第2話 共に
トラップに引っかかり宙吊りになる変なエルフと出会ったガレット。
そんな縁から二人で洞窟の最深部を目指すことに。
「なあ、ガレット。人間が冒険者でいられる時間ってどれくらいか知ってるか?」
「さあな…人によりだろうし」
「聞いて驚け、世間では平均して30年と言われている」
「たった30年?15で旅に出ても45だぜ?まだまだだと思うけどな」
「色々な要因を合わせるとそんなもんなんだとよ。…思ってたより遥かに短え」
「そうだな。でも中には爺さんになっても旅を続けるやつもいるって聞くぜ」
「ああ。だから、俺達はそれを目指そう。60になっても70になっても…自分の足で歩いて、世界を回ろう」
「そのつもりだ。いずれにせよ、人間の一生なんて短いもんなんだ。死ぬ時に後悔しないよう全力で…だな」
「安心しろガレット。先にくたばったとしても、責任もって最後まで良い景色をみせてやるよ」
「お前こそ。魂引っ捕えて連れ回してやるよ」
◆
パチパチパチ…
心地よく燃える焚き火の音で、ガレットは目を覚ました。
「夢、か」
辺りを見回すと壁にもたれていたはずのフィーリアが、焚き火の傍で幸せそうにぬくぬくと眠っている。
「さて…正確な時間も分からない以上、すぐ出発した方が良いな」
ガレットは立ち上がり、身体を伸ばした。腰に手を当て、背中を大きく反らす。
そのとき、暗い天井の一角に何かがいるような気配を感じた。
「? 気のせいか…?」
そう思いながらも目を擦り、もう一度視線を向ける。
次の瞬間、その気配は天井を離れ、物凄い勢いで地面に飛来した。
ズドォォン
轟音をたてて着地したのは、黒く光る身体に強靭な角を持つ甲虫型の魔物……ブラックビートル。
「な、なんで魔物が!魔物避けは……あ……」
昨日、テントの準備をしていた時のことを思い出す。
フィーリアの悲鳴に気を取られ、魔物避けを設置したまま、発動させるのをすっかり忘れていた。
「我ながらしょうもないミスだな……フィーリア!魔物だ!魔法で援護してくれ!」
背後のフィーリアに声をかける。しかし、返事はない。
「……フィーリア?」
ゆっくり後ろを振り向く。
「うふふ…たからばこ…zzz」
「……マジ?」
この状況でも、フィーリアは未だ目を覚ましていない。それどころか、随分幸せそうな夢を見ている様子だ。
「フシュゥゥゥゥ」
ブラックビートルは呼気を発し、ガレット達を威嚇している。もうすぐにでも襲いかかってきそうだ。
「…やれやれ。やるしかないか」
ガレットは腹を括った。そして近くに置いてある剣に手を伸ばす。その瞬間、ブラックビートルが飛びかかってきた。
「キシャアアア!!」
「うおおお!!」
ガレットはそれを躱すように全力で上に飛ぶ。勿論、爆睡フィーリアを抱えて。
「一旦退避!!フィーリア!起きろ!」
「んぇ…?もう朝?…あ、洞窟だから分からないや。へへ」
ガレットに担がれながら、ようやく目を覚ましたフィーリアは寝ぼけ眼で呑気に笑っている。
「言ってる場合か!ブラックビートルに襲われた!今振り切って逃走中!撃退するから力貸してくれ!」
ガレットが言うとようやく事態を理解したらしいフィーリアの顔色がみるみる青ざめてゆく。
「……無理だ」
「無理ィ!?」
「僕虫はダメだよ…ここに多く生息してるのは知ってたから、ただでさえ気づかれないように魔力をギリギリまで抑え込んでるんだ…」
ガレットの腕の中で頭を抑えながら、プルプルと震えるフィーリア。
「そ、そんなこと言ってる場合か!俺はあんなでかいの撃退出来る魔法は使えねえ!何とか時間を稼ぐから、炎魔法で蹴散らしてくれ!」
そう言いながらフィーリアを地面に下ろし、迫り来るブラックビートルに向かい剣を構える。
(えっ、この剣は…)
ガレットが携える剣を見た瞬間、フィーリアが少し驚いた顔をした。しかしすぐに、ブラックビートルの方に視線を移し杖を構える。
「…気乗りしないけどわかったよ。少しだけ、頑張ってね」
「頼んだぞ!」
ガレットはそう言うとブラックビートルに向かって走り出す。そして剣を振り下ろすが、硬い外皮にその刃は阻まれてしまう。すぐさま後方へ飛び、距離を取った。
