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NULL WORLD ―世界の外側―  作者: 雛
Eden ―偽りの世界―
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2/16

閑話Ⅰ 白い少女

 ――五年前。


 白い部屋に、時計の音だけが響いていた。


 カチ。


 カチ。


 カチ。


 壁も。


 床も。


 天井も。


 すべてが白い。


 窓はない。


 扉も一つしかない。


 その部屋の中央に、一人の少女が座っていた。


 長い白髪。


 赤い瞳。


 膝の上には、小さな端末。


 画面には一つの名前が表示されている。


《REN》


 少女は、その名前を指でなぞった。


「……まだ」


 小さな声。


「まだ、起きない」


 返事はない。


 少女は端末を胸に抱えた。


 その時。


 扉の向こうから足音が聞こえた。


 コツ。


 コツ。


 コツ。


 扉が開く。


「ユナ」


 白衣を着た女性が入ってきた。


「またここにいるの?」


「うん」


「何度言えば分かるの。ここはあなたが自由に入っていい場所じゃない」


「でも」


 ユナは画面を見る。


「レンがいるから」


 女性の表情が変わった。


「……その名前を、ここで口にしてはいけない」


「どうして?」


「規則だからよ」


「規則?」


「ええ」


 女性は端末を取り上げようと手を伸ばす。


 しかし。


 ユナは端末を抱きしめた。


「嫌」


「ユナ」


「返して」


「そのデータは削除することになっている」


「……嫌」


 少女の赤い瞳が、わずかに揺れた。


 女性はため息をつく。


「あなたは、あの子に執着しすぎている」


「執着じゃない」


「じゃあ何?」


 ユナは少し考えた。


「約束」


「約束?」


「うん」


 ユナは窓のない白い部屋を見る。


「また会おうって」


 女性は何も言わなかった。


 やがて。


「……その約束は、もう終わったのよ」


 そう言って部屋を出ていった。


 扉が閉まる。


 再び。


 カチ。


 カチ。


 カチ。


 時計の音だけが残った。


 ユナは端末を見る。


《REN》


「終わってないよ」


 小さく呟く。


「私は、まだ待ってる」


 ***


 同じ日の午後。


 研究施設の地下。


 巨大な装置が並んでいた。


 無数のケーブル。


 透明なカプセル。


 中央に浮かぶ巨大な球体。


《EDEN CORE》


 その前に、一人の少年が立っていた。


 黒い髪。


 まだ幼さの残る顔。


「これが……世界?」


 少年が尋ねる。


「そう」


 研究員が答える。


「君が作る世界だ」


「僕が?」


「正確には、君の能力を使って構築する」


 少年は球体を見る。


「……できるかな」


「できる」


 研究員は即答した。


「君なら」


 少年は少しだけ笑った。


「じゃあ、やってみる」


 少年が装置に手を触れる。


 光が広がった。


 巨大なスクリーンに、街が映し出される。


 建物。


 道路。


 空。


 人。


 まだ何もない場所に。


 世界が生まれていく。


 少し離れたところで。


 ユナはそれを見ていた。


「……すごい」


 少年が振り返る。


「ユナ」


「うん?」


「どう?」


「何が?」


「僕が作った世界」


 ユナは画面を見る。


 まだ不完全な世界。


 建物の一部は白いまま。


 人々の顔も存在しない。


 空も一色。


 それでも。


「好き」


 ユナは答えた。


「本当に?」


「うん」


「まだ何もないのに?」


「だから」


 ユナは少年を見る。


「これからいっぱい作れる」


 少年は笑った。


「そうだね」


「どんな世界にする?」


 ユナが尋ねる。


 少年はしばらく考えた。


「普通の世界」


「普通?」


「うん」


「学校があって」


「友達がいて」


「朝になったら起きて」


「夜になったら眠る」


「誰でも笑える世界」


 ユナは黙って聞いていた。


「……戦わなくてもいい?」


「うん」


「誰かを傷つけなくてもいい?」


「うん」


「じゃあ」


 ユナは笑った。


「私もそこにいたい」


「もちろん」


 少年は答えた。


「一緒に作ろう」


 ――その言葉だけは。


 ユナは五年間、一度も忘れなかった。


 ***


 数日後。


 施設内で異常が発生した。


