千分の一の邂逅
ギルドで日銭を稼ぎつつ夢を追いかけるガレット。
悠久の時を全力で生きるフィーリア。
本来交わることの無い種族の二人が、ひょんなことから出会い共に旅に出る物語。
―――出会ったのは不思議なエルフだった。
幾星霜の時を生き、膨大な魔力を有する稀有な種族。
けれどその長すぎる人生故か、同種族・他種族を問わず他人と関わることを好まない。
少なくとも、俺はそう聞いていた。
目の前にいる、こいつと出会うまでは。
その日、ギルドの依頼でとあるダンジョンの調査に来ていたガレットは深部へ向かって歩を進めていた。
「随分深くまで来ちまったな……こりゃ今日はこの中で野宿かな」
ここは洞窟型のダンジョン。何でも、ここの―番奥にはこの世の何よりも輝く鉱石が眠っているとされているとか。
「期待半分……の半分くらいかな」
ガレットは所属するギルドで魔物退治の傍ら、未知の宝との遭遇を夢見て各地を駆け巡ってきた。
しかし、そんなものそうそうお目にかかれるわけもなく、空振りばかりの日々を過ごしている。
それでも、性懲りもなくまた新たなダンジョンに潜り込んでいるわけなのだが。
「いくつ潜ったか覚えてないけど、手に入れたお宝はこの剣だけ……しょっぱいよなあ」
独りつぶやきながら腰に差している剣を撫でる。これはかつて死ぬ思いでようやく手にしたダンジョンの宝。
鑑定士によると所持している者の魔力や身体能力を底上げする術式が刻まれていると言う。
とんでもない買い取り額を提示されたが、売却は断った。お金も必要だが、これは形に残る唯―の宝と言っても過言ではない。迷った挙句、所持し続けることに決めた。
「ま、お陰で随分多くの仕事を怪我なく受けられるようになったからな……もう元は取ったかもな」
そんな事を考えながら歩を進めていると、洞窟特有のジメッとした空気感と、足場の悪い中の探索という事もあり、思いのほか体力を消耗していることに気づく。
既に半日は歩いただろうか。洞窟内部は予想以上に広く思うようなペースで進めず、当然陽が差し込むこともないので時間の経過もよく分からない。
「今日はこんな所かな。そもそも―日で戻れるとは思ってなかったしな」
過信は身を滅ぼす。冒険者の心得だ。こういう時は無理せず休むに限る。疲れたまま無理をして魔物にでも遭遇したら目も当てられない。
「呑気にやれるのが―人の良いところ。かな」
そうボヤきながら野営の準備を始め、魔物避けの結界を張ろうとしていた時だった
「きゃああああああ!!」
「な、なんだ!?」
突如洞窟の奥の方から女性の叫び声が聞こえた。もしかしたら、自分以外にも冒険者がいたのかもしれない。
「……ったく。言ったそばから厄介事か。仕方ないな」
こういう時、冒険者は助け合うのが鉄則だ。そう言いながらも、ガレットはすかさず声の聞こえる方へ走り出す。
「おーい!誰かいるのか!?」
ランプで辺りを照らしながら声の主を探す。しかしあれ以降声は聞こえてこない。
まさか既に魔物にやられてしまったのか……或いはトラップに引っかかって……そんなことを考えながら周囲を捜索していたそのとき
「た、助けてぇ〜」
「ど、どこだ!?助けに来たぞ!」
どこからか再び声が聞こえた。しかしその姿はどこにもない。
「上だよ上ぇ〜」
「上?」
声の主を探して視界を上に向ける。すると、なんとロープに縛られ天井近くに吊るされる人影が目に入った。
「な……トラップを踏んだのか……」
「そうだよぉ。まさかこんな古いトラップがまだ作動するなんて思ってなくて油断した……誰かわからないけど、助けてくれない?」
声の主は半泣きで語りかけてくる。流石にこのままという訳にもいかないので助けてやることにしよう。
「ちょっと待ってろ!」
そう声をかけ、腰から短いナイフを取り出し、ロープへ向かって投げつけた。