「やっぱ硬いなあ…」
ブラックビートルは、ガレットの構える剣を脅威ではないと判断したのか、翅を広げ突撃の体勢をとる。
ガレットは堪らず距離を取るべく、背を向け走る。同時、ブラックビートルも獲物を仕留めるべく飛び出した。
「フィーリア!まだかぁぁ!」
「…よし、お待たせ、ガレット」
フィーリアがそう言うと空中に魔法陣が展開された。ブラックビートルは自らを狙う魔力を察知したのか、標的をガレットからフィーリアへと変え、突進する。
「フィーリア!」
「大丈夫だよ。ガレット。---焼き払う炎」
魔法を唱えると同時、魔法陣が展開され、杖の先から迸った灼熱の光が、ブラックビートルを易々と貫く。
次の瞬間全身が発火し、たちまちに燃やし尽くしてしまった。
「へへ、どんなもんだ。虫嫌いの僕が編み出した焼却魔法の味は」
「凄えな……助かったよ」
虫はダメだと言っていたくせに、一瞬で倒してしまった。エルフの魔法は、人間とはひと味違う。
片手で目を覆い、身体もプルプル震わせているけれど……
「はぁ〜寝起きに魔法使ったからお腹すいたよ……」
「……嫌いな虫を完膚なきまでに燃やし尽くした直後でも、お腹は空くのね。ははっ」
フィーリアはお腹を抑えながら呟く。そういえば、目が覚めてすぐの戦闘だったな。助けて貰ったんだ、飯くらいご馳走しないとバチが当たりそうだ。
「朝飯を作ろう。一旦テントに戻ろうか」
「そうこなくちゃ!早く帰ろう!」
途端にフィーリアは目を輝かせ歩き始める。全く、人間だってこんなにコロコロ表情が変わるヤツはそんなにいないっていうのに。
◆
「そういえばさ、その剣はどこで手に入れたの?」
テントに戻り、まだ残っていた焚き火で焼いたパンとベーコンを頬張りながら、フィーリアが不意に尋ねてきた。
「これか?もう5年くらい前になるか……まだガキだった俺が初めて潜り込んだダンジョンで見つけたんだ。鑑定士に見せたら、今の技術じゃ絶対に作れない術式が刻まれた剣なんだってさ。……今のとこ見つけた唯一のお宝だ」
ガレットは剣を撫でる。手にしてから5年。片時も離れること無くガレットの冒険を支えてきた相棒だ。
製作者も出来た年代もわからない。それでも、ガレットにとっては大切な一本だった。
「へぇ〜。大事な相棒……良いね」
「? なんでフィーリアまで嬉しそうにしてるんだ?」
何故かフィーリアは嬉しそうにその話を聞いている。そして剣を見つめる眼差しは、どこか懐かしいものを見るような目をしていた。
「へへ、今は内緒。それより、そろそろ先に進もうか?目的地はきっと一緒だよね」
笑いながら人差し指を口に当てはぐらかす。
(今はって……まいいか。)
トラブルはあったものの、随分のんびりしてしまった。この洞窟内で連泊するつもりはない。先を急ぐのは、ガレットも同じだ。
「そうだな。そうと決まれば、ちゃっちゃと突っ走っちゃいますか。フィーリアは体力に自信は?」
「ばっちりだよ。寝床もご飯も凄く助かった……さあ、行こう!」
二人は顔を見合わせ、頷いた。そのまま、洞窟の奥へ向かって駆け出す。
◆
「はあ……はあ……ほ、本当に突っ走って来ちゃったな……」
「ふー……ふー……ほんとだね……勢いのまま魔物も蹴散らして……やるねガレット……」
結局二人は、本当にノンストップで最深部に辿り着いた。道中にも魔物は出現したが二人の勢いを止められるものはいなかった。ガレットが切り込みフィーリアが後方から魔法を撃つ。突貫とは思えないコンビネーションだった。
「さて……扉を開けるよ」
「あ!待ってくれ!」
休憩もそこそこに、最後の扉を開けようとするフィーリアをガレットは制止した。
「どしたの?もう少し休む?」
「いや、そうじゃなくて……」
ガレットは何かを言いかけるも、口を噤む。
「??」
フィーリアは不思議そうに首を傾げる。
「……いや、悪い。なんでもない。さ、行こうぜ」
「……ふーん。じゃ、気を取り直して、せーの!」
フィーリアが思いっきり押すと、扉は音を立ててゆっくりと開いてゆく。
「はは……」
「……へへへっ」
部屋の中に入り、二人は小さく笑った。
「どう?大当たりじゃない?」
「ああ……言葉が出てこねぇよ…」
