第5話 忘れられない
金銭感覚が壊滅的なガレットとフィーリアは、路銀を稼ぐために順調にギルドの依頼をこなしていく。
そしてついに最後の依頼を受注するのだが、それは一風変わったものだった。
一人の少女とフィーリア達が出会った時、半世紀前のひとつの記憶が蘇る。
「フィーリア!追い込んだぞ!」
ガレットが剣を構える。目の前にいるのは、畑を荒らし、時には人まで襲う危険な魔物――ウルフボア。
「任せて……えいっ!」
次の瞬間、空から無数の魔力弾が降り注いだ。
「ブァァァ……」
凄まじい弾幕の前にウルフボアは倒れる。
「よーし!次行くよガレット!」
「待ってくれ!俺は飛べないぞ!」
フィーリアは魔法ですいすい飛び回り、魔物を探す。
「おーい!そんな飛ばして大丈夫なのか!?」
「全然平気!エルフの魔力を舐めないでよね!」
そんな様子で、周辺の魔物はあっという間に殲滅された。
「フィーリア、降りてこい!ここからは歩いていくぞ!」
「わかった!」
ウルフボアは警戒心が強く、人目につかない洞窟に好んで巣を作る。一度巣を叩いておけばしばらくその近辺には近寄らない。
「頑丈な洞窟じゃなさそうだから、ぶっぱなし過ぎるなよ。崩れたら巻き込まれちまうぞ」
「な、なるべく抑えるよ」
洞窟の中へ足を踏み入れた二人。歩を進めると、所々に持ち帰ったものであろう農作物が散乱している。
「こんなに荒らされちゃ農家もたまらないな。」
「そうだね。魔物も生きるためかもしれないけど、人にも生活があるからね。」
すると不意に、肌を撫でるように強力な魔力が洞窟の奥から流れてきた。
「親玉、かな?」
「多分そう。もしかしたら、結構強いかも。」
――グルルルル
進むにつれて、感じる魔力は重くなる。やがてそれは、明確な敵意となって二人に向けられた。
「――フィーリア」
「うん……くるよ!」
二人が構えた瞬間、暗闇の奥から殺気の主が飛び出してきた。
「グルアアアアア!!」
その姿は想像していたより遥かに大きい。血走ったその瞳は、目の前の二人を睨みつけている。
次の刹那、ウルフボアはフィーリアに飛びかかり、強靭な爪を振り下ろした。
ガキィン!!
ガレットが間に入り攻撃を防いだ。両腕に衝撃が走る。
「……重いな。でも、こっちを狙ったのは悪手だぜ」
その後ろで、既にフィーリアは杖を構えている。
「――魔力の光!」
フィーリアの背後に無数の魔法陣が展開され、大量の弾丸がウルフボアを襲う。
しかし、驚くべきことにそれらは全て躱されてしまった。巨体に似合わず、かなり動きが速い。
「全部躱すのか……フィーリア!俺の後ろにいろよ!」
「うん!……ガレット、少し時間を稼いでくれる?」
フィーリアは杖をウルフボアへ向ける。
「次は当ててみせるよ」
「よし、お前の相手は俺だぜ。……こい!」
ガレットとウルフボアはお互い飛び出した。互いに相手を打ち倒そうと、音を立てて牙と剣が激しくぶつかり合う。
「強いな……久しぶりに、ちょっとギア上げるぞ」
ガレットは剣を握る手に力を込める。すると呼応するように刀身が魔力を帯びた。
「行くぞ……」
再度飛び出す。空中で回転し、その勢いのまま剣を地面の岩に叩きつける。
「――岩砕衝!!」
衝撃で細かく砕けた岩の破片が飛散した。しかし、これも軽々と躱されてしまう。
それでもガレットは慌てない。そうなることはわかっていた。とにかく、今はフィーリアに近づけさせないこと。それだけを考えている。
「もういっちょ!」
ガレットは何度も岩を砕き、破片で牽制する。フィーリアが何をしようとしてるのかは、正直分からない。
「けど、うちの魔法使いは優秀だからな!」
ガレットの攻撃を掻い潜り続けるウルフボア。高速で飛んでくる岩の破片を、何度も身体を捻って躱していく。
やがて、その動きに苛立ちが混じり始めた時。
「……よし。お待たせ、ガレット」
「フィーリア!何かいい魔法でもあるのか!?」
「ふふふ……ないよ!」
「はあ!?」
「まあまあ……魔法は想像力だよ。いいから見てて。」
フィーリアは再び杖を構えて、魔法を唱える。
「――アピスパシア」
先程と同様に、弾丸を放つ。ウルフボアもまたそれを躱す。
「ダメだ!これじゃあ当たらないぞ!」
「せっかちだなあ……それっ!」
フィーリアは何かを操るように杖を振るう。すると、地面に魔法陣がいくつも展開された。
ウルフボアも一瞬遅れてそれに気づく。しかし、たった数秒でも隙を見せた代償は大きい。
「これは避けられないよ――アピスパシア」
魔法陣から幾重にも光の柱が飛び出し、ウルフボアを貫く。
「ブァァァ!?」
「ガレット!今だ!!」
「凄いな……よし、いくぞ!」
