


 空を見上げる。


 無数の黒い影。


 一体。


 二体。


 十体。


 百体。


 都市上空を埋め尽くすほどの数。


 すべてが同じ黒い装甲を身につけている。


 少女が呟いた。


「……来た」


「何が?」


「この世界の掃除屋」


 影の一体がこちらを向く。


 その胸部に刻まれた文字。


 **ADMIN**


 レンは拳を握った。


「……逃げるのか?」


 少女は笑った。


「まさか」


 少女の周囲に、黒い亀裂が走る。


「レン」


「何だ?」


「初めての本物の戦闘だよ」


 レンの右手が淡く光った。


 そして。


 空から。


 **百体のADMINが一斉に降下した。**


**――第二章・終**

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