ガレットの反応も無理はない。
そこにあったのは七色に輝く鉱脈だった。部屋全体を覆うように広がったそれは、言い伝えの通り、この世の何より輝いていると言っても過言ではない。
「すげぇ……ほんとうにすげぇ……」
ガレットは座り込み、その輝きを眺めている。
(夢でも見てるみたいだ……今回は本当に宝があったんだ……)
「……これは虹の宝石っていうの」
ガレットの様子を見守っていたフィーリアが静かに口を開く。
「始まりはほんの小さな石ころだったんだけどね。放たれる光が、長い年月をかけて周囲の鉱石も同じ性質に変える特性があることがわかったの。だから千年前、保管に適したこの場所に安置した」
「よくそんなこと知ってるな……って、もしかして」
ガレットがハッとして後ろを振り向く。するとそこには両手を顔の前で合わせるフィーリアの姿があった。
「ごめんね。実はちょっとウソついてた。僕がここに来た本当の目的は、この部屋の様子を確認するためだったんだ……」
「そういうことか」
「まさかここまでになってるとは思わなかったけど……お宝探ししてる人に、ネタばらしは嫌だったから」
「仮にネタばらしされてても……そんなこと関係ないくらい、凄まじいよ……」
「ふふ、そう言ってくれると思ってた」
フィーリアはガレットの横に腰を下ろす。
「言ったでしょ。千年生きても知らない事があるって。……これが僕がエルフらしくない理由だよ」
「ああ……これが俺が夢を見続ける理由だ……」
人間のガレットとエルフのフィーリア。年齢も、種族も、考え方も違う二人。
「なんか似てるね、僕たち」
「そうだな」
◆
虹の宝石を眺めて小一時間が経った。
(ずーっと眺めてる。まるで、目に焼き付けるように)
そう思いながらも、フィーリアはその様子を静かに見守っていた。すると、不意にガレットが立ち上がり口を開く。
「なあ、フィーリア。一応俺はギルドの依頼でこれを採取して来いって言われてるんだ」
「そうだったね。折角見つけたお宝なんだし、良いんじゃないかな?」
「でも、それはやめた。ギルドには何も見つけられなかったって報告するよ」
「え?なんで?ようやく巡り会ったお宝だよ?」
「確かにそうだ。次にこんな大層なものいつ拝めるかわからない。……けど、気が変わった」
「フィーリア。お前はこれを採取しに来たわけじゃないんだろ?」
フィーリアは一瞬驚いた顔をした。でも、すぐに自分の心を見抜かれたことを察して、笑みが零れた。
「お見通しかあ。そうだね……僕は様子を確認したら扉は封印しようと思ってたんだ」
フィーリアは立ち上がり鉱脈に触れる。
「この虹の宝石はまだまだ成長途中だから、いつか更に大きな鉱脈になって、自然に人の目に触れるようになった時に、誰かの役に立てばいいかなって。その時まで僕が生きてるかはわからないけど、遥か未来に人知れず何かを残すのも、良いと思わない?」
「そんな気がしたよ。フィーリアらしいと思う。それに、得られるものは形あるものだけじゃない。だろ?他の奴らにどう思われても関係ないさ。これは……ここにいる俺とお前だけが知る宝だ」
「おやぁ、良いこと言いますなぁ……」
「ここで茶化すなよ!……ははっ」
フィーリアは千年前、この場所に虹の宝石を残した。そして今も、その先の未来へ残そうとしている。
「ガレット、充分目に焼き付けた?」
「ああ、一生忘れることはない」
「一生か……ふふ、そうだね。僕も忘れない」
そうして名残惜しくも、部屋を後にした二人。フィーリアはそのまま扉に封印の魔法を施した。
曰く、千年ほど経過すると自然と弱まり始める術式のようだ。
帰り道、二人は静かに歩いていた。会話は無い。二人の足音だけが、洞窟に木霊している。
どれだけ歩いただろう。もう出口も近い。そう思うと、なぜかガレットの鼓動が速くなり、並んで歩くフィーリアに視線を向ける。
「どした?」
「いや……なんでも……なくはないか」
「??」
「はは、気にしないでくれ。それより、見ろ。ようやく出口だ」
ガレットが指さす先に、久しぶりに見る外界の光が広がっていた。
◆
「おお〜涼しい〜!あの中、ジメジメしてたから解放感凄いねぇ〜」
