第7話 消せない過去と消えない想い
フィーリアは突如ガレットに魔法を使う特訓をしようと促す。剣士であるガレットはロクに魔法を使うことが出来ないが、それには過去の出来事が大きく起因していて……
ガレットの過去を知り涙するフィーリア。
しかし、ガレットは言う。
「踏み出す勇気と、きっかけをくれたのはお前だ」
――かこん。
桶を置く音が静かに響き、ほんのりと薬草の香りが漂う。程よい温度のお湯の中に――ガレットは浸かっていた。
「いや……なんで風呂?」
魔法の特訓をすると言って部屋から連れ出されたはずなのに、気づけば一人で大浴場の薬湯に浸かっている。
「はぁ〜。染みるねえ……」
同じくフィーリアも一人で薬湯に浸かっていた。その表情はすっかり溶けきっている。
「まずはりらっくすからだよねぇ〜」
「まあいいか。こんなでかい風呂なんて久しぶりだし……それにしても、剣戟を飛ばす魔法かあ」
(読んでみた感じ、ガレットにピッタリだよ!)
フィーリアはそう言っていた。確かに、剣士のガレットがそんな魔法を使うことができれば戦いの幅は広がる。
しかし、ガレットは浮かない顔だ。
「……あいつにも話しておかなきゃな。俺のこと、そして――セシルのことも」
ガレットは風呂から上がり部屋へ戻った。しばらくすると、フィーリアも緩みきった顔で戻ってきた。
「えへへぇ。りらっくすできたぁ?」
「……お前ほどではないけどな」
「そりゃあよかったぁ……ん?」
でろんでろんのその顔が、僅かな違和感をとらえる。
「ガレット、なにかあった?」
「……ちょっと、昔にな」
「んん??」
「フィーリア。いい気分なところ申し訳ないけど、俺の昔話を聞いてくれないか?」
「……いいよ。君の話なら、僕はなんだって聞く」
「――実は俺、元々は魔法使いを目指してたんだよ」
「えっ?そうだったの?」
「ああ。むしろ剣なんか触ったことなくてさ、ここまでくるのに難儀したよ」
「……それって、なんか理由があるの?」
フィーリアは目を細め、反応を確かめるように問いかける。
「使えなくなったんだ、魔法」
「ど、どういうこと?」
「そうだな、あれは六年前かなあ――」
ある村の寂れた孤児院。そこでは、魔族に家族を奪われた行き場のない子どもたちが多く暮らしている。
裕福な暮らしは夢のまた夢であったが、同じ痛みを抱えた者同士支え合い懸命に生きていた。
その中に、一際目立つリーダーのような少年がいた。名はセシル。まだ14歳ながら、幼い子どもたちのために毎日懸命に働いていた。
「みんな!帰ったぞ!」
「おかえり!お兄ちゃん!」
「今日はどうだった!?」
子どもたちは皆、セシルの帰りを心待ちにしている。狩りやギルドの依頼をこなして帰ってくる彼の手には、いつも多くの食べ物が握られているからだ。
「今日も大量だぜ!さあ、みんなで火を起こすぞ!」
「やったー!」
「早く準備しよー!」
ワイワイとセシルに群がる子どもたち。しかし、一人だけその輪に馴染めず部屋の片隅に腰掛ける少年がいた。
「よお。調子はどうだ?」
セシルはそんな彼――ガレットにも変わらず声をかける。
「どうもこうもないよ。君は凄いね。同い年なのにそんなに強くて……」
ガレットはセシルに目を合わせようとしない。
「そりゃ、ここではお兄さんだからな。頑張らないとあいつらの食い扶持がなくなっちまう。……あんなに小さいのに、もう家族がいないんだぜ。せめて飯くらい腹いっぱい食わせてやりたいんだよ」
家族がいないのは君も同じだろ。と心の中でガレットは思った。
「……大した力になれなくて悪いな」
「そんなこと言うなよ。一人一人、出来ることをやればいい。お前の魔法は、皆の生活になくてはならないものなんだ。自信を持て、俺が保証する」
「ははっ。嫌味に聞こえないから困るな。……ありがとう。戦いが苦手な俺にも居場所をくれて」
二人はかれこれ五年の付き合いになる。ここに来た時は何も出来ない子どもだった二人だが、ガレットは魔法、セシルは剣技を磨いてお互い役割を果たしていた。
しかし、ガレットは戦いが苦手だった。いや――嫌いと言った方が正しいかもしれない。
「……仕方ないさ。お前はそれだけの思いをしたんだから」
「……」
一本角を生やした魔族だった。
その魔族は鋭い角を無限に生み出して、村の人々を次々に惨殺して回った。
