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NULL WORLD ―世界の外側―  作者: 雛
境界 ―失われた記憶―
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13/16

8、記憶の改竄

 世界の外側。


 そこには、空がなかった。


 地面もない。


 ただ、無数の世界が浮かんでいる。


 巨大な球体。


 透明な箱。


 無限に続く街。


 真っ暗な空間。


 そして、そのすべてを繋ぐ細い光の線。


「……これが」


 レンは言葉を失った。


「Eden?」


 アオイが首を横に振る。


「違う」


「Edenは、この中の一つ」


 カイが続ける。


「俺たちがずっと『世界』だと思ってた場所も、その一つにすぎない」


 レンは目の前の少年を見る。


 五年前の自分と同じ顔。


 しかし、その目には現在のレンにはない冷静さがあった。


『久しぶり』


 少年が笑う。


「……誰だ」


『知ってるだろ?』


 少年は胸元に手を当てる。


『僕は、君が捨てた記憶』


 レンの頭に激しい痛みが走った。


「……っ!」


 視界が一瞬だけ白くなる。


 次の瞬間。


 知らない映像が流れ込んできた。


 研究施設。


 五年前のレン。


 ユナ。


 カイ。


 そして――。


 七人の少年少女。


「……七人?」


 レンは呟いた。


 今まで見た映像では、三人しか知らなかった。


 しかし違う。


 そこには確かに七人いた。


 一人。


 二人。


 三人。


 四人。


 五人。


 六人。


 そして七人目。


 映像の中のレンが、七人に向かって話している。


『僕たちは、この世界を作る』


『でも、ただのゲームを作るんじゃない』


『世界そのものを保存する』


 ユナが尋ねる。


『どうして?』


 レンは答える。


『現実は、いつか壊れるから』


 映像が切り替わる。


 巨大な装置。


 中央には、赤い光を放つ球体。


《EDEN CORE》


 その周囲に、無数のコードが伸びている。


『このコアに、人間の記憶を保存する』


『記憶を保存できれば――』


 レンが笑う。


『世界も保存できる』


 映像が途切れる。


「……俺たちは、世界を救おうとしてた?」


 ユナが静かに答えた。


「そう」


「じゃあ、なんで……」


 レンは頭を押さえる。


「なんで俺は全部忘れてる?」


 沈黙。


 すると、七人目の少年が口を開いた。


『僕が消した』


「……!」


『正確には、僕が君の記憶を改竄した』


 レンが少年を睨む。


「なんでだ」


『君が壊れ始めたから』


「壊れた?」


『うん』


 少年は淡々と話す。


『世界を作るためには、大量のデータが必要だった』


『人間の記憶』


『感情』


『経験』


『人格』


『全部をEden Coreに接続した』


 レンの背筋が冷たくなる。


『そして君は、それを全部一人で管理しようとした』


「……」


『その結果――』


 少年の表情が初めて曇った。


『君の中に、世界が入りすぎた』


 その瞬間。


 レンの視界が歪んだ。


 知らない人間の記憶。


 知らない街。


 知らない家族。


 知らない人生。


 数え切れないほどの記憶が、頭の中を流れていく。


「やめろ……!」


『だから、僕は君から全部切り離した』


「……誰が?」


『僕』


「お前が……?」


『そう』


 少年は頷いた。


『僕は君の記憶から生まれた存在』


『だから、君が持っていたものを全部引き受けた』


「それが……ZERO?」


『ZEROは、僕の前の名前』


 レンは息を呑む。


『今の僕には、名前なんてない』


「……」


『君が忘れたから』


 ユナが一歩前に出る。


「だったら、どうして今になって現れたの?」


 少年はユナを見る。


『君がレンの記憶を取り戻そうとしているから』


「……私が?」


『違う』


 少年は首を振る。


『正確には――』


 少年の視線がレンに戻る。


『レン自身が、記憶を取り戻し始めたから』


 レンの右目が赤く光る。


 その瞬間。


 視界の端に、見たことのない表示が現れた。


《MEMORY RESTORATION》


《12%》


「……12%?」


 ミサキが驚く。


「レンの記憶……勝手に戻ってる?」


『そう』


 七人目が答える。


『でも、全部戻ったら困る』


「なんで?」