「そうだな、まさかこんな洞窟で、宙吊りになってるエルフがいるとは思わなかったけどな」
「あー!!また言う!!……と言いたいところなんだけど、実はアレ千年前に僕が仕掛けたトラップなんだよね……まさか自分で引っかかるとは思わなかったけど……えへへ」
少し頬を赤らめながら、フィーリアは出会った時のことを白状した。
「なんとなくそうだと思ったよ。危なっかしい所あるもんなぁ」
「そうなんだよ……困っちゃうよね……」
「こんなタイミングよく助けて貰えるとは限らないからな。この先の旅では気をつけろよ」
ガレットは、無意識にフィーリアの頭に手を置いた。
「あ!子供扱いした!こう見えてもガレットより……」
「なあ、フィーリア」
「ん??」
「いや……なんでもない。ともかく、お陰でこれからも自分の夢を追いかけられそうだ。……初めて人とパーティ組んで楽しかったと思ったよ。また、どこかでな」
そう言い残し、フィーリアへ背を向けて歩き出す。しかし、ガレットは少し舐めていたのかもしれない。《千年生きたエルフ》であるフィーリアを。
「……ぐぇーーーーっ!!」
ガレットは急に首が締まる感覚がした。それと同時、突如巻き起こる魔力を感じ恐る恐る後ろを振り返る。
するとそこには、溢れる魔力と共に怒りの表情で立つフィーリアの姿があった。次の瞬間、ガレットの身体は宙へ浮き、フィーリアの方へ引き寄せられる。
「うおおおおおお!!」
ズドン
物の見事にガレットは不時着した。
「な、何すんだいきなり!!」
「……ガレット。君は僕を舐めているのかい?」
「なっ……なんの事だよ!?」
少しため息をついて、フィーリアは真っ直ぐガレットの瞳を見つめる。
「君の様子がおかしいのはすぐ気づいたよ。なにか言いたそうにして、口を開いたと思ったらなんでもないばっかり。挙句の果てには子供扱いして去ろうとするだなんてさ……」
「いや、その……」
「ガレット。君は夢を追いかけるでしょ?そんな人が思ったことひとつ素直に言えなくてどうするの?それとも、君は僕に言ってもらいたいの?確かに、僕は君より遥かにお姉さんだけど、君は男でしょ?」
「……うぅ」
ガレットは小さくなる。確かに、態度には出ていたかもしれない。まさか、こんな真正面から言われるとは思わなかったが。
フィーリアの真っ直ぐで純粋な瞳に、ガレットは根負けした。
「はは……そうだな」
ゆっくりと立ち上がり、身体の埃を払ってしっかりとフィーリアに向かい合った。
「フィーリア。……出会ったばかりのお前にこんなことを言うのは変かもしれん。でも、俺は自分の直感を信じてみることにするよ」
「俺と一緒に、旅に出てみないか?」
それを聞いたフィーリアはニッコリ笑いながらこう返した。
「ええ〜??それはちょっと……どうしようかなあ……」
まさかの本人に喝を入れられ、意を決してフィーリアを旅に誘ったガレットだったが、全く予想外の返事に完全に身体は硬直した。
「……ぷっ。ふふふっ」
「なっ……お前……」
「ごめんごめん。ついからかってみたくなっちゃってさ……ガレット。こんな僕だけど、良いかい?」
ガレットはため息をついた。全くだ。誘う相手を間違えたか。
(……でも、こんな奴だから、なのかもしれない。)
「ああ、勿論」
ガレットは手を差し伸べる。
「もうご存知かもしれないけど、僕は危なっかしいみたいだからさ……見張りがいると心強いんだよね」
フィーリアはその手をしっかりと握る。
「一晩でよく理解したよ。……頑張っても、精々50年くらいかな。お前の人生のほんの一部、ほんの一瞬だけだ。それでも良いか?」
「それって、一生面倒見てくれるつもり?」
「ものの例えだろ!」
「ふふ、わかってるよ。確かに、僕からしたらほんの一瞬……瞬きの間に終わる旅かもしれないけど」
「君と一緒に、ひとつでも多く焼き付けたい」
こうして、知りたいエルフと夢見る人間。おかしな二人の、長く短い旅が始まった。
Q:フィーリアちゃんはもしかして寝相が悪いのですか?
A:はい。悪いです。考えて下さい。500年も一人で夜を過ごしてきたんです。寝相を気にする事なんかはるか昔に置いてきちゃったみたいです。




