第8話 剣戟を飛ばす魔法―コルセルカ―
いざ特訓開始!!
と意気込んだのもつかの間、なかなかガレットは上手く魔法を扱えないでいた。
厳しくいくと宣言したフィーリアは珍しく殺気立っており……?
客船護衛の依頼を受けて三日目。
航海は順調そのもので、ガレット達に召集がかかるようなことは起きていない。
聞いていた通り、そもそもが危険な航路ではないだけあって、穏やかな景色がひたすらに流れている。
そんな誰もが羨むような旅を送る客船の倉庫に、二人の影があった。
「はぁ……はぁ……うおお!!」
ガレットは剣に魔力を込めて全身全霊で振るう。すると、その切っ先に沿って魔力の刃が形成された。それは高速で飛んでいき、一呼吸で敵を切り裂く――はずなのだが。
――ふよふよふよ
ガレットの生み出したそれは、まるで曲がりくねったミミズのようなものだった。当然高速で飛ぶこともなく、ゆっくりと敵へ向かっていく。
その先にいたのはフィーリア。彼女の目は、珍しく殺気立っていた。
飛来したミミズを指パッチンで消し飛ばし、彼女は口を開く。
「――ねぇ?ガレット。……真面目にやってる?さっきからミミズしか飛んでこないのだけど」
「みっ、ミミズだと……これでも精一杯やってんだぞ!」
ガレットは肩で息をしながら反論する。確かに、厳しくいくとは言われたけど、こんなスパルタだなんて聞いてない。
「何度も言ってるよね?魔法は最終的には想像力なんだ。確かに魔力の大小もあるけど、燃費だって考え方ひとつで補えるんだよ」
「そ、そうは言うけどな……こちとらもう何年も魔法を使ってないんだ!急にこんなの使いこなせって方が無理あるぞ!」
ガレットは過去の出来事が原因でほとんどの魔法が使えなくなっている。数年経った今でも、使えるのはごく簡単なものだけだ。
「うーん……僕を敵に見立ててってのが失敗だったのかなあ。本気で打ち込めないとか?」
「そうだったら良かったんだけどな……残念ながら俺の魔法がお前に通用する想像が出来んぞ……」
フィーリアはエルフの中でも特別な存在だ。千年をかけてあちこちを旅しては魔法を集め、襲い来る魔物と戦い生き延びてきた。それも一人で。
ただでさえ卓越した魔力を持つ種族である彼女は、気の遠くなる時間をかけてその力を高めてきた。ガレットがそう思うのも無理もない。
「ふむむ……なかなか人に魔法を教えるのは難しいね……」
「一応聞くけど……他に魔法を教えた経験は?」
「ふふふ……ないよ!」
なんだかついこの前も、こんなやり取りをした気がする。ガレットは思わずため息をついた。
「仕組み的には、凄くシンプルなんだけどね」
「俺も理屈は分かってるつもりなんだけど、上手くいかないもんだな」
二人は一緒になって頭を悩ませている。
「……根詰めすぎるのも良くないね」
座り込むガレットに駆け寄り、手を伸ばす。
「少しのんびりしよ?せっかくの船旅でもあるんだから、特訓だけで終わらせたら勿体ないよね」
「厳しくいくって言ったのはそっちだろ……よっと!」
手を握り、立ち上がる。
「へへへ、もちろん厳しくいくよ?でもこういうのはメリハリが大事なんだよ!多分!」
こいつがメリハリを説くとは……とんだ師匠に着いてしまったものだ。
◆
「はふぃ〜〜幸せだねえ。」
よっぽどここの風呂が気に入ったのか、フィーリアは特訓の隙間を縫って何度も通っていた。
「やっぱり、エルフと人間の感性はかなり違うのかな」
そう言いながら掌を上に向けると、一枚の氷の結晶が生成された。それは立ち込める湯気に晒されても、溶ける気配がない。
「どうすればイメージを持ってもらえるかなぁ」
――それからしばらくして。
「あいつ、いくらなんでも遅すぎないか?」
ガレットはとっくに湯から上がり、フィーリアの帰りを待っていた。
しかし、なかなか姿を見せない彼女を心配して浴場の付近を探していると、一つの人だかりが目に入る。
「なんだ?事件か?」
念のため見に行くか、と人混みをかき分けてその中心にたどり着くと
「……なんで?」
そこには真っ赤にのぼせ上がったフィーリアが横たわっていた。周りにはうちわを仰いでくれるおばちゃん達が何人もいる。
「あ、お兄さんこの嬢ちゃんの連れかい!?」
「ああ良かった!この子長風呂しちゃったみたいで、脱衣所でひっくり返ってたんだよ!」
「はあ……」
ため息とともに頭を抱える。道理で、いくら待っても帰ってこないはずだ。
「……迷惑かけてすみません。おい、フィーリア!大丈夫か?」