『君は、五年前に世界を反転させた理由まで思い出すから』


「……!」


 レンの表情が変わった。


「理由?」


『そう』


 少年がゆっくり手を上げる。


 すると、巨大な映像が現れた。


 五年前。


 Eden Coreの前。


 レン。


 ユナ。


 カイ。


 ミサキ。


 そして、まだ知らない三人。


 七人全員が立っている。


 しかし――。


 その中央には、もう一人。


 黒い影。


 顔は見えない。


「こいつは……?」


『僕たちが作った存在じゃない』


 七人目の声が低くなる。


『Edenの外側から入ってきた』


 映像の中で、影が手を伸ばす。


 Eden Coreが激しく揺れる。


『そいつが世界を書き換えようとした』


 レンが映像の中で叫んでいる。


『止めろ!』


 七人が能力を発動する。


 炎。


 氷。


 光。


 影。


 空間。


 幻覚。


 そして――。


 レンの《反転》。


 七つの能力がEden Coreに集中する。


 しかし。


 黒い影は止まらない。


『その時、君は決めた』


「何を……?」


『世界を反転させることを』


 映像の中のレンが、Eden Coreに手を触れる。


『この世界を裏返す』


『現実と仮想を入れ替える』


『そして――』


 画面が真っ白になる。


『敵ごと、世界の外側に閉じ込める』


「……!」


 レンの記憶が一気に戻った。


「俺は……世界を壊したんじゃない」


 震える声。


「閉じ込めたんだ」


 ユナが目を見開く。


「レン……」


「敵を、外側に……」


 カイが呟く。


「じゃあ、あの世界は……」


 誰も続きを言わなかった。


 しかし。


 七人目が答えた。


『そう』


『今いるEdenは――』


『君が敵を閉じ込めるために作った、巨大な檻だ』


 沈黙。


 その瞬間。


 外側の世界に、巨大な亀裂が走った。


 無数の世界が一斉に揺れる。


《WARNING》


《BOUNDARY DAMAGE》


《SEALED ENTITY : RELEASE》


 アオイが青ざめる。


「封印が……」


 カイが叫ぶ。


「レン!」


「分かってる!」


 レンは拳を握る。


「でも、どうすれば……」


 その時。


 七人目がレンを見る。


『方法は一つ』


「何だ?」


『七人の能力を、もう一度一つにする』


「……七人?」


『そう』


 少年が手を伸ばす。


『七人が揃えば、世界の境界を閉じられる』


 レンはその手を見る。


「じゃあ、残りの三人を探せばいいんだな」


『違う』


「え?」


『残りの三人は――』


 少年の姿がノイズに包まれる。


『もう、敵側にいる』


 レンの目が見開かれた。


「……敵側?」


『その三人が、五年前に僕たちを裏切った』


 映像が乱れる。


 最後に表示されたのは――。


《ABILITY USER 04》


《ABILITY USER 05》


《ABILITY USER 06》


 そして、その下に赤い文字。


《STATUS:ENEMY》


「嘘だろ……」


 ミサキが呟く。


 ユナは何も言わない。


 カイだけが、険しい顔をしていた。


「……やっぱりな」


 レンが振り向く。


「カイ?」


「俺は、薄々気づいてた」


「何を?」


 カイは答えなかった。


 代わりに、外側の暗闇を見る。


「だから俺は、ADMINに入った」


「……!」


「敵を探すために」


 その瞬間。


 カイの背後に、三つの人影が浮かび上がった。


 一人目。


 白い仮面をつけた少年。


 二人目。


 長い髪の少女。


 三人目。


 巨大な黒い翼を持つ人物。


 三人とも、こちらを見ている。


 そして。


 三人の声が重なった。


『――久しぶり』


 レンの右目が、激しく赤く輝いた。


《MEMORY RESTORATION》


《31%》


 その数字を見た瞬間。


 レンは思い出した。


 五年前。


 最後に七人で集まった夜。


 裏切った三人が、レンに言った言葉を。


『世界を守る必要なんてない』


『僕たちは――』


『世界そのものになる』


 レンの記憶が、そこで途切れた。


 そして。


 暗闇の向こうから、低い笑い声が響く。


『さあ、レン』


『五年前の続きを始めよう』


 世界の境界線が、完全に開いた。


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