幼いガレットは突如起こった惨劇を理解することができず、阿鼻叫喚の村を彷徨っていた。
「お父さん……お母さん……どこ」
死体の山を避けて裸足で歩く無力な子ども。無情にも、魔族に見つかるのに時間はかからなかった。
「……逃げんのか?」
魔族は低い声で問いかける。
「お父さんとお母さんがいないんだ……探しに行くからそこをどいて……」
既にガレットの目に光はない。
「不可思議なものだ、人間というのは。己が死に瀕しようとも他者を想う。……哀れ」
ゆっくりと腕を上げ、ガレットに手をかざす。
「――無限の角を操る魔法」
瞬間。巨大な魔法陣が展開され、鋭く研ぎ澄まされた角が発射される。ガレットに防ぐ術はない。静かにそれを受け入れようと、力なく目を瞑った。
(お父さん……お母さん……)
心の中で両親を呼び、死を覚悟した。
「……あ、あれ?」
ところが、いつまで経っても痛みも身体を貫く感覚も無い。まさか、そんな暇もなく死んでしまったのだろうか。そう思いながらゆっくりと目を開く。
――ポタッポタッ……
角はガレットの目の前で止まっていた。しかしその先端からは、赤い雫が落ちている。
「……よくやる。お前、父親か」
「おとう……さ………」
恐る恐る顔を上げたガレット。その目に飛び込むのは無慈悲なまでの惨劇。
我が子を庇うように、貫かれたのは父だった。
「――ごほっ」
「まだ息があるか」
「ガ、ガレット……逃げるんだ」
絞り出すように声をかける。しかし、あまりに受け入れ難い光景に身体は硬直してしまった。
「そんな……嫌だ……一人でなんて、逃げられないよ……」
その時、さらに一人の影が飛び込む。
「お、お母さん!?」
「……頼んだぞ」
その女性は目に涙を浮かべながら頷くと、ガレットを脇へ抱えた。そのまま背を向けて走り出す。
無言で走る母に抱えられながら、ガレットは小さくなっていく父の姿をずっと見ていた。
それからの記憶はない。気づいた時には、村はずれの木の影で気を失っているところをギルドの魔法使いに助けられたようだ。
そして日が昇り、村中を探し回ったが両親の姿はどこにも見当たらなかった。
「一人だけ生き残ったんだってな……」
「両親は死体すら見つからないそうよ。きっと魔族に食べられてしまったのね……」
救援に来た人は哀れみの声を向ける。でも、不思議と涙は出なかった。
ただ、漫然と。
一夜にして全てを失ったという事実だけが、ガレットの心に取り憑いていた。
◆
「――でも。それはみんな同じだよ。俺だけ……いつまでも逃げてる訳にはいかないよな」
「……お前も、ちゃんと強いじゃん」
「え?」
「前を向くこと。一番難しいのは、きっとそこなんだ。」
セシルはガレットの隣に腰を下ろし、笑みを向ける。
「最初に会った時のこと覚えてるか?お前酷い顔しててさ……ほんと抜け殻みたいだったんだぜ?そんな奴が、今前を向こうとしてる。それは絶対に凄いことなんだよ」
「でも、君はもっと前から……」
「それは関係ない。どんなに時間がかかっても……前を向けた奴は強いんだよ」
「ははっ!なんだそれ……屁理屈みたい」
ガレットは強引なセシルの論理がおかしかった。でも、不思議と勇気を与えてくれる。セシルの言葉にはそんな力があった。
「屁理屈上等!……なあ、ガレット」
「なんだよ、あらたまって」
「……俺たち、旅に出ないか?」
「たっ、旅ぃ!?」
あまりにも急なセシルの誘いにガレットは驚く。
「ああ。二人でお宝を探して金を稼げば、ここの奴らにも少しはいい生活をさせてあげられる……そうすれば、みんな前を向くきっかけにはなれると思うんだ」
「君はとことんいい奴だな……お宝探しねぇ」
「はは!夢はでっかい方がいいだろ?それに、俺が剣でお前が魔法。ちょうどいいじゃんか」
そう言いながら笑顔で拳を突き出す。それを見てガレットは自然と笑みを零していた。
(なんでか、こいつが言うことは全部実現できそうな気がしちゃうな……旅に出て、夢を見るのも悪くないかもしれないな)
ガレットはセシルの拳に自分の拳をコツンと合わせた。
「いいな、それ。きっと大切なのは出来るかどうかじゃないんだろ?」
「ああ。ここまできたらやるかやらないか、さ」
「ははっ。……じゃあやるしかないか。恩返しの旅と、それから……」