「ふへぇ……やりすぎちゃったよぉ……へへへ……」
ダメだ。顔は真っ赤だし、完全に目が回っている。
「まったく……仕方ない奴だな」
ガレットは彼女の頭に手をかざす。すると、柔らかい風が彼女を包むように巻き起こった。
「おや、兄ちゃん魔法使いなのかい!?よかった〜これで冷ましてもらえるわね」
「いや俺は魔法使いじゃ……」
「謙遜しなくていいから!さっ、早く嬢ちゃんを部屋に連れて帰っておやり!」
「はは。……ほんと迷惑かけました。ありがとうございます」
おばちゃん達が見送る中、少し顔色が戻ってきたフィーリアをおぶって部屋に戻る。
歩き始めて少しすると、不意に背中から声が聞こえた。
「……あれ?僕は一体?」
「ようやくお目覚めか、お嬢さん」
「…………ガレット?」
ここで彼女は、ようやく自分の状況を理解した。
「そうだ……確かのぼせちゃって」
「脱衣所でひっくり返ってたみたいだな」
その一言にフィーリアはまた顔を赤くさせた。
「お、お恥ずかしい……」
「一体なんだってそんな長風呂したんだよ?」
「それは……秘密」
「はあ??……まいっか、なんとなく予想はつくよ。安心しろ、俺は絶対魔法を使えるようになってみせるから」
「……ずるい」
「当たりか?俺も少しずつお前のことがわかってきたみたいだな。ははっ」
ガレットは笑う。その顔は見えないけれど、きっと心が暖かいのは風呂でのぼせてしまったからだけじゃない。
――一時間後。
「いやあ、はは。すっかり直りました!迷惑かけてごめんなさい!」
「本当だぞ。人だかりを見た時は何事かと思ったよ」
「ごめんごめん……じゃあ、気持ちも整ったことだし早速……」
ブーッブーッ!
突如、船内に緊急ブザーが鳴り響いた。
「な、なんだ!」
二人が驚いていると、部屋に船員が駆け込んできて息を切らしながら叫ぶ。
「ま、魔物が出ました!!」
「魔物ぉ!?ここは安全な海域なんじゃないのかよ?」
「そのはずなのですが……とにかく、お二人の力をお貸しください!私は先に甲板へ向います!」
そう言うと再び息を切らせながら走り去っていった。
「仕方ないな。特訓はまた後でだな。……いくぞ、フィーリア!」
「よし!とっととやっつけて特訓再開!」
二人は剣と杖を手に取り、走り出す。
◆
「うわあああ!!」
「助けてー!!!!」
その頃、船首では乗客が逃げ惑っていた。
「な、なんじゃあこりゃ!!」
「うげぇ……魔物ってこれのことかあ……」
ガレットは驚き、フィーリアは顔が青くなっている。
二人の眼前に現れたのは、巨大なイカの魔物――クリーケン。無数の触手を操り、標的を捉え海へ引きずり込む魔物だ。
「とにかくみんなが逃げる時間を稼ごう。いくぞ!」
「嫌だけど……お〜……」
ガレットは剣を構え飛び出し、フィーリアは乗客を襲う触手を撃ち落として回る。しかし、クリーケンはその攻撃をものともしない。
「一体どれだけあるんだよこの腕は!」
「強いて言うなら……無限?かな」
フィーリアが嫌そうな顔で、心底嫌そうに言った。
「……クリーケンは、あの無数にある足の中に一本だけ《コア》と呼ばれる部位があるんだ。それを煮るなり焼くなり切るなりすれば倒せるよ。……見つけられればだけどね」
「それ以外には無いのかよ……よっと!」
「辺り一面を火の海にするとか、かな。それくらいの広範囲攻撃じゃなきゃ多分逃げられる。……出来ないことはないけど、船も爆発しちゃうね」
「じゃあやっぱり片っ端から切ってくしかないのか……辿り着く前に船が沈みそうだぞ」
「クリーケンのコアには脳があるんだ。だから、どの器官よりも素早く動くし、危険が迫ればちゃんと隠れる」
そこまで言うとフィーリアは大きく息を吸い、巨大なため息をついた。
「……僕、あのヌメヌメとか足多すぎるのとかも、無理なんだよ……折角の船旅なのに、大事な訓練の最中なのに……」
――ピリッ。
(……あれ?)
――ビリッ……ビリリッ
「いてっ!!」
(勘違い……じゃなさそうだな。)
気のせいかと思った。
「フィーリアさん、怒ってる?」
「……プッチンきたよ」
気づけば膨大な魔力とともに、フィーリアの髪はざわめいて大きく広がっている。
「本当は跡形もなく消し飛ばしたいけど、みんなを巻き込む訳にはいかないから……これで我慢しとくね」
にっこり笑って、杖を構える。
「――落雷で縛り付ける魔法」
魔法を唱えると同時、頭上に黒い雲が現れる。そしてクリーケンを囲むように魔法陣が展開された。
次の刹那。
ピシャア!!