すかさずガレットは空中へ飛ぶ。迫り来る攻撃を撃墜するべくウルフボアは腕を振り上げるも、突如身体が硬直する。
「――ディスペンサ。ほんの一瞬、動きを止める魔法だよ。」
「そりゃあああ!!――断空撃!!」
ガレットの振り下ろす白刃が、ウルフボアの首元を一閃した。
致命傷だ。
それでも、腕を振り上げようとする。しかし、反撃は叶わず、その身体は力なく地面に倒れた。
「やったね、ガレット」
パーティを組んでからまだ数度しか戦闘を行っていない二人だが、その戦いはまるで熟練の冒険者の如きコンビネーションだった。
「なんとかなったな。しかし……ない!って言われた時は焦ったぜ。アピスパシアってあんな使い方もできたんだな」
「えへへ……でも、僕を信じて時間を稼いでくれたから、魔法を仕込めたんだよ。アピスパシアは魔法使いなら誰もが一番最初に覚える魔法なの。だから、軽視されがちだけど使い方次第なんだ。僕はこの魔法好きだしね」
「へぇ〜。やっぱり、魔法使いは凄いな」
「ガレットだって魔法は使えるでしょ?」
「とても戦闘で役に立つような魔法は使えないよ。熱を発したり、風を起こしたり……魔法使いに比べたらとてもとても……」
「ふーん?さっきも言ったけど、魔法は想像力だからね?今度、僕がしっかり教えてあげるよ」
腰に手を当て、得意げに語る。やれやれ、一体どんな指導をされることやら……と思いながらも、ガレットは悪い気はしなかった。
「さて、じゃあそろそろギルドに戻ろう。この依頼が終われば、残すところはあとひとつだ」
「そうだね……頑固なおじいさんか……」
本来なら、ギルドの依頼は一件ごとに報酬が支払われる。だが、今回はシルスの計らいで特殊な条件になっていた。
指定の依頼を五件達成すれば、銀貨三十枚。二人は既に四つの依頼を終わらせていた。
二人は、ついでに洞窟の探索をササッと済ませて街へ戻るのだった。
◆
「順調なようだね?ガレット、フィーリア」
シルスはまたしても受付で二人を出迎えた。
「やる気になればなんとやら……ですね」
「うん!いい調子だよね!」
「それは頼もしい。さて、それでは例の依頼について説明するのだが……」
シルスがそこまで言うと、不意に奥の部屋の扉が開いた。現れたのは、一人の少女。
「そこから先は、私が説明いたします。」
「おや、もう登場か。二人とも、こちらが最後の依頼主・メリルだ」
メリルと呼ばれた少女は二人をまじまじと見つめる。
するとシルスの方へ向き、再び口を開いた。
「その前に、シルス様。本当にこのふたりで大丈夫なのでしょうか?見たところ、それなりに強い方々のようではありますが、今回の依頼に腕力は関係ありません」
「なっ……」
あまりに遠慮のない態度に、ガレットはたじろぐ。
「心配ご無用。受けたのは彼らの意思だが、私直々の人選でもある」
「そうですか。それは失礼いたしました。」
くるりと振り返ると、二人の目を見てメリルは頭を下げた。
「非礼をお許しください。藁にもすがる思いで依頼させて頂いたので……つい……」
(なんだなんだ、ワケありか?)
ガレットはこの手の女性の扱い方を全く知らない。困った……という顔で立ち尽くしている。
だが、フィーリアは違った。頭を下げるメリルに近づき、口を開く。
「初めまして、僕はフィーリア。見てわかる通りエルフだよ。こんな見た目だけど、僕、君が思ってるよりずっと長く生きてるんだ。……だから、力になれることもあると思うよ」
「フィーリアさん……本当だ。私、エルフの方に初めてお会いしました。……実は」
元々緊張していたのだろう。フィーリアの優しい雰囲気に少し表情が柔らかくなったメリルは、依頼の内容を改めて説明し始めた。
◆
「……飯を食わない?」
ガレットが聞き返した。
「はい……もう一週間になります」
「ええ!?なんにも食べないの??」
こくん、とメリルは頷く。フィーリアは驚きを隠せないでいる。食事と睡眠と魔法が生き甲斐の彼女には、想像もつかないことなのだろう。
「さすがにそろそろ栄養を取らないと危険だ、と医者からも言われてしまいました。でも、身体に悪い所がある訳ではないみたいなんです」
「フィーリア、魔法で何とかならないのか?」
「……それは難しいよ。仮に出来たとしてもその時だけ、本人の意思がないとまたすぐ戻っちゃうと思う」
珍しくフィーリアは難しそうな顔をしている。
「そうですよね……一体どうしたら……」
ギルドの魔法使いなら、と期待を寄せていたのだろう。メリルは俯きながら二人の会話を聞いていた。
「おじいさんは、何かご飯をたべない理由とかは言ってないの?」
「それが、理由を言ってくれないんです。ただ……」
「ただ?」