「俺たちの人生を探す旅だ!」
二人は旅立ちの約束を交わした。自分たちならきっと何でも出来る。そう信じて疑わなかった。
――けれど、現実はどこまでいっても残酷なままだった。
◆
「そんなことがあったんだね。」
フィーリアは胸の前で手を握りしめている。
「ああ。今でも忘れられない悲しい思い出と、セシルがくれた暖かい思い出だ」
「そのセシルって人は今はなにしてるの?」
当然の疑問だった。しかし、何気ないこの問いがガレットの表情を一段と暗くする。フィーリアがそれに気づいた時には既に遅かった。
「セシルは――死んだよ。四年前に魔族の手で、俺の目の前で死んだ」
「……!!」
咄嗟に口元を手で抑える。ガレットが呟くその姿は、出会ってから今までで一番の悲壮感に満ちていた。
「ごめん……なさい……僕、無神経すぎた」
少し考えたらわかる事だったはずだ。まだパーティを解散するような年齢じゃないし、そんな二人が仲違いするとは思えない。
自分の考えの至らなさに、フィーリアは悔しさで涙を滲ませている。
「おいおい、勝手に話してるのは俺だぞ?そんなこと言わないでくれよ。お前を悲しませるために話をしてるんじゃないんだ。お前に知って欲しいから、話さなきゃと思った。……続きも聞いてくれるか?」
フィーリアは無言でコクンと頷く。
「確か旅に出て二年経ったくらいかな。正直、あの時の俺たちは凄かったぜ。どんな依頼も解決してじゃんじゃん稼いでた。……まあ知っての通りお宝とは無縁だったけど、それなりに自由に楽しくやってた」
「そんな時、一件の討伐依頼を受けたんだ。今にして思えばとんだ思い上がりだったよ……相手は《王》の名を持つ魔族だったんだ」
――王の名を持つ魔族。
もちろんフィーリアはその存在を知っていた。魔族の王である魔王を筆頭に、計り知れない力を持つと言われる魔族の頂点。
武王・セルゲート
光王・シュルケト
殲王・アリガラム
幻王・リヒリト
罪王・エヴァルタ
角王・バミューラ
そして、十代半ばの少年二人がその驚異に立ち向かうことの意味も、痛いくらいに理解出来てしまった。
「無謀というか、馬鹿というか……死ににいくようなもんだったぜ」
悲しげな顔で笑うガレットを見ると胸が張り裂けそうに痛い。
「俺たちが戦ったのは、武王・セルゲート。話にならなかったな。ものの数分で万策尽きたよ。」
――それは圧倒的な強さだった。
「うらあああ!!」
ガキィン!!
セシルが放った最大威力の一撃。しかし、セルゲートは眉ひとつ動かすことなくその刃を砕いた。
「――セシル!剣が!」
ガレットは堪らず叫ぶ。咄嗟に目眩しの霧魔法を発動し、二人はセルゲートから距離を取って隠れた。
「はぁ……はぁ……ここまでかぁ」
「何言ってるんだ!!退くぞ!!」
しかし、直に剣を交えたセシルはわかっていた。万に一つの勝ち目がないこと。そして、二人で逃げ切る事が不可能なこと。
「ガレット……頼みがあるんだ」
「こんな時に……なんだよ」
「俺が死んでもさ……旅、やめないでくれよ。こんな馬鹿みたいな戦いはしなくていい。敵討ちなんか望まない。ただ……俺たちの人生を探す旅を続けて欲しいんだ。お宝だって、全然見つけられてないし……」
肩で息をしながら笑うセシル。
「何言ってんだよ……これからも二人で行くんだ!勝手なこと言わないでくれ!」
「それが出来たらよかったけど、どうやらそこまで優しい相手じゃ無さそうだ」
「悪いな。どうしても許せなかったんだ。……理由なく人の営みを壊すこいつらが、許せなかった」
セシルの拳に力が籠る。
「だから……こいつらを倒してくれとは言わない。その代わりに、俺らと同じ目にあってる奴らを一人でも多く助けてあげて欲しい。」
「一個でも多くのお宝見つけて、一人でも多く笑顔にする。それが俺の夢で、きっと人生そのものなんだ」
「だったら……尚更二人じゃなきゃ意味ないだろ……」
ガレットの目からは涙が溢れていた。淡々と語るセシルだったが、その腹部からは大量の血が流れ出ている。
「そうしたかったんだけど、重いのを貰ってたみたいだ……なあ、ガレット。冒険者の寿命の話、覚えてるか?」
それはかつての何気ない会話の記憶。