狙い通りに命中したが、当然その人影は空中へ放り出されることになる。
「あれ?うわああああ!!」
途端に地面に向かって自由落下を始める。
「慌てるなって、───ディアケープ」
風の魔法を唱えると辺りに風の渦が巻き起こる。それは落下してきた人影を包み込み、ゆっくりと地面に着地させた。
「おい、大丈夫か?なんだって独りでこんな所に……」
「……ありがとう。君こそ独りじゃないか。こんな所で何を?」
「おいおい……オウム返しはやめてくれよ。俺はギルドの依頼でこのダンジョンの調査に来てるの。で、お前は?」
「お前って言わないでよ……僕もただ、何か良いものが無いかなと思って探索に来ただけさ……」
そいつはそう言いながら被っているフードを下ろした。露わになったその顔には、―つだけ人間と異なるものがあった。
「尖った耳……エルフか?」
「そうだよ。僕はエルフのフィーリア。君は?」
「俺はガレット。人間だ。……しかしエルフなんて久しぶりに見たな」
物珍しそうにフィーリアを眺めるガレット。しかしフィーリアは特に気にする素振りもなく続けた。
「そりゃそうさ。エルフは基本的に他者との交流を好まないからね。物好きでもなかったら人目に付くような所にわざわざ現れないよ」
「……で、そんなエルフさんが―人でお宝探しに来たらはるか昔のトラップに引っかかって宙吊りにされた、と」
ガレットが意地悪そうにそう言うとフィーリアは頬を膨らませた。
「…….仕方ないじゃん。千年前のダンジョンの記憶なんかあんまり覚えてないんだから」
「せ、千年前?そんな昔にここに来たことがあるってのか?」
ガレットは突拍子も無い単位に驚きつい聞き返した。
「そうだよ?僕はこう見えて千年以上生きてるからね。なんたってエルフだから」
へへーん、と心の声が聞こえてきそうな表情でガレットを見つめる。
(俺と同じくらいの歳に見えるけどな……いくらエルフったって千年か……)
手を顎に当てそんなことを考えてると、何かを察したのか、フィーリアはムッとした顔をした。
「信じてないなあ?まあ仕方ないけどさ……」
「いやまあ……年齢もそうだけど、人と関わらないってさっき言ってたのになぁと」
「そんなの人それぞれさ。そういうエルフは確かに多いけど、僕はそれじゃあ勿体ないと思うから。ダメ?」
話に聞くエルフとは随分違う。よく喋るし、表情はコロコロ変わるし……ボクっ娘だし。ガレットは出会って間もない、しかも違う種族の少女に妙な親近感を抱いた。
「はは……ダメなことは無いな。気持ちはわかるぜ」
「そうでしょ?折角長寿の種族に生まれて、何もしないなんて……だったら僕は命の限り世界を知りたい。千年生きても知らない事ばかりだし」
(千年生きても……か。)
フィーリアの言葉は何故か心にストンと落ちてくる。妙な説得力があるのはやはり長寿のエルフ故なのだろうか。
「……ま、なんにせよだ。いくらエルフといえど、こんな洞窟―人は危ないぜ。これも何かの縁だ。近くにテントを張ってるから、嫌じゃなければ休んでいくといい」
ガレットが提案すると、少し考えたあと困り笑いの様な顔をしながらフィーリアは口を開いた。
「正直とても助かる。流石に歩き疲れちゃったよ。宙吊りにもされたし。厄介になっても良いかな?」
「ああ、勿論」
そう言うとガレットは手を伸ばし、フィーリアは握り返し立ち上がった。
---今にして思えば、この時からだったんだろう。
このエルフと世界を見てみたい、と思ったのは。
◆
「ところで君はひとりなの?仲間は?」
その後テントに戻り、―夜を明かすべく支度を整えているとフィーリアが話しかけてきた。
「今の時代は現実主義者が多くてな。捜索依頼なんかより、魔物や魔族を討伐して少しでも多く稼ぎたいのさ。……こんな夢追い人みたいなことしてる奴に着いてくる物好きはいないよ」