「食事をしなくなった日から、毎日《忘れられない》と呟くようになりました。……何を忘れられないのかは、教えてくれませんが」
忘れられない、一体それがどう食事に結びつくのか三人は見当もつかなかった。
しばらく沈黙が流れ、メリルが気まずそうに縮こまっていると、フィーリアが真剣な顔で口を開いた。
「ね、そのおじいさんに会わせて貰えない?」
「祖父にですか?かなり頑固なので、会ってもどうにかなるとは思えませんが……」
「そうかもしれないけど、ここで考えてたって同じだぜ。自分の目で見て、耳で聞く。冒険者はまず考えるより動く方が得意なんだ」
「さすがガレット。わかってるねぇ」
「そ、そういう事でしたら是非いらしてください。」
「よーし、善は急げだね。早速行こう!」
こうして三人は本人に直接話を聞くべく、メリルの自宅へと向かった。
◆
「ただいま、おじいちゃん」
メリルはリビングに座る祖父に声をかける。
「おお、おかえり。はて、後ろのふたりはどちらさんかな?」
「俺はガレット。メリルから依頼を受けてギルドから来たんだ。飯を食わなくなっちまったって聞いたぜ」
「ほっほ、そんなことでわざわざ。もう一人は……はて、お前さんどこかで会ったことがあるような気がするのう。」
「? 多分初めましてだけれど……フィーリアです」
「そうかそうか、儂も歳じゃから人違いかもしれんのう。ほっほっほ。ワシはグリジールじゃ」
笑いながら話すその姿は優しい好々爺そのものだが、やはり聞いていたとおり食事をしていないのだろう。頬が少しこけている。
「グリジールさんよ、単刀直入に聞くけど、なんで飯食わなくなったんだよ。まさかこのまま餓死するつもりじゃないよな?」
(ガレット……本当に突っ込んだね……)
さすがのフィーリアも冷や汗をかいて、メリルをチラッと見る。しかし彼女は動じず真剣な顔でやり取りを聞いていた。
「そうじゃなあ……記憶、のせいかのぉ」
「記憶ぅ?」
「さよう。この歳になると思い出せなくなることが、一つ二つと増えてゆく……これは避けようのないことじゃ。しかしな……」
そう言うと椅子を回転させて三人に背を向ける。そして、壁にかかる一枚の写真を指差した。
「何もかも、自分の名すら忘れる時がきても、失くしたくない記憶があるんじゃ」
映っているのは一人の女性だった。グリジールは、どこか哀しい眼差しで見上げている。
「おばあちゃん……」
メリルがぽつりと口を開く。
「……嫁さんか」
「そうじゃ。ワシが若い頃に逝ってしまった」
「忘れたくないって……おばあちゃんのことなの?」
「そうじゃな……おや?どうしたかの、エルフの嬢ちゃん」
不意にグリジールが異変に気づく。つられてガレットがフィーリアに視線を向けると
一滴。
頬を伝った涙が、床に落ちた。
皆の視線に気がつくと、パッと後ろを向いて肩を小刻みに震わせる。
「ど、どうしたんだ?フィーリア……」
小さく首を横に振る。
「違うの……ごめん、ガレット。ちょっと外歩いてくるね」
そう言い残し、フィーリアは部屋を出ていった。
「おやおや、悪いことをしてしまったかのう。」
グリジールが気まずそうな顔をしながら、頬をぽりぽりとかいた。
「そんなことないぜ。感情豊かな珍しいエルフだからさ、大目に見てやってくれないか?」
「ほっほっほ。そいつは確かに珍しい。うんと昔にそんなエルフに会ったことがある気もするが……もう、今は思い出せんのぅ」
グリジールは、はぁ……と深いため息をついた
「もうこれ以上、大事な記憶が上書きされてしまうのは、ちと辛いもんがある」
言わんとしてることは痛いほど伝わった。しかしガレットも、もちろんメリルも、そんなグリジールにかける言葉は持ち合わせていなかった。
◆
「悪いな、メリル。フィーリアはどっか行っちまうし、俺も大したこと出来なくて」
「いえ、私こそ無理なお願いをしてしまいました。……フィーリアさんも心配です」
ここに至るまで、メリルはずっと浮かない顔をしている。
「フィーリアも、長いこと生きてきたから……なにか思うところがあったのかもな」
「……ごめんなさい。私が安易な考えで依頼なんかしてしまったばっかりに……やっぱり、今回の話は無かったことにして――」
メリルが拳を握り絞り出すように言いかけた。
その時、
「もう少し」
「えっ?」
「もう少し、爺さんのこと知りたいな。依頼ってこともあるんだけどさ、純粋にあの人のことを知りたくなった」
「ど、どうしてそこまで?」
「うーん。なんでだろ。……冒険者の直感、とかじゃダメ?」
「……ふふっ」
「お、初めて笑ったな?」
「ご、ごめんなさい。……ガレットさんは真っ直ぐな人なんですね」
「そうかぁ?」