幾重もの落雷降り注ぎ、全てをその身に受けたクリーケンは激しく硬直する。
「ガレット!今だよ!あいつの身体は今完全に麻痺状態になってる!ちゃっちゃとやっつけちゃって!!」
「そういうことならお任せあれだな」
瞬間、ガレットは走り出す。片っ端から触手を切り捨てコアを探し回る。
「どこだ!!」
「もうじき出てくるはずだよ……ほら!あれ!」
フィーリアが指さした方向に、一本だけ身を隠すように動く触手があった。
「全ての神経をコアに繋いで動いてるんだね。……そうはさせないよ」
「よし!いくぞ!」
二人がコアを討つべく構えた。
その時、予想だにしないことが起こる。
「おかあさーん!!どこーー!?」
「……えっ?」
「こっ、子ども!?」
「わあ、おっきいイカさんだ!」
逃げ遅れてしまったのだろうか、幼い女の子が母親を探して甲板に出てきてしまったのだ。魔物の恐ろしさを知らない、綺麗な目でクリーケンを見上げている。
「だめ!!逃げてぇ!!」
フィーリアは叫びながら女の子へ駆け寄る。
しかし、二人が気を取られたのを勝機と見たクリーケンは全ての力を込め、彼女たちに向けてコアの触手を放った。
(あ……これはちょっとまずいかも)
避けられない。そう確信したフィーリアは防御壁を展開しつつ、女の子を庇うようにクリーケンに背を向ける。
(ダメだ、触手の方が速い……間に合わない!)
ガレットは既に走り出していた。しかし、到底その剣が届く距離ではない。
「くそ……こんなところで……」
その時、ガレットの脳裏にかつての記憶が走った。
(一番難しいのは、きっとそこなんだ)
(どんなに時間がかかっても……前を向けた奴は強いんだよ!)
「ハッ……セシル」
それは、かつての友がくれた言葉。
「俺はもう……誰も大切な人は殺させない!!」
ガレットは力の限り叫んだ。足を止め、剣に魔力を込める。
「飛べ――剣戟を飛ばす魔法!!」
全ての力を込めて剣を振り下ろす。放たれた魔力の刃は凄まじい速度でコアに迫った。
それは、フィーリアの身体を貫くよりも少しだけ早く、触手を両断した。
「はぁ……はぁ……」
(で、出来た!この土壇場で……)
バタンと後ろに倒れ込むガレット。空にかざした手は、少し震えている。
(やれば出来るんだよ、お前は)
セシルにそう笑われた気がした。
(そうだ、あいつはいつだって背中を押してくれる)
「今度は……ちゃんと守ったぞ」
◆
「う、うーん」
穏やかに波が奏でる海の音でガレットは目を覚ました。どうやら眠ってしまったようだ。
ゆっくり目を開くと、太陽に照らされるフィーリアの寝顔が見えた。
(……あら?どういう状況?なんでこいつまで寝てるんだ?……ん、じゃあもしかして俺が枕にしてるのって……)
「ん……あ、おはよう。ガレットを膝枕してたら、僕も眠っちゃったよ。えへへ」
そう。ガレットはフィーリアの膝の上で眠っていたのだ。
(……なんか子どもみたいだな、俺)
その姿勢のまま、彼女の顔を見て思わず笑みが零れた。
「? どしたの?」
「いやあ……お姉さんの膝枕も、案外悪くないなぁってさ」
「ふふふ。それはよかった。久しぶりの魔力全開放は疲れるよねえ」
そう言うと、フィーリアはガレットの頭に手を乗せた。
「おいおい……さすがにこれじゃあ赤ちゃんだぜ」
「ガレットも僕が泣いてたら頭なでてくれるじゃん?……だからお返しだよ。」
「お返し?」
「そう。辛い過去に向き合って、ちゃんと前を向いて……今度は僕を守ってくれたから。そのお返し」
不意打ちだった。
優しく語りかけるその言葉は、ガレットの心を揺さぶった。
「……お前らのおかげだよ」
気づかれないよう、目元を腕で塞ぎながらゆっくり言葉を紡ぐ。
「お前がいてくれるから、セシルが背中を押してくれるから……。今度はちゃんと守れて……良かった……」
フィーリアは目を瞑りながら頭を撫でている。
「……よく頑張りました。ありがとね、ガレット」
第8話小話 セルフQ&A
Q:フィーリアちゃんもマジギレすることはあるんですね
A:そりゃありますよ。特に大事な人を傷つけられた時や大事な時間を邪魔された時はプッチンくるみたいです。
Q:ガレットのコルセルカはフィーリアちゃんには通じないの?
A:はい。今の彼ではどんなに攻撃してもフィーリアには傷一つ付けられないでしょう。人間とエルフの間にはそれほどの力量差があります。