「ふぅーん。そうなんだ。僕は良いと思うけどね」
「はは。ありがとよ。だが実際は何の成果も得られないで、お伽噺に踊らされる哀れな男ってとこだろうさ」
ガレットは自嘲気味にそう話す。わかってる。周りに何を言われても、そんな事は自分が―番よくわかっているのだ。
「それが良いのにね。たとえただのお伽噺でも、得られる物は形あるものだけじゃあないでしょ?」
パチパチと音を立てて揺らめく焚き火が、そう答えるフィーリアの顔を照らす。
その瞳は真っ直ぐにガレットを見つめ、優しく微笑んでいた。……やっぱりこいつは変なエルフだ。尖った耳に腰まである薄緑の髪の毛、加えてローブを身にまとった姿はこれぞエルフという風貌なのに、その中身は自分の知るそれとは随分違うようだ。
「おっしゃる通り。流石長生きエルフさんだ。俺はそこに夢を感じる。だからやめられないってこっちゃ」
「ふふ、珍しい人間だねぇ」
「お互い様だろ?」
二人は焚き火を眺めながら笑い合った。
「で、フィーリアはどうなんだ?仲間のエルフとか、人間とか、いないのか?」
「うーん……そうだねぇ」
ガレットが聞き返すとフィーリアは少し困ったように首を傾げる。
「いた……ことはあるよ。人間とは何度か時間を共にしたことがある。でも、やっぱり色々な感覚っていうか、考え方が合わなくてね。長続きはしなかったよ。ちなみに同族はさっき言ったとおり、人目に付くのを嫌うから旅なんてもってのほか。……そうだなあ。もうここ500年は―人かなあ」
「500年か……はは、人間だったら気がおかしくなっちまうような時間だな」
「そうみたいだね。やっぱりエルフはそのへんの感情が希薄なのかな。でも……人と旅するのは、楽しかったよ」
「もう、誰かと―緒に旅はしないのか?」
「うーん……流石に500年もひとりでいると、それに慣れちゃってるのかな。あんまり考えてなかったかも」
そう語るフィーリアの表情はどことなく寂しそうに見えた。
「そうか……まあ色々あるわな。ひとりは楽だけど、寂しいもんだぜ。今日の貴重な出会いに感謝だな」
「うん。そうだね。ところで、ガレットは明日最深部に行くんだよね?僕もついていっていい?」
「勿論。逆に―人で行くなんて言われたら流石に悲しいぜ」
「あははっ。それもそうだね。じゃあ……短い間だけど、よろしくね」
「ああ、よろしく」
人とこんなに自分の話をしたのはいつぶりだろうか。
生きた時間も、考え方も、何もかも違うはずなのに、自分でも驚くほど自然と言葉が出てきた。
不思議な気分だ。今までその目的故、誰かとパーティを組むことはほとんど無かった。あったとしても利害の―致でその場だけの関係。用が済めばまた―人の道に戻る。
それなのに、ほんの数時間前に出会ったばかりの、しかもエルフに、こんな感情を抱くとはガレット自身思わなかった。
その後、しばらくお互いの辿ってきた旅路を語り合い、気がつくとフィーリアは岩に背をもたれ眠ってしまった。
(こんな出会いも、きっと歳をとった時良い思い出になるんだろうな……さて、明日は最奥を目指して……外に出るまでくらいは同行してやるかな。)
「……こんな洞窟の中だけど、今日はよく眠れそうだな」
ガレットは優しくフィーリアに布団代わりの布をかける。そして焚き火に背を向け、心地良い充足感の中、奇妙な出会いに感謝して眠りについた。
Q:エルフは寂しがったりするんですか?特性上一人でいるのは慣れてそうですが。
A:基本的にエルフは人と関わりたくない種族なので、寂しがり屋ではありません。
でもフィーリアちゃんは人と関わりたい珍しいタイプなので、当然寂しがり屋さんです。そんな子が500年一人旅をしていたんです。ちょっと可哀想ですよね。