「そうですよ。……そんなガレットさん達ならきっと話しても大丈夫ですよね」
「ん?なにが?」
「あまり人の過去を喋るのは好きではないので、後出しになってしまって申し訳ないのですが……私の知る祖父母のことです」
メリルは困り顔で笑った。
「おかしな人達に、依頼を頼んじゃったかもしれませんね」
「ははっ。今更気づいたか?……是非その話聞かせてくれよ」
「はい。……二人はとある村で出会ったみたいなんです。今から五十年以上前、魔族と人間の争いが最も激しかったと言われる時代で、明日食べるものにも困る時があった。祖父はそんな話をよくしてくれるのです」
メリルは足を止めて、さらに続けた。
「この街に越してきて、何とか商人として生きていこうと二人で頑張ってたみたいです。お金がなくとも、家が小さくとも、常に祖母は寄り添って支えてくれた、と。」
「大変な時代だったみたいだな。」
「でも、じきに祖母は若くして亡くなってしまいました。……私は会ったことはありませんが、きっと優しくて強い人だったんでしょうね。祖父は当時を振り返ると、必ず話の最後にこう言うんですよ」
「あいつが出す、柔らかいパンが好きだった……と」
「そんな時代に柔らかいパンが食えたのか?」
「さあ……そこまでは。変ですよね、買い物に出かける度、柔らかいパンどころか買ってくるのはハードローフばかりなんですよ?硬くて食べられん。っていつも私が食べる羽目になるのに。……ほんとうに頑固なおじいちゃんなんだから」
メリルは緊張がほぐれたのだろう。気づけばその話は愚痴混じりになっている。
だが、ガレットは勢いで漏らしたメリルの言葉に、僅かな違和感を感じた。
「ハードローフ?」
「あっ、……ごめんなさい。勢いでつい余計なことまで……」
メリルはハッとして口元を抑える。
(ハードローフは安くて硬くて美味しくないの代名詞だぞ。柔らかいパンが好きだったって……まさか)
「もしかして……」
「え?」
「お手柄かもしれないぞ、メリル。何かが繋がった気がする。」
メリルはまるで意味がわからないという顔をしている。
「な、何がどう繋がるんですか?最後のなんてただの愚痴みたいなものですよ?」
「その愚痴が一番のヒントになったんだ。よし、そうとなれば後はピースを集めるだけだな。……メリル!」
「は、はい!」
「明日、また邪魔するぜ。……もしさ、お前も思うことがあるのなら、ちゃんとあの頑固爺さんに伝えてやれよ。取り繕う必要も、遠慮する必要もない。さっきみたいに、素直な気持ちをぶつけるんだ」
メリルに自覚はなかった。でも、自分でも驚くくらい自然に、人にあんな話をしたのも事実。
(素直な気持ち……かぁ)
◆
ガレットはメリルと別れ、一人街を歩いていた。その足は真っ直ぐ、とある場所へ向かっている。
「ここだな」
やってきたのは《魔法屋》だった。この街に着いた日、フィーリアが少ない路銀をさらに減らしてしまった店だ。
――カランコロン
「いらっしゃい。見ない顔だね」
入るなり、カウンターの中央に座る老婆に声をかけられる。決して大きくない店だが、所狭しと魔法書や巻物などが並べられている。
「どんな魔法をお探しだい?」
老婆がそう尋ねると、ガレットは申し訳なさそうに笑った。
「ごめん、実は聞きたいことがあって尋ねたんだ」
「はて、聞きたいこと?」
「ああ。つい何日か前に、魔法を買いに来たエルフがいたと思うんだけど」
「ああ、おったなそんな娘。随分悩んでいたから、いくらかまけてやったわい。今の時代じゃ流行らんものじゃったからな」
「そうだったのか。はは、なんかわりいな」
「ふむ?お前さんそのエルフの連れか?」
「ああ。で、その魔法についてなんか知ってることないか?」
「あれは……五十年くらい前か、一人の村娘が生み出したもの、というくらいしかわからんのう。当時は画期的じゃったよ。皆こぞってこの魔法を欲しがったもんじゃ」
「なるほどね……ありがとう。貴重な話が聞けた」
「ふむ、おぬしも大概変な奴じゃのう」
「ははは。間違ってないぜ」
――カランコロン
店を後にしたガレットは、普段あまり見せることのない、哀しげな顔をしていた。
「そりゃあ、メリルにはまだ荷が重いよなあ」
ガレットは、メリルとの別れ際にずっと気になってたことを聞いていた。
「ところで、メリルは何歳なんだ?随分しっかりしてるように見えるけど」
「14歳ですが……似たようなことはよく言われますよ」
そんなやり取りを思い出しながら、次の目的地へと歩き始める。しばらく進むと、いい匂いを漂わせる一軒の店に辿り着いた。
「ここだな」
ガレットは扉に手をかけ、ドアを開けた。
――その瞬間。
「うわあああ!!」
「うおおおお!!」
ドサッ!