「全然……平均にも届かなかったけど……俺は後悔してない。この数年、やりたいことをやりたいようにやってきた……全てを失った日のことを思うと、想像もつかなかった未来だ……」
「うん……うん……」
「でも……まだまだこれからだって時に……悔しいな」
「……」
「だからさ……俺の魂も……連れて行ってくれよ……お前の旅の果てまで……」
「……!!」
言いたいことは山ほどあるはずなのに、言葉が口から出てこない。そう話している間にも、血は流れ続けている。
「そういうことだからさ……あと、頼むな」
そう言うとセシルはよろよろと立ち上がった。
「な、なにを!」
ガレットが立ち上がろうとした瞬間。
ドスッ
「――うっ……ぐ」
鳩尾に何かがめり込む感触が走ると同時に、意識が遠のく。セシルが折れた剣の柄を叩き込んだのだ。
「じゃあな、生き延びろよ。相棒」
「ま…………て……セシ…………」
ガレットが最後に見たのは、笑顔で振り返り武王の元へ歩いていく後ろ姿だった。
それからどれくらい時間が経っただろう。ガレットが目を覚ますと、武王の強烈な闘気は消え去っており辺りは静けさに包まれていた。
そして――道を抜けた先に人影が倒れている。
必死に駆け寄ってその身体を抱き寄せた。
伝わってきたのは、既に止まった時間。
声にならない声をあげて泣いた。いつまでも、いつまでも泣いた。
「――って感じかな。それ以来、今まで使えてた魔法が一切使えなくなった。医者が言うには、度重なる心理ストレスが原因らしいけど……自分ではわかってる」
「きっとあの時、磨いてきた魔法が仲間ひとり救えなかったことに絶望したんだ。俺が生き残ったのは後衛で、セシルが攻撃を全て防いでくれたから」
「重たい頼まれ事をしたってのに、前途多難もいいとこだよな。まったく」
「――うぐ……ふぐぐ……」
「泣くなって言っても無理な話だったか。悪いなフィーリア。でも、これが俺の今までの話なんだ」
「うぐ………うん………話してくれて……ありがとう……ぐずっ」
「ああ、聞いてくれてありがとう。でもな」
泣きじゃくるフィーリアの頭に手を置き、ガレットは続ける。
「踏み出す勇気と、きっかけをくれたのはお前なんだ」
「……ほんとに?僕、酷いことしちゃったと思った。なんにも知らないで、魔法の訓練しようだなんて……」
「ははっ。確かに最初は驚いたけどさ……でも、それがいつか誰かを守れる力になるなら……一緒に旅するお前を守れる力になるなら、俺はもう一度魔法を取り戻してみせる」
「……ガレット」
「とはいえ、お前の方がずっと強いんだけどな。そんな時が来るかはわからないけど。きっと俺のこの選択を、セシルは笑って見てるだろうぜ」
「……そうだね。ねぇ、ガレット?」
「なんだ?」
「僕もその夢に混ぜてくれないかな?」
「ははっ、何言ってんだよ」
「二人で花火を見たあの日から、とっくにそのつもりだよ。きっと……セシルだって、な」
ガレットは窓際に立ち、空を見上げた。
――セシル……長いこと心配かけたと思うけど、俺はもう大丈夫だ。
今隣にいる変なエルフは、おかしな事にお前と少し似てるんだ。
……この新しい旅もさ、一緒にいこう。
どこまでも連れてくよ。俺の英雄――
「フィーリア」
「なあに?」
「特訓……よろしく頼むぜ」
「ふふ……厳しくいくよ?」
「ああ、望むところだ。……でもその前に」
「その前に??」
「もう一回、風呂でも入るか」
「……仕方ないなあ、もう。」
こんばんは、勢いに乗って第7話公開しました。そろそろ掘り下げたいなと思っていたガレットの過去です。
書いてるのが辛くなるくらい重い話ですね。でも、過去を上手く消化して、懸命に生きているガレットは強い人だと思います。
Q:セシルと死別してからまだ四年ってことですよね?ガレットは元々剣の才能があったんですか?
A:別に才能はありません。血の滲む努力と、セシルの想いがあったから頑張れたんです。ただ、無意識のうちに心に穴は空いたままだったんでしょうね、見抜いたのはシルスさんだけでしたが。
Q:魔族は人を食べるの?ガレットの両親も食べられちゃったの?
A:食べます。でも、別に魔族は人を食べなくても生きていけます。それでも食べるのはきっと魔族の本能なのでしょうね。ガレットの両親も表向きはそうなっていますが、真実は誰にも分かりません。相対した、魔族以外には。