《ERROR》


《CORE OVERLOAD》


《UNKNOWN DATA》


 警報が鳴り響く。


「何が起きてる!」


「Eden Coreが制御不能です!」


「誰か止めろ!」


 研究員たちが走り回る。


 ユナは廊下を走っていた。


「レン!」


 少年のいる部屋へ向かう。


 しかし。


 扉の前で止まった。


 中から。


 少年の声が聞こえた。


「……僕が」


 何かを呟いている。


「僕が、世界を……」


 ユナが扉を開ける。


「レン!」


 少年が振り返った。


 その目は。


 いつもの少年の目ではなかった。


 赤く光っている。


「ユナ……」


「大丈夫?」


「うん」


 少年は笑った。


 でも。


 その笑顔はどこか不自然だった。


「もうすぐ完成する」


「何が?」


「世界」


 少年は巨大なスクリーンを見る。


 そこには。


 完全な街が映っていた。


「すごい……」


 ユナが呟く。


「でも」


 少年が言った。


「一つだけ、足りない」


「何?」


「外側」


「外側?」


 少年は頷く。


「世界の中には、世界の外側を作れない」


 ユナには意味が分からなかった。


「どういうこと?」


「僕たちが作る世界を守るためには」


 少年は画面に手を伸ばす。


「外側が必要なんだ」


 その瞬間。


 画面に黒い亀裂が走った。


 少年の表情が変わる。


「……来た」


「何が?」


 黒い亀裂の向こう。


 何かが動いた。


 人のようで。


 人ではない。


 輪郭だけの黒い影。


 ユナは一歩下がった。


「……あれは?」


「分からない」


 少年が答える。


「でも」


 その目が赤く光る。


「僕が何とかする」


 少年が装置に手を伸ばした。


 ユナは叫ぶ。


「待って!」


 しかし。


 間に合わなかった。


 世界が反転した。


 ***


 ――現在。


 ユナは目を覚ました。


 暗い部屋。


 窓の外には夜の街。


 机の上には、古い端末が置かれている。


 画面には。


《ERROR》


《WORLD DATA:UNKNOWN》


 ユナは画面を見つめる。


「……また」


 五年前から。


 この表示だけは変わらない。


 ユナは端末を閉じた。


「レン……」


 名前を口にする。


 今度は。


 返事があった。


 ――正確には。


 端末から。


《LOGIN DETECTED》


 ユナの赤い瞳が見開かれる。


「……!」


 急いで画面を見る。


《USER:REN》


《STATUS:ONLINE》


 ユナは立ち上がった。


「起きた……」


 五年間。


 ずっと待っていた。


 何度も。


 何度も。


 レンが戻ってくることを。


「やっと……」


 ユナは端末を握る。


 しかし。


 次の瞬間。


《WARNING》


《USER DATA:NOT FOUND》


 ユナの表情が変わる。


「……え?」


 さらに表示される。


《LAST LOGIN:5 YEARS AGO》


《CURRENT EXISTENCE:NULL》


 ユナは画面を見つめたまま動かない。


「……NULL?」


 その言葉を。


 彼女は知っていた。


 五年前。


 レンが世界を反転させた時。


 最後に残った。


 たった一つの存在。


 世界のどこにも登録されなかったもの。


 世界の外側に置き去りにされたもの。


「違う……」


 ユナは首を振る。


「レンはレンだよ」


 画面の表示が変わる。


《NULL:AWAKE》


 ユナの赤い瞳が光る。


「……迎えに行く」


 端末を置く。


 白い髪が揺れる。


 そして。


 彼女は部屋を出た。


 ***


 数分後。


 ユナは夜の街に立っていた。


 空を見上げる。


 星は見えない。


 雲もない。


 ただ。


 何もない空。


「レン」


 もう一度。


 名前を呼ぶ。


「今度は、私が見つける」


 その瞬間。


 遠くで。


 世界がわずかに歪んだ。


 ユナは笑った。


「……そこだね」


 一歩。


 前へ進む。


 その先に。


 五年前に終わったはずの世界が。


 もう一度。


 静かに。


 動き始めていた。


 ――白い少女は。


 ずっと待っていた。


 少年が。


 もう一度。


 自分の世界に帰ってくる日を。


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