人影が飛び出してきて、ガレットへ突っ込んだ。
ちょうど店から出ようとしていたのだろう。タイミング悪くドアが開いたせいで、その人影はつんのめった勢いのままガレットにぶつかり、二人は派手に転んでしまった。
「わ、悪い!!大丈夫か!?……ってお前」
「いたた……こちらこそごめんなさい……って」
「フィーリア」「ガレット!」
二人は顔を見合わせ、同時に名前を口にした。
「探したぞフィーリア。こんなとこで何してるんだ?」
「それは……ごめんね。僕はちょっと用事があって、ガレットこそなんでここに?」
「俺も用事だ。……でも、もう済んだよ」
紙袋を抱えて、キョトンとするフィーリア。ガレットは転んだ衝撃で紙袋から飛び出したものを拾う。
「はは……やっぱりな。そんな気はしてたよ」
「ええ?なんでわかったの?」
「秘密だ」
「ええ〜?なにそれ!僕ってそんなにわかりやすいかなぁ」
フィーリアは地べたに座ったまましゅんとしている。
ガレットはそんな彼女に手を差し伸べた。
「全部終わったら俺たちの答え合わせをしようぜ。今はまだ、やるべき事があるだろ?」
「……そうだね!」
フィーリアは手を握り立ち上がった。
「明日が勝負だな」
「緊張するね……あ、ガレットもこれ食べる?」
「これは……明日にとっておこう。きっと美味しく食べられるからな」
「うん!!」
◆
「ほっほ。二日も続けてよう来るのう」
昨日と変わらず、グリジールは二人を迎え入れた。その様子に、忘れられていないとガレットは内心ホッとした。
「悪いな、昨日は突然邪魔して手ぶらだったからさ。今日はいい土産を持ってきたよ。……時間も昼時でちょうどいい」
「土産?生憎じゃがな、ワシは食事をするつもりは……」
眉間に皺を寄せ、言いかけたグリジールをガレットは制止した。
「それを言うのは、こいつを見てからにしてくれよ」
ガレットがそう言うと、示し合わせたかのようにフィーリアが紙袋から何かを取り出してグリジールの前に置いた。
「これは……」
目の前のそれを見た瞬間、明らかにグリジールの表情が変わる。
「お主ら……何故これを」
「ハードローフ。よく買ってくるってメリルが教えてくれたんだ」
それは四角く切られた分厚いパンだった。
しかし
「ククッ。正解半分……ってとこじゃな。どの道わしには硬すぎて食えたもんじゃないわ」
笑いながらそう言った。
「そりゃそうだろうな。誰もがそう思ってるぜ。……フィーリア、頼む」
コクンと頷き、フィーリアがパンに手をかざす。
優しい輝きだった。彼女の手から溢れるそれは、優しくハードローフを包み込む。
「……!!嬢ちゃん何故それを!」
「それは秘密だよ。……食べてくれるかな?」
フィーリアが促すと、グリジールは震える手でパンを掴んだ。感触を確かめるように、優しく持ち上げる。
「……ふふ」
そして、笑みの広がる口に運んだ。
「お、おじいちゃん!」
黙って様子を見ていたメリルは驚きの声をあげる。頑なに口にものを入れなかった祖父が、ハードローフを食べたのだ。
「……柔らかいな」
「や、柔らかい!?」
「硬くなったパンを柔らかくする魔法だぜ」
「なにそれ……そんな魔法聞いたことないよ」
メリルは口に手を当てて震えている。
「そうじゃろうなあ……今の時代、知る人間はほとんどおらんじゃろう」
「なあ、あんたの奥さんもこの魔法を使えたんじゃないのか?」
ガレットはグリジールを見つめている。
「……ほっほっほ。そんな真っ直ぐな眼で見つめられては、嘘はつけんのう。その通りじゃよ、ガレット」
グリジールは観念したように笑った。
「当時から人気のないパンじゃった……しかし、飢えに怯える時代ではそんなものですら有難かったものだ」
「この時代でも、金がない冒険者には重宝されてるぜ。俺も随分と世話になってる。そんな魔法を使える仲間は、いなかったけどな」
「はっはっは!そりゃ残念じゃのう。ワシは若い頃からこのパンが苦手じゃった。硬くて、さして美味くもない。取り柄は安さだけ。食卓に並ぶこいつを見る度にため息ばかりついとった」
「そんな日常を変えてくれたのが妻・メリアの作り出したこの魔法じゃよ。」
「おばあちゃんが……作った?」
「ああ……理由は言わんかったけどな。ワシにはわかる。……あいつのおかげで食卓には活気が生まれた。パンもそうじゃがな、ワシはあいつが微笑みながら魔法をかける姿が好きだったんじゃ。優しく、暖かい光。実にメリアらしいと思うたよ」
グリジールは天を仰ぎ、シワの寄った手で顔を抑えた。
「じゃが……そんな恩を返す前にメリアはいなくなってしもうた。知らずのうちに無理をしていたんじゃろう。まだ若く、これからだと言う時だったよ」
「……そうだったんだ」
「それからのワシはメリアの忘れ形見を育てるために、がむしゃらに働いた。……暖かい記憶とともにな」
「そして年月が経ち、メリルが生まれた。幸せじゃったよ。子どもにも孫にも恵まれ……メリアは記憶の中でしっかり生きとった」
「じゃが歳をとるというのは、残酷なことじゃ。いつの頃からか、遠い記憶が少しずつ思い出せなくなってきたのじゃよ。」
「お主らには、まだわからんじゃろ……もし、メリアの記憶が消えてしまったらと考えると、それは死ぬことより辛いのじゃ」
「……!」
「メリル。良かれと思って今までこんな話はしたことがなかったがの、逆に追い詰めてしまったみたいじゃな。……悪いことをした」
メリルは静かに話を聞いていた。
そして、大粒の涙を流しながら絞り出すように言った。
「……死んじゃうと思ったんだから」
「正直、それでもいいと思っとった。それくらい、失いたくない記憶だったんじゃ」
「やめてよ!!そんなんで死んじゃったらおばあちゃん悲しむよ!!人の気も知らないで勝手なことばかり言って!!」
「メリル……」
激昂するその姿に、グリジールは不思議と懐かしさを覚えた。
(あんた!馬鹿ばっか言ったんじゃないよ!商人になろうって人がこんな頑固でどうするんだい!?)
