閑話Ⅳ 天城ミサキ
私の能力は。
人の力をコピーする。
それだけなら。
便利な能力だと思われるかもしれない。
でも。
私は、この能力が嫌いだった。
***
初めて能力が発現したのは。
五年前。
まだ、何も知らなかった頃。
「ミサキ、見て!」
目の前で。
小さな火が揺れていた。
「すごい!」
私は手を伸ばした。
すると。
指先に。
同じ火が生まれた。
「……え?」
母が驚いた顔をする。
「もう一回」
私は手を伸ばす。
今度は。
母の手のひらに現れた火が。
私の手にも現れた。
「……複製」
母が呟いた。
「あなたの能力は、《複製》よ」
私は嬉しかった。
「じゃあ、何でもできる?」
「……理論上はね」
「じゃあ、すごい?」
母は少し困ったように笑った。
「すごいわ」
その言葉を。
私は信じた。
***
でも。
すぐに分かった。
私は。
コピーした能力を完全には使えない。
火を作れても。
元の人ほど強くない。
速く動けても。
元の人ほど速くない。
同じ能力なのに。
私が使うと。
どこか違う。
「どうして?」
何度も聞いた。
答えはいつも同じ。
「複製だからよ」
「複製?」
「本物ではないから」
その言葉が。
嫌だった。
私は本物なのに。
私自身は。
偽物じゃない。
そう思っていた。
***
五年前。
NULL PROJECT。
私はそこで。
レンと出会った。
「君がミサキ?」
「……そうだけど」
「よろしく」
レンは笑った。
普通の笑顔だった。
私の能力を見ても。
何も驚かなかった。
「《複製》なんだ」
「……うん」
「すごいね」
「でも、完全にはコピーできない」
「そうなの?」
「うん」
「じゃあ」
レンは少し考えて。
「コピーできない部分を探せばいいんじゃない?」
「……え?」
「能力って、全部同じじゃないと思う」
レンは自分の手を見る。
「同じ力でも、使う人が違えば結果も変わる」
「……」
「だから、ミサキにしかできない使い方があると思う」
私は。
その言葉を信じた。
初めて。
自分の能力を。
少しだけ好きになれた。
***
でも。
世界が反転した。
五年前の事故。
記憶。
世界。
能力。
全部が壊れた。
私は。
レンを忘れた。
忘れたはずだった。
なのに。
再会した瞬間。
なぜか分かった。
「……レン」
名前が。
勝手に口から出た。
理由は分からない。
記憶にはない。
でも。
知っている。
この人を。
私は。
ずっと前から知っている。
***
そして今。
私は。
レンと戦っている。
「――《複製》」
目の前に。
レンと同じ能力が現れる。
世界が歪む。
私は。
彼の《反転》をコピーした。
「これで……!」
世界を反転させる。
床と天井が入れ替わる。
攻撃が反対方向へ飛ぶ。
「できた……!」
私は笑った。
これなら。
レンと同じ。
――そう思った。
でも。
レンは。
静かに私を見る。
「違う」
「……え?」
「それは僕の《反転》じゃない」
「何を……」
「君がコピーした《反転》だ」
世界が。
元に戻る。
「そんな……」
私の能力が。
消えていく。
レンは。
私を攻撃しなかった。
「ミサキ」
「……何」
「君は、コピーじゃない」
その言葉に。
胸が痛くなる。
「じゃあ……何?」
レンは答えない。
「自分で探して」
それだけだった。
***
戦いが終わった後。
私は一人。
廊下に座っていた。
自分の手を見る。
何もない。
私はずっと。
誰かの力を借りてきた。
誰かの能力。
誰かの技術。
誰かの記憶。
誰かの存在。
それをコピーして。
自分のものにしてきた。
でも。
もし。
私がコピーできるのが。
能力だけじゃなかったら?
もし。
私は。
他人の記憶までコピーしていたら?
「……怖い」
考えたくなかった。
でも。
頭の中に。
知らない記憶が浮かぶ。
白い部屋。
研究施設。
Eden Core。
そして。
一人の少女。
「……ユナ?」
私は呟いた。
知らないはずの名前。
なのに。
知っている。
その瞬間。
頭の中に。
一つの映像が流れた。
五年前。
私は誰かと話していた。
レンじゃない。
ユナでもない。
もう一人。
誰か。
顔は見えない。
『ミサキ』
声だけが聞こえる。
『もしレンが忘れてしまったら』
『その時は――』
映像が途切れる。
「……何?」
もう一度。
思い出そうとする。
でも。
何も出てこない。
ただ。
一つの言葉だけが残っていた。
『コピーして』
「……何を?」
返事はない。
***
夜。
私は眠れなかった。
ベッドの上で。
何度も自分の手を見る。
「私は……誰?」
答えは。
出てこない。
その時。
部屋の端末が点灯した。
《MEMORY ACCESS》
「……?」
触れていないのに。
画面が開く。
《USER:MISAKI》
《COPIED DATA:127》
私は息を呑んだ。
「百二十七……?」
知らない。
こんな数。
さらに下。
《ORIGINAL DATA:》
そこだけ。
空欄だった。
「……空っぽ?」
指で画面に触れる。
すると。
《ERROR》
《ORIGINAL IDENTITY:NOT FOUND》
私は。
しばらく動けなかった。
「……私の本物が」
喉が震える。
「……見つからない?」
その瞬間。
画面に。
新しい文字が浮かんだ。
《WARNING》
《COPIED MEMORY DETECTED》
《SOURCE:REN》
「……レン?」
心臓が跳ねる。
画面が暗くなる。
そして。
たった一行。
《MEMORY LOCK:5 YEARS AGO》
私は。
画面を見つめた。
「レンの記憶を……私が持ってる?」
分からない。
何も。
でも。
一つだけ。
確かなことがある。
私は。
ただ能力をコピーしているんじゃない。
五年前。
何かを。
誰かを。
コピーした。
そして。
その「何か」が。
今も。
私の中に残っている。
***
翌朝。
レンたちと合流する。
「ミサキ?」
「……うん」
「どうした?」
「何でもない」
私は笑った。
まだ。
言えない。
自分でも。
何が起きているのか分からないから。
ただ。
レンの隣を歩きながら。
私は思う。
もし。
私が持っている記憶が。
レンのものなら。
いつか。
返さなければならない。
でも。
もし。
その記憶が。
私自身のものだったら。
――私は。
一体。
誰なのだろう。
遠くで。
世界の境界が。
小さく揺れた。
まるで。
その答えを知っているように。