去来するのは、遥か彼方の記憶。特別なことは何も無い、ありふれた日々の会話の一節。
目の前で感情のままに叫ぶメリルが、在りし日のメリアと重なって見えたのだ
「はっはっは……」
「何笑ってるのよ!!」
「メリルよ」
「……なに」
「気付かぬうちに、随分大人になったな。初めて見るお前のこんな姿に、不思議とメリアが重なったよ」
メリルは腕で涙を拭った。
「……当たり前でしょ。私はおばあちゃんの血を引く孫なんだから」
「そうじゃな……なあ、わがままをひとつ聞いて貰えんか?」
「……聞くだけ聞いてあげるわ」
「もしこの先、ワシがメリアのことを忘れそうになったら……今日と同じように叱ってくれんかの?」
「そんなの……当たり前じゃない。言われなくたってそうするわよ。」
「そうか……そうじゃな。全く、本当によく似てきおったわい。言うことまで同じじゃ」
二人は目を見つめ合い笑った。
その時
ぐううう〜
「え?」
「なんだ?」
どこからか、聞いたことのある音が聞こえた。
まさか……そう思ってフィーリアの方を向くガレット。
「ぼっ、僕じゃないよお!!」
顔を真っ赤にして違う違うと手を振り回す。二人のそんな様子を見ながらグリジールは手を挙げた。
照れくさそうに、頭をかきながら、モジモジしている。
「なに?おじいちゃん」
「その……なんじゃ。この歳になってこんな恥ずかしい思いをするとも思っとらんかったがの……オホン!」
「腹……減っちまったわい」
顔を真っ赤にしながら絞り出したその言葉に、メリルは満面の笑みを返したのだった。
◆
「二人とも、よくやったな」
シルスは笑みを浮かべながらガレットとフィーリアを労った。
(よりいい顔になって帰ってきた。どうやら、見込んだとおりだった様だね)
「何とか出来たみたいで安心しましたよ。家族に恵まれて、あのじいさんは幸せ者です」
「そうだね……素敵な家族だったなあ。涙腺が緩くなっちゃったかも」
「まあ、深くは聞かないさ。顔を見ればわかる。改めて私からも感謝を伝えるよ。ありがとう」
シルスは二人をしっかりと見つめ礼を言うと、そのまま立ち上がり二人の前へ小さな袋を差し出した。
「約束の報酬だ。中を確認してみてくれ」
「そういえばそうだったな。路銀稼ぎに来てたんだっけ」
「僕もすっかり忘れちゃってたよ。依頼に夢中だったからねぇ」
顔を見合わせて笑う二人。そして、言われた通りに中身を確認する。
「銀貨三十枚!……と、あれ?」
「どうした?」
「もう一枚、なにか入ってるよ?」
フィーリアが袋を逆さまにして手のひらの上で振る。すると、中から小ぶりな一枚のコインが出てきた。それはなんと、金色に光っている。
「きっ、金貨!?」
「ええ!なんで!?」
二人は目を大きく見開いて驚いた。金貨は一枚でおよそ、銀貨三十枚分の価値がある。
「ああ、それは私からの個人的な報酬さ。言ったろ、誰も受けてくれない依頼だって。……ギルドを預かる者として、そんなことはあってはならないからね。無事に解決してくれた手間賃さ」
「手間賃って額じゃないでしょう……」
「ふふふ。貰えるものは貰っておきたまえ。ああ、それともうひとつ、良いものをあげよう」
さらにシルスが何かを差し出す。
「これは、乗船チケット。この先の港町から出てる船に乗ることが出来る。船旅も、たまにはいいんじゃないか?」
「船!?僕乗ったことない!」
「嘘だろ!千年も生きてるのに!?」
シルスの提案にフィーリアは目を輝かせている。あえてそれを断る理由もない。ガレットは有難くチケットを受け取った。
「船で数日ほど西に向かうと、ハリマークという街に着く。ギルドの動きが盛んで、君らのような冒険者が沢山集まる街だ。きっといい話が聞けるだろうから、一度行ってみるといい」
「ありがとうございます。……いいお宝の情報仕入れられるかなあ」
「たくさんたくさん……世界を見てきます!」
「ああ、お互い貴重なひと時を全力で楽しめ。また会える日を楽しみにしてるよ」
◆
二人は宿に戻った。次の旅路へ向けた準備もそうだが、冷静になるともう体力の限界だったのだ。
この数日間、頭も身体も動かしっぱなしだったのだから無理もない。
「さすがに疲れちゃったね」
ベッドに腰掛けて笑うフィーリア。そして、そんな彼女を床に腰をおろしジーっと見つめるガレット。
「……やっぱり気になる?」
「そりゃな。」
「うーん……」
フィーリアは困り顔で頭に手を乗せた。
「実はね……」
――五十年前。
「うう……さすがに考えなさすぎたなあ。ギルドも閉まってるし、どうしよ」
とある村を訪れていたフィーリア。手に入れた魔法書を夢中になって解析していたら、すっかり夜中になってしまった。
間の悪いことに、財布の中身は空。仕方なく公園のベンチで横になり、ひもじさに耐えていた。
そんな時
「ワン!ワン!」
「うわあ!なになに!?」
「あら?こんな時間にこんなところで……」
現れたのは、犬を連れた優しそうな女性だった。
「見ない顔ね?エルフちゃん?」
「あ、こんばんは……」
フィーリアが経緯を話すと、しばらく唸ったあと女性は口を開いた
「うーん……いくらエルフっていっても、夜中に女の子ひとりじゃねえ……ねえ、あなたうちに来なさいよ」
突然の申し出にフィーリアは困惑する。
「ええ!?そんな迷惑は……朝になればギルドが開くから……」
「そんな時間まで外にいたらお腹すいてひっくり返っちゃうよ!大したものはないけど、遠慮しないでおいで!」
結局言われるがまま、フィーリアはその女性の自宅へと連れて帰られた。
「やあ、いらっしゃい。公園で寝てたんだって?」
「……我ながら情けない響だなあ」
「そんな言い方する奴があるか!……ごめんね、この人は私の旦那。売れない商人の卵なの。とりあえず、パンでも食べてお腹を満たしなさいな」
(ハードローフだ。……僕これ苦手なんだよなあ。栄養はあるけど硬くて食べ疲れちゃうし……)
心の中でそう思ったものの、見ず知らずの変なエルフにこれだけしてくれる人の好意を、無下にする選択肢など彼女には無い。
「ほんとにすみません……いただきま……」
大きく口を開けて齧りつこうとした
その時
「あ!忘れてた!」
「んぇ?」
フィーリアは大きく口を開けたまま、声の方に視線を向ける。
メリアはパタパタと駆け寄るとハードローフに手をかざした。すると、たちまち硬かったそれは、目で見てもわかるくらいに、ふんわりと変化した。
「ええ!?な、なにこれ!」
「むふふ……私が開発した魔法さ。さあ、食べてみて!」
「あむっ……お、美味しい!!」
一口食べた瞬間、フィーリアは目を輝かせた。安い、硬い、美味しくないが代名詞のハードローフが、今まで食べたどのパンよりもふんわりと柔らかくなっていた。
「うちのカミさん、いい魔法作るだろ?こっちの方が俺の商売より、よっぽど売れそうだな」
「はっはっは」と笑う男性の頭をパチンとひっぱたく。
「バカばっか言わない!さっさと凄腕商人になって、いい街に住まわせてちょうだいな!」
「もう少しの辛抱さ」
「もう少しっていつまでなの!」
パンを頬張るフィーリアを置いてけぼりにして、二人はやいのやいのと言い合いを始めた。しかし、二人の間に嫌味は感じない。
(この二人、本当に仲がいいみたい。……なんかいいなぁ)
一人で旅をしていたフィーリアの心は、少し暖かくなった。
――翌朝
「本当にありがとうございました。あんなに美味しいハードローフ、初めて食べました……必ずこのご恩はお返ししに来ます!」
フィーリアは勢いよく頭を下げる。
「いいっていいって!一人旅するエルフちゃんを助けるなんて、そうそう出来ることじゃないからね。それに、喜んでもらえたならこんな魔法でも、作ったかいがあるよ」
彼女は嬉しそうにフィーリアの頭を撫でる。
「そうだぞ!あ、でもまた次会った時に俺の商売が上手くいってなくてさ、飯も食えないくらい困ってたら、その時は助けてくれよな。エルフって確か長命なんだろ?」
「あんた!!商人ともあろう者が恩着せがましいこと言うんじゃないよ!!」
(きっとこの二人は、いつまでもこんな風に仲良く過ごすんだろうな。また必ず会いに来なくっちゃね)
「……ふふふっ。わかりました。その時は、必ず!」
「真に受けなくていいのよ!……そういえば。名前、聞いてもいいかしら?」
「もちろん!僕の名前はフィーリア!」
「いい名前ね。……また会えるのを楽しみにしてるわよ。元気でね、フィーリア」
「お二人もお元気で……必ずまた会いにきます!……あ、お二人のお名前聞くの忘れちゃうとこだった、えへへ」
「あら、そういえば自己紹介もしてなかったのね。」
「商人の妻が自己紹介もしないだなんて、如何なものですかな?」
「うるさいよ!!」
二人のやり取りを見て笑うフィーリアに、彼女は優しく名前を名乗った。
「私の名前は――」
――そして現在
「――ってことがあってね……えへへ。嬉しいような恥ずかしいような。でも……とっても大事な僕の思い出なんだ」
「夜中の公園でエルフがひっくり返ってたら、驚くだろうなあ。たまたま会った人がそんな聖母みたいだったなんて、運がいいよほんとに」
「えへへへ……今でも、あの時のパンの味は忘れられないなあ……たった一夜だけど、人の優しさを全身で感じたよ」
「その後はどうなったんだ?また会うことはできたのか?」
フィーリアは首を横に振る。
「実は何年かあとにもう一回その村には行ってみたの。でも……きっと魔族に襲われたんだろうね。ほとんどの人がより守りの硬い街に引越した後だったんだ。残ってた人に聞いても、誰がどこに行ったなんて一々覚えてる人もいなくて。……悲しかったけど、いつかまた会えるって信じてその時は諦めたの」
「そっか。……大変な時代だったんだもんな」
「だからあの写真を見た時、色んな気持ちが混ざっちゃって……」
「やっぱりその人たちって……」
「うん、そういうこと。グリジールさんはすっかりおじいちゃんになってて、すぐには気付けなかったけど。写真に映るメリアさんは、あの時のままだった。……生きてるうちに会いたかったなぁ」
気づけばフィーリアは目を赤くしていた。
両手で涙を拭うフィーリアの隣にガレットは座り、彼女の頭に優しく手を置く。
「確かに、メリアさんには会えなかったかもしれないけど、もうひとつの約束は守れたな」
「ぐすっ……うん。」
「きっと、メリアさんも喜んでるよ。うちのを助けてくれてありがとうってな」
「うん……うん……!」
「ありがとな、大事な思い出に俺も混ぜてくれて。」
「うぇえ〜ん!!会いだがっだよおお!!」
フィーリアは泣いた。出会ってから一番大きな声で。
「偉いよ。ずっと泣くの我慢してたんだろ?」
「もう無理だよぉおお!うううう!」
「気の済むまで泣けばいいさ。俺で良ければ、傍にいるよ」
「ううう……ガレットぉ」
「なんだ?」
「じゃあもう少しだけ……頭撫でてくれる?」
「……仕方ないな」
――それからしばらくして、フィーリアは寝てしまった。
起こさないよう横にして布団をかけると、ガレットは一人バルコニーに出て夜風を浴びた。
「ハードローフはまた今度かな」
机の上に置いてある紙袋には、ハードローフが二つ入っている。
(あの魔法を無理してでも買ったのは、そういうことだったんだな。たとえ、明日宿に泊まる金が無くなっても、思い出を守りたかったんだ)
「記憶、か」
(俺も、いつまでも逃げてちゃいけないな……セシル)
◆
「おじいちゃん。本当にひとりで大丈夫?」
そう心配そうに問いかけるのはメリル。
「心配いらんよ。遠くに行くわけでもあるまい。少し、話をしに行くだけじゃ」
「……そっか。わかったよ。じゃあ、くれぐれも気をつけて行ってきてね」
――例の一件から数日後。グリジールは以前のようにちゃんと食事を取るようになっていた。そして、心なしかガレット達と出会う前より、活力に満ちているようにも見える。
「ご飯を食べるようになったのはいいけど、頑固なのは治らないわね」
困ったようにメリルは笑い、出かける背中を見送った。
「――ここに来るのもひさしぶりじゃの」
グリジールが訪れたのは霊園だった。その一角にある、こじんまりとした墓石の前で足を止める。
「久しぶりじゃの。今日は面白い話があってな。……本当に来たんじゃよ。はるか昔に出会った、あのエルフがな」
グリジールはフィーリアのことを思い出していた。
「……五十年越しに、きっちり約束を果たしていきよったわい。お前が生きてたら、なんて言うたかな」
墓石を撫でながら、ゆっくりと語る。
「孫のメリルも、言うようになったぞ。どんどんお前に似てきていつ引っぱたかれるかと、わしゃビクビクしとるよ。……メリルの顔を見せてやれんのが、残念で仕方ないのお。」
グリジールがそう哀しそうに呟いた。
――その時
「何言ってんだ!私はいつも見てるよ!全く……変なことばっか考えて早まるんじゃないよ!ガレットやフィーリア。そしてメリルの気持ち……無駄にしたら承知しないからね!」
どこからか、そんな声が聞こえた気がした。
その瞬間、突然吹いた突風がグリジールの背中を押す。慌てて後ろを振り向くも、当然そこには誰もいない。
「ほっほ。ワシも焼きが回ったかのう。……いや。」
「有難く、激励として受け取ろう。ワシはもうちょいと残りの人生を楽しむ。もう少しだけ……そっちで待っとれ」
そう言うと、墓に背を向け再び歩き始めた。
「あんなもん、置いてきて大丈夫じゃったかのう……ま、怒られりゃせんか。ほっほっほ」
――グリジールが去った後、一羽の小鳥がメリアの墓に降り立った。
その小さな足元にあるのは、お世辞にも美味しそうには見えないパン。
でも、小鳥は嬉しそうにそれを啄んで、静かに空へかえっていった。
第5話小話 セルフQ&A
Q:フィーリアちゃんはいつの時代もこんな感じなんですか?
A:勿論ですとも
Q:メリルの両親は全く出てきませんが、何をしてるんですか?
A:グリジールから商会を受け継いで、頑張っています。メリルが歳の割にしっかりしてるからグリジールのことを任せきりにしてしまっていますが、きちんと負い目は感じています。
Q:メリルは何歳ですか?
A:14歳